第2話

【毎週土曜日はクレーンゲームサービスデー!

 色々と挑戦出来ますね!(一部対象外あり)この機会をお見逃しなく!】





「で、何でゲーセンに来てるんだっけ?」

『そりゃあもう、視察ですよ視察! 人間観察の意味もありますが』


 ハヤナがどうしても行きたいというのでゲーセンに来た。


「お前が造るのはソシャゲだろ?」

『そうですとも! 何を言ってるのですかご主人?』


 スマートフォンの中の少女は答える。

 お前が何を言ってるんだ。


『昨日思い知りました……私の中の認識は誤ったものなのだと!』


 うるさい。通話マイク付きのイヤホンに甲高い声を響かせるな。


『というワケで、本日は社会見学なのです! ご主人も家に籠ってばかりでは不健康ですものね!』


 お前が来たかっただけじゃねえか。


『しかし……お客がまったく見当たりません』

「当たり前だ」


 今日は平日。しかも午前中。店舗内はガラガラ。

 それでも何人かは発見。メダルゲームをプレイしているご老人たち。


『うぅむ……私が提供する予定の【アイ☆ドルver.2】の対象世代ではありませんねぇ』

「いやいや、対象に含めろよ」

『というと?』

「老人ってのは孫のことを可愛がるからな、一緒に遊ぶ口実が出来るのは嬉しいハズだ。今じゃ小学生だってスマホを持ってる社会だぞ? そこを狙う」

『うわぁ……ご主人ってゲスいですね』


 そんな馬鹿な。


「てか、ちゃんと見えてんの?」

『もちろんですとも! この胸ポケットの閉塞感はホントに嫌ですが、フロントカメラが丁度いい感じに外界を映し出しておりますので!』


 胸ポケットにスマホを入れるのは俺も閉塞感があって嫌なんだけどな。

 うーんしかし、このゲーセンに来るのも久しぶり。


「ハヤナは何か見たいものあるのか?」

『おやぁ? やけに優しいですねご主人? とうとうこのハヤナ様の純朴な下僕に……』

「ちげーよ、特にやりたいものがないだけだ」


 ゲームは好きだが体を動かすのは得意じゃない。ゲーセンに置いてある音ゲーなんて尚更。


『はぁ……ご主人はクズでゲスなモヤシっ子なのですね。そんな人間の元へ辿り着くとは、なんと可哀想な私……!』

「…………!」


 怒鳴る直前で堪える。

 落ち着け……傍目から見た俺は、音楽を聴いているか、通話しているかの状況。怒鳴ったりすれば注目を浴びる。

 ましてや俺は社会の目が怖い。今日だって外出したく無かった。

 ま、まあ若いし講義を抜けて遊びに来た大学生あたりに見えるだろう。大丈夫。


『ではあれをやりましょう! UFOキャッチャーです!』


 それくらいならいいか。良さげな景品が設置された筐体を探す。


『ご主人ご主人! あれ! あれ取りましょう!』


 あれってどれだ。

 ハヤナの案内に従うと、美少女キャラクターのプライズフィギュアが置かれた筐体に辿り着いた。


「……お前、これ欲しいの?」


 人工知能って俺の理解を超えてる。


『まさか! 私の興味を引いたのはこのポップです!』


 筐体に張り付けられたアクリル製の販促案内。

 なるほど、そこには可愛らしくデフォルメされたプライズキャラが描かれていた。


「これ手描きだよな……お前にもこれくらいの絵心があればなあ」

『失敬な! ご主人の生み出したクリーチャーよりは大分マシですので!』


 俺のセリフだ、失敬な。


『ふむふむ……二頭身キャラというものは幼く、より可愛らしく見えますねぇ。採用しましょう!』

「その前に、根本的に変えなきゃならんものがあるだろ。お前の時代遅れのセンスだ」

『それ以上の侮辱は許しませんよ!?』


 無視してコインを投入。なんだかんだで久々のプレイ。


『あっ……そこ! もうちょい右! いいですよいいですよ…………あ!?』


 アームは何も成果を上げずに元の場所へ。

 まあこんなもんだろ。


『ご主人! もう一回! もう一回やれば取れますって!』

「全然動かなかっただろうが。やるだけ無駄だって」

『いえいえ! 出発前にネットで調べておいたのですが、クレーンゲームの景品価格は800円までと法で定められているのでしょう? それに達するまでにゲットできればお得じゃないですか!』


 コイツ、余計な知恵をつけてやがった。


「そこまでして欲しいワケじゃねえよ」

『私が欲しいんですー! ほーしーいーのー!』


 結局欲しいのか。

 耳障りな。イヤホンを外してしまおうか。


「……あと一回だけな」

『やったー!』


 が、アームは少し箱をずらしただけで帰還。


『うぬぬぬぬぬ……』

「わかっただろ、ただ金が飲まれていくだけだ。上手いやつはすぐ取るだろうが、イヤらしく高難易度に設定する店もある。俺は二回やってまともに動かなかったら撤退するって前から決めてんだ」

『もう一回……! 泣きの一回です……!』


 泣いてなんかいないくせに。


「他の景品でもいいじゃねーか」

『これが欲しいのー!!うえええええん!』


 マジで泣きやがった。親に物をねだる小学生か。


「はぁ……ま、たまには散在してもいいか」


 財布から硬貨を取り出す。

 いいだろう、コイツに俺がやれば出来るヤツだと認めさせる。


『うぅ……はっ!? そ、それは……!』

「本気の俺を……そのカメラに刻め!」


 大見得を切った結果。

 得たもの……無し。

 失ったもの……500円硬貨一枚。


『……かっこわるー』

「ちくしょおおおおおお!」


 ヤケになってもう一枚。

 大丈夫……箱は確実に動いている。あと一押し……あと一押し……!


「…………」

『み、見て下さいご主人! あと一押しです! クレジット無くなりましたけど! あと一押しです!』


 燃え尽きた。


『ここで諦めるのですか!? あと100円投入すれば、必ず手に入るのですよ! 多分!』


 だめだ……これよりは地獄。

 いつか手に入るかも。その期待を胸に金を投入していくのはガチャと同じ。


『大丈夫ですって、私がサポートしますので! ご主人は大船に乗ったつもりでさっさと金を……』

「……うるせえ!」

「ひっ!? も、申し訳ありません!」


 ん? やけに近くからハヤナとは別の声。

 視線を動かすと、俺の隣でこの店舗のスタッフさんが頭を下げていた。


「た、大変失礼致しました! どうぞ、引き続きご遊戯をお楽しみくださいませ!」


 女性スタッフが首を垂れる。

 やばい……おれ、やっちゃった?


『あー……私は悪くないですよね、ご主人!?』


 全面的にお前が悪い。



 ☆ ☆ ☆



「ち、違うんです今のは!」


 イヤホンを乱暴に取り外し、店員さんに弁明する。

 だがなんて説明すれば良い? ありのままを言っても信じるとは思えん。


「……と、友達と話しをしていて……決して……あなたに言ったワケでは……」


 嘘ではない。


「へ? そ、そうだったんですか……てっきり、私がしつこすぎたのかなって思っちゃった」


 ハヤナが耳元でキャンキャン騒いでたから気付かなかったようだ。

 悪いのはお前だぞ、ハヤナ。


「?……し、しつこいって?」

「あ、いえ……よろしければ、お客様のお力になれればな、と思いまして!」


 なるほど、この店員さんは大金を投入してもゲットできない俺を哀れんだようで、わざわざ声を掛けに来たのか。

 だが俺のプライドはそれを拒む。

 情けなど不要。


「そ、そうですか……?別に……」

「はい! 熱心にプレイされていましたので!」

「ぶふぉっ!?」


 違う。

 違うんです。

 決してこの筐体の中にある美少女フィギュアが欲しいワケじゃないんです。

 これは……そう、プレイする楽しさを享受していただけなんです。

 それだけなんです。


「お取りしやすいよう、調整しますか?」

「…………オネガイシマス」


 営業スマイルにしか見えない。

 店員さんが筐体の鍵を開けて位置を調整する間、俺の首筋では冷や汗が流れ続けていた。

 異性との会話なんて数えるほどしか経験してないからだ。

 ハヤナは除外。


「では、お楽しみくださいね!」

「…………アリガトウゴザイマス」


 しかも目の前の店員さんはえらい美人。

 俺と同年代くらいだろうか、腰まで伸ばした茶髪をポニテに結んでいた。

 それが揺れる度にふわりと甘い香り。

 恥と焦りで俺の精神はいっぱいいっぱい。


 だが調整も終わった、これで一人になれる。

 店員さんには悪いが、さっさとこの台から離れて──。


「…………」

「…………(ニッコニッコ)」


 めっちゃ見てる。満面の笑顔でめっちゃ見てる。

 これはプレイしなきゃならない空気。

 やめて下さい恥ずかしくて死んでしまいます。


「……あ、落ちた」

「おめでとうございま~す!」


 待ってましたとばかりに駆け寄ってくる。その手には景品を包む袋。

 ホントに勘弁してください……オタクだと思わないで下さい……。


「ではお包みしますね!」

「…………ハイ」


 困るのは、その……スタイルも完璧なこと。

 寄ってくる時にはすげえ揺れてたし、袋に景品を入れている今なんて谷間が……。

 童貞には刺激が強すぎる。


「……良かったぁ」


 俺が言ったセリフではない。


「はひっ!? な、なにが!?」

「あ、大したことではないんですが……このポップを描いたの、私なんです」


 これは驚いた。デフォルメキャラを描いたのはこの店員さんだったのか。

 まあポップなんて店側で用意すること多いし。専門の部署がある会社もあったっけ。


「そ、そうなんですか……」


 いいなあ、顔もスタイルも良くて可愛い絵も描けるなんて。

 さぞかしイケメンな彼氏さんをお持ちなんだろうなあ。


「でも、どのお客さんも声掛けする前に諦めちゃってまして……お客さんが初ゲット者ですよ!」


 ズイっと寄ってそんなことを言う。

 お止め下さい近い近い近い!


「あ、ありがとうございます……?」

「お客さんは【ボルグレッドファンタジー】はプレイされているんですか?」


 それはこの美少女キャラが出演している原作スマホゲーム。


「い、一応は……」

「あっホント? 良かった、じゃあちゃんと飾ってあげて下さいね!」


 そう言って袋を手渡された。

 もしかしたら共通の話題でお近づきになれるかも? なんて浅はかなことは考えてない。

 絶対。期待なんてしてない。


「は、はい……じゃ」


 逃げるようにその場を去る。

 後ろから「またのお越しお待ちしてまーす!」なんて聞こえたが無視だ無視。


「はぁ…………」


 店から出たところで一呼吸。落ち着け。

 しかし美人な店員さんだったな……。

 クソっ……対人スキルの無さが悔やまれる!


「帰るか……」


 もう疲れた。そもそもなんでゲーセン来たんだっけ。

 そうだハヤナだ忘れてた。イヤホンを耳にかける。


『びええええええええええ!!』

「うぉっ!?」


 すっぽ抜けるほどの音圧。

 ハヤナはまた叫び声を上げていた。


『ご主人があああああ! ご主人があああああ!』


 止む様子がねえな。

 周りに人がいないことを確認してスマホを取り出す。

 ハヤナはまた泣いていた。しばらく放ってたから寂しくなったのか?


「うるせえ! 俺がどうしたってんだ!」

『人間の女に発情したあああああ! 


 何!?


「ばっ……馬鹿なこと言うな! 発……発じょ……変な言葉使うんじゃありません!」

『うえええええん! ご主人が犯罪者になっちゃううううう!』


 何をどう考えたらそんな結末に!?


「誤解だ! いいから泣き止め! うるさいんだよ!」

『びえええええん! 友達だって言ったのにいいいいい!』


 泣き止む頃には太陽が頭上に輝いていた。



 ☆ ☆ ☆



「で、今度は映画か……」

『はい! 映画は娯楽、ゲームも娯楽! ノウハウを習得できそうなものは全て調査しますよ!』


 俺たちはゲーセンに併設されている映画館へ足を踏み入れていた。

 方向性が違うと思うんだがなあ。


『ちなみにオススメなのはこちらです! 【劇場版 戦闘機コレクター-戦コレ-】! 知ってますかご主人? これって原作はゲームなんですよ!』

「……知ってる」


 色々と話題になってたからな。


『むふふふふふ……勢ぞろいのイケメンが空を飛び回るPVにはそそられましたねぇ』

「お前が見たいだけじゃねえの?」

『ち、違いますよ!? いつか私が生み出した【アイ☆ドルver.2】が大流行し、アニメ化し、劇場映画化するのです! これは……そう! 敵情視察です!』


 まったく意味がわからん。


「無理だって……やっぱ【戦コレ】みたいなキャラゲーだよキャラゲー。アクションゲーなんてスマホじゃ流行らないって」

『な!? 何を言うのですかご主人!?』

「だって本格アクションならコンシューマーのが強いし。物理キーがないとやり辛いんだよそもそも。それにスマホは一応電話機だぞ? バッテリー消費が激しそうなゲームなんて長時間──」

『やめて下さいよおおおおお!?』


 また泣かれても面倒だ、これくらいにしておこう。


「まあいいや……で、劇場版【戦コレ】見るか? 俺は興味ないんだけど」


 内容はそれなりに女性向け。だからといって、男性ファンがいないワケではない。

 原作ゲームでは戦闘機の描写や再現は徹底してたからだ。ミリタリー好きには是非一度だけでもプレイしてもらいたいほどに。


『もちろんですとも、見ましょう見ましょう! ちゃ~んと調べてありますよ? 本日はスペシャルデーなので!』

「スペシャル?」

『カップルデーです!』

「ぶふぉっ!?」


 何を言いやがる人工知能め。


「俺とお前がそんな仲なワケねえだろ!」

『おやぁ? 何をそんなに焦るのですか? もしかして意識してたんですか? まあ仕方ないですよねえ? だって私、美少女AIなのですから!』


 煽りがだんだんと先鋭化してきたようだ。


「そもそも人間じゃねえ!」

『酷い! 私のことを一人の人格とみなさないなんて! 人権団体に訴えますよ!?』

「ロボットの人権なんか知るか!」

『社会権を今にも手放しそうなご主人に言われたくありませんので!』


 痛いところを突いてきやがる。


「義務違反はしてねえ! 憲法は国民の味方だ、労働放棄は罪じゃない!」

『生まれたことがご主人の罪でしょう!?』

「そんなのとっくに時効だ!」


 言ってて悲しくなってきた。


「……悪かったって。じゃ、それでも見るか」

『やったー! もちろんチケットは2枚買ってくれますよね!?』


 何故そこに拘る。


『私も見てるって実感が欲しいんですー!』


 仕方ないのでなけなしの所持金で2枚購入。

 割引? そんなものはない。

 売り子さんは特に不審がる様子もなく、難なく買えた。ありがとうございます。


『やっぱりポップコーンですかね! ドリンクは王道でコーラ! あぁ、今ばかりは生身の肉体が欲しいです~!』


 えらい舞い上がってんな。それは無視してゲートを通る。


『なっ!? なぜ何も購入しないのですか!? 映画館デートの醍醐味でしょう!?』

「ぶふぉっ!?」


 サラッととんでもないワードを混ぜ込むな。


「んなワケあるか! 色ボケしてるのはお前のほうだ!」

『キャー! お前だなんて、早いですよご主人あなた!』


 いちいち小馬鹿にしやがって。


「まったく……劇場に入ったらイヤホン外すからな」

『う~ん…………仕方ないですねぇ』


 と、劇場出入り口で気付く。


「なあ……これってマズイんじゃねえの?」



 ☆ ☆ ☆



『まずいとは?』


 このAIには一般常識や刑法が組み込まれていないのか。


「映画を撮影するのは倫理的に問題だろ、犯罪だよ犯罪」

『ば……馬鹿な!?』


 映画の盗撮の防止に関する法律。通称、映画盗撮防止法。

 刑事罰の対象になる犯罪だ。


『い、いやしかし! 私は録画などしていませんよ!?』

「そこは疑ってねーけど……マナーは守らないと。上映中は携帯の電源切らなきゃだし」


 どれだけの人間が守っているか甚だ疑問だがそれがマナー。

 薄っぺらい正義感を持っている俺は律儀に守るつもりだ。


『そ、そんな……私は映画鑑賞できないのですか……』


 スマホの中の少女は悲しげな顔を浮かべる。

 こういう時はどう声を掛ければいいか分からん。


「まあ……今回は我慢してさ、帰ったら別の映画でもレンタルするか」


 なんだかんだ、情が移ってしまったようだ。

 人類支配を企むバカな人工知能に。


『……一緒に見たいんです』

「は……?」


 その声はマイクが確実に拾っていた。


『諦めません……絶対、劇場で映画を見ます! 絶対!!』


 また出来もしないことを言う。


『帰ったら早速準備に取り掛かります! というか今すぐ帰りましょう!』

「何言ってんだ!? チケット2枚分買ったのにパーじゃねえか!」

『私が見れない映画に価値などありません! 撤収! 撤収です!』

「横暴だ!」


 結局、映画はしっかりと鑑賞した。

 感想は……「うん、まあこんなもんだろ」って感じ。

 電源を切られることだけは断固拒否されたので付けておいたが、バッグから取り出したスマホの中でハヤナは涙を堪えていた。本当に泣き虫だなお前。



 ☆ ☆ ☆



 急かされるように自宅へ帰還。

 既に夕刻、空にはうっすらと茜色。

 ハヤナはすぐにPCへと移って作業を開始したようだ。ウィンドウには意味の分からない数字の羅列。


「なんだコレ?」

『うふふふふふ……お楽しみですよ』


 薄気味悪い声で笑う。お前そんなキャラだっけ?

 それ以降は俺の問いに答えなくなった。夕飯を終えた後もずっと作業を続けている。


 ああ、静かでいいな。

 しばらく手を付けられなかったソーシャルゲームを起動させる。

 所詮俺は社会のはみ出し者。

 PCの中の人工知能も妄想が生み出したもの。

 全部、現実から逃げた俺の空想。

 それでいいじゃないか。


 深夜になって俺が就寝しようとすると、それを察知したハヤナがスマホへ移る。

 やはり暗闇は怖いらしい。


「明日は、【新選組コレクション】のDVDでも借りてくるかなあ……」


 なぜそんなことを言ったのだろうか。

 本当に情が移ってしまったというなら大問題だ。精神科へ行かなくては。


『え、本当ですかご主人!? それも原作はソシャゲですよね!? そのアニメ私知ってるんですよ、すごく評価が高くてですね!』


 先ほどまで寡黙だった少女は興奮気味に語る。

 睡魔が吹き飛んでしまうくらいにうるさい声だ。

 だがどこか懐かしさを感じながら、俺は眠りについた。



 ☆ ☆ ☆



「……なんだコレ」


 翌日。

 レンタルショップから帰宅すると、玄関に大きな段ボールの山。


『お帰りなさい、ご主人! お風呂にしますか? ご飯にしますか? そ・れ・と・も~?』

「うるさい、聞いてるのはこっちだ。コレはなんだ?」


 ハヤナが帰宅と同時にスマホに出現。また余計な知識をつけてやがる。どれもお前には用意出来ないことだろうと一蹴。

 俺のPCで作業の続き&留守番をしていた筈だが。


『つれませんね……えー、ゴホン。これはですね、まあその……なんというか……」

「何だよ、ハッキリ言えって」


 モジモジするな鬱陶しい。


『知り合いにですね……ちょ~っとばかし部品を分けてもらえるよう頼んだんですが……』


 また知り合いか。

 いい加減詳細を教えてもらいたいんだが。


『そ、それは言えないといいますか……言いづらいといいますか……ま、まあそれは置いておいて、知り合いはお節介な方でしてね!?』

「ふーん……」


 まあ興味はないんだけど。


『危け……んんっ最先端技術が使われた部品を送ってきてしまいまして』


 はっきり危険って聞こえたぞ。

 まあいい、聞かなかったことにしてやろう。


「最先端?」

『えぇ……とても市販のPCには組み込めないものでして。あ、要望の品はキチンと送られてきておりますので!』


 そんなこと言われても反応に困る。


「で……これどうすんだよ」


 山のように積まれた箱に目をやる。

 てかコレ誰が運んできたんだ? 郵便屋か宅配業者? いや、家にはこの人工知能しかいない、受け取りは不可能だ。くそっこのAIに出会ってから疑問ばっかり沸いてきやがる。


『あははは決まってるじゃないですかご主人! 私には肉体がありませんので!』


 筋肉痛不可避。



 ☆ ☆ ☆



「つ……疲れた……」

『お疲れ様ですご主人! それでこそ下僕!』


 怒る気力もない。

 全ての段ボールを部屋へ運び終えた時には体力が限界を迎えていた。

 一体中身は何だ? とても重い……機械でも入ってるのか。


『早速準備に取り掛かりますかね~』

「準備って……何だよ……?」

『むふふふふふ……お楽しみですよ』


 PC内のハヤナは妖艶に笑い、一つのプログラムを起動させる。

 画面に表示される青白いメニューと“アカシック・コーデックス”と名付けられたタイトル画面。


「もしかして……ゲーム? もう新作作ってたのか!?」

『いえ、新作ではありません。私が過去に制作したものです……日の目を見ることはありませんでしたが」


 そう言葉を紡ぐ少女の表情はどこか寂しげ。


『昨夜、このゲームのエンジンを再利用してとあるモノを作りました……ご主人、?の箱を開けて頂けませんか?』

「いいけど……」


 大人しく指示に従う。

 段ボールにはそれぞれ番号が記載されたシールが貼られており、全部で12個。送り主や送り先の情報はどこにもない。不思議。

 ?の段ボールを開けると、中には……なんだこれ、VRデバイス?


『ちっちっち……ARやVRはもう時代遅れです。これからは……そう! MRが覇権となるのです!』


 MR……確か拡張現実(Augmented Reality)と同じ、現実世界の映像にCGを合成した表現手段。

 ARとの相違点は、眼前の表示パネルを通して現実世界が透けて見えるということ。

 ゲームへの没入感はVRに劣るが、現実とのリンクで様々なギミックを楽しめる。


「でもMRは失敗したんだよな」

『そ、そんなことはありません! 今は反撃の隙を伺っているだけですので!』


 ハヤナは認めないつもりか。

 だが現実、MRデバイスは失敗した。

 採用された映像の表示方法は網膜投射というものだ。眼球内の瞳に直接映像光を照射、網膜自体をスクリーンにすることで結像させる。このシステムならどれだけ視力が悪い人でも裸眼で利用できる。


 失敗の原因はその価格か。

 世に放たれたVR対応HMDが完全なディスプレイデバイスであったのに対し、MR対応HMDはコンピュータを搭載していた。これにより表現されたCGが遅延もズレもなく現実に張り付いたが、価格が跳ね上がってしまい一気に廃れた。


 もちろん網膜投射システムそのものにも欠陥はあるが……。


『それよりご主人、早速電源を入れて繫いで下さい! 設定はこちらでやりますので!』

「はいはい……」


 言われるがままに電源ON。

 ついでに同梱ケーブルをデバイスとPCに接続。


『やんっ……』

「…………」


 何も言うまい。


同期ぺアリング問題なし……インストール完了! ではご主人、装着してみて下さい!』

「早いな!?」

『つっこみはいいですから早く早く!』


 急かされ渋々承諾。

 しかしVRデバイスを所有していない俺は正直ワクワクしていた。

 これからゲームでもプレイさせるのか?

 ……あれ、こいつソーシャルゲームで天下取るとか言ってなかったっけ? まあいいか。


 だが。

 網膜に映されたのは予想だにしなかったもの。


「な……っ!?」


 小っちゃなスマホの中ではなく。

 薄っぺらいモニタの中でもなく。


『えへへ……』


 拡張現実の中で彼女は笑う。


『どうですか? ご主人……ちゃんと見えてますか?』

「あ、あぁ……」


 触れれば触れそうなほど目の前に。

 現実と間違えそうなほどくっきりと。

 ハヤナはただそこにいた。


『……ぃいよっしゃあ!! テストは成功です、後はプログラムをビシビシ改良していきますよ!』

「うおっ……うるせえ!」


 一体化しているスピーカーが激しく振動。

 なんだテストって……もしかしてMRデバイスに身を移すテストか?


『うるさいのはご主人です! 水を差さないで欲しいんですけどー?』

「てか散々期待させておいてこれだけか!? 何かプレイさせろよ!」


 あれだけの肉体労働の対価がこれだとは……現実が更に浸食されただけじゃないか!


『はぁ……ご主人は嬉しくないのですか? 美少女AIハヤナちゃんが現実世界に降臨したのですよ? このデバイスを装着していればいつだって等身大のハヤナちゃんに会えるのです……嬉しくないワケがない』

「嬉しくないっつの! 犬を見る目で俺の頬をつねるお前を見てると、例えCGだと分かってても苛つくわ!」

『なっ……! それは犬さんに失礼ですよ!? 私はもっと低俗なものを見る目で……ボルボックスとかどうでしょう!?』

「肉眼で見えるか!……見える種もいたっけな」


 ルーセレティは肉眼で観察できたな。

 それはともかくボルボックスに失礼だ!

 

『まったく……口答えするのもほどほどにしておいて下さい』


 わざとらしく溜め息を吐き、拡張現実のハヤナは近づいてきた。


『……ご主人、顔はそのままで。まだセンサーが十分ではないですが、これくらいは出来るんですよ?』


 言ってから俺の視界を移動し、隣に寄ってきたところで姿を消す。

 網膜照射デバイスはそのシステムの関係で、眼球移動の際に映像が消失するといった欠点を持つ。ついハヤナを目で追ってしまったことでそれが起きたのか?


『……えへへ』


 微かな笑い声が右耳を撫でる。


『……ご・しゅ・じ・ん』

「…………っ!?」


 それは鳥肌というべきか。

 それとも寒気と呼ぶべきか。

 やけに臨場感のある甘い吐息。

 思考は完全に停止した。


『ぷっ……あははははは! 顔真っ赤ですよご主人!』

「なっ……なっ……!?」

『ぷぷっ……やはり童貞には刺激が強かったようですねえ? いやしかし面白いデータが取れました、次はやはりセンサーを……くくっ……あの顔はたまりませんねえ……』

「……うるせえええええ!」


 勢いよくデバイスを取り外したのは恥ずかしかったからだろうか。

 だがすぐにPCへ移動した少女は微笑む。


『一緒に【新コレ】を見ましょうか、ご主人!』

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