第4話

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「…………全く分からねえ!」


 コスプレメイドの新菜にゲーム製作を言い渡されてから2日。

 埃を被っていた解説書を読み漁ったり、ネットで分かりやすく解説されているサイトを閲覧したりしていたが、ゲーム製作についての理解は全く深まっていなかった。


「うがー! なんでこんなに多くの言語があるんだ、共通語で統一しろ!」


 探せば探すほど目につくプログラミング言語。

 種類が多く、どれを重点的に勉強すればいいかが分からない。


「手出しにくいだろうがー! もうイヤだー!」

『ま、まあまあご主人。基礎や考え方はほぼ同じですから』


 ツインテールの少女が視界に映りこむ。

 装着したMRデバイスが姿と声を表現した人工知能。それは空中をふよふよと漂う。

 その表現は負荷がかかる為、意識をPCからMRデバイスへと移していた。

 今の仕事は俺へのアドバイス。

 というかストレスの捌け口。


「GavaとGavaScriptの違いって何だ!?」

『えと、簡単に言えばGavaはスマホやPCのブラウザ内で動作するアプリを作成する言語です。で、Scriptはブラウザ上のみで──』


 似た名前のクセに本質から全く異なる言語。

 紛らわしいんだ、名前を変えてくれ。


「もういい次! C言語は必須なのか!?」

『えっと、アプリはC言語だけでも書けますが、それぞれフレームワークが対応している言語がありまして。ご主人が使っているNodroidOSならGavaで、uOSならObjective──』


 フレームワーク……構造?

 OSの違いで言語も変わるだと? 舐めるのもいい加減にしろよ。


「やめだやめだ次! 結局どれを覚えればいいんだ!?」

『ええっと、覚えて損がないのはGava、GavaScript、Objective-D、PPHでしょうか。PPHの代わりにRythonを学んでも良いかもしれません。一個覚えれば他言語の習得も早く──」


 コイツ、簡単に言ってくれる。

 既に頭はオーバーヒート。


「うがあああああ! 日本語で喋ってくれえええええ!」

『お気を確かにご主人!』


 もうダメだ……出来るワケがない。

 気を抜けば崩れ落ちそうな体を支えるのに疲れ、思わず机に突っ伏す。

 だらしない恰好になると、つい不満が口から出てしまう。


「…………何必死になってたんだろ」


 そうだ、一週間でゲームを作るなんて素人には無理だ。

 まして言語もまともに知らないんだ、不可能に決まってる。

 完成したところで褒美が出るワケでも……新菜が何か言ってたな。イイコトって何だろ。

 考えるのも辛くなってきた。


『現実逃避ですか!? 諦めが早すぎますよご主人!』


 なんとでも言えポンコツAI。

 俺は疲れたんだ休ませろ。


「…………もうゲームなんて嫌いだ」

『ふぇ?』


 決して本心ではない。

 だが裏側を知るごとに自分の理解の無さに嫌気が差してきた。

 何も知らないでハヤナのゲームを馬鹿にしていたんだ。


「…………ほんと、馬鹿みたいだ」

『…………』


 情けないな俺。

 たかだか二日程度で弱音を吐くなんて。

 ほら、ハヤナの顔が曇っちまったじゃないか。

 すぐに泣きわめくぞ、『私のゲームをプレイしないつもりですか!?』って。


『……そうですね。少し、ゲームから離れた方が良いかもしれません』


 帰ってきたのは予想外の返事。

 それが聞こえるとともに視界が急激に変化した。


「なんだ……これは?」


 散らかってはいないが狭苦しい俺の部屋に、突如として青々とした緑が姿を現す。

 それらは瞬く間に床と壁を覆い尽くして生い茂り、どこからか川のせせらぎが聞こえてきた。


『正直、没入感が乏しいMRはアトラクション利用に向いていません……』


 それに合わせたかのように姿を消したハヤナの声が耳を打つ。

 この処理を優先した結果だろうか。


『ですが、せめて……ご主人がゆっくり休息できるなら』


 いつもの泣き虫はもういない。

 クーラーの涼しさと、視覚と聴覚から脳へ送られる涼しさに包まれる。

 解像度の高い緑たちは、クーラーが生み出す風になびいて揺らいだ。

 だが仮初の太陽に向かって伸び続けようと、ただただ耐え忍ぶ。

 それを見ていると、不思議と気持ちが落ち着いていく。


『子守歌でも歌おうかと思いましたが……ご主人は、流石にお気に召さないでしょう』


 何だ、いつになく気が利くじゃないか。

 あーだこーだと喚いていなければそれなりに見えるというのに。


「…………何でもいい」

『え……?』


 全く、余計なこと気にしやがって。

 ついこの間言ったじゃないか。


「…………何でもいいから、歌ってくれよ」


 嫌われることなんて気にするなって。


『は……はい! ではお言葉に甘えて、【アイ☆ドル】OPテーマの“星空デーモンシンデレラ”! ハヤナ、歌います!』


 清涼な空間にデスボイスが響き渡った。



 ☆ ☆ ☆



『では十分に休息出来た所で、勉強を再開しましょう!』


 悪びれた様子もなくハヤナは言う。


「休息……出来たと思ってんのかコラ?」


 触れられるのなら触れたい。そして引っ叩いてやりたい。

 脳に深刻なダメージを負ってしまった。


『ご主人は私のライブを無視してベッドで寝てたじゃないですかあ!』

「お前の支離滅裂な電波ソングが頭から離れねえんだよ! 全く寝れねえ! つーかOPって何だ!? 【アイ☆ドル】にOPなんて無かっただろ!?」

『私が考えた、アニメ化が決まった時に採用されるであろうOPです! ご主人は幸運ですよ? 未だ地球上の誰も聴いたことがないのですから!』


 それは幸運なのだろうか……確かに幸運だろうな。

 被害に会ったのが俺だけという幸運。全人類よ、感謝しろ。


「もういい、それは二度と歌うな。歌詞やメロディの情報も削除しておけ」

『な、何を言うのですかご主人!? 私の予想では、廃退寸前のCD販売に貢献するという見積もりがですね!?』

「いい加減にしろ! ……ほら、勉強するから必要な時には教えろよ」


 放り投げたテキストを開く。

 しかし、何故また勉強する気になってしまったのだろうか。

 ハヤナに情が湧いた? いやいやそんな馬鹿な。

 ニート生活では金が稼げないからだ。作ったアプリに広告でもつければ小遣い程度の収入が入るだろう。きっとその為だ、間違いない。


『仕方ないですねえ……えと、どこまで進んでましたっけ? Gavaのオブジェクト指向だったでしょうか』

「…………まるで意味が分からん」


 テキストでは分かりやすく解説しているつもりだろうが、正直要領を得ない説明。

 今の俺には理解できない。


『ま、まあ無理に理解する必要はありませんので。使う必要がないのならば、インターフェイス、コンストラクタ、デストラクタも省略して構わないでしょう』


 そんな未知の単語を言われても困る。

 それぞれがどんな機能や特性を持っているかまるで分からん。


「くそっ……HTMLしか触ったことないんだぞ」


 分かってはいたが簡単にはいかない。

 愚痴をこぼすとハヤナが驚きの声をあげた。


『え!? それは本当ですかご主人!?』

「何だよ、馬鹿にしてんのか? 青春時代に黒歴史Webサイトを作ったこと馬鹿にしてんのか!?」

『ご主人の嬉し恥ずかし赤裸々ブログなどに興味はありませんが……』


 何を口走りやがる人工知能。

 まさか……見つかった?

 いや、もう削除してあるんだ。見つかるワケがない。


『しかし光明が見えましたよご主人!』

「……何が?」


 今の話のどこに光明が?


『HTML6とGavascriptを組み合わせれば、タップするだけのゲームくらい作れます! 比較的簡単かと思いますので!』

「…………」

『ご主人? どうされました?』

「…………それを先に言えええええ!」

『ご主人が黙ってたからじゃないですかあああああ!』


 むう、確かに俺が悪いな。

 仕方ない、口だけでも謝罪を──。


『あ、ご主人のブログ見ますか? 復元したものをアーカイブ保存してあるのですが……』

「…………」


 なに?


『なかなか痛々しい過去をお持ちのようで……ほほう……盛ってますねえ、かなり盛ってます』

「…………すぐに消せえええええ!」



 ☆ ☆ ☆



「…………ハヤナ、やるぞ」


 額に浮かぶ大玉の汗をぬぐい、少女に同意を求める。


『…………仕方ないですねご主人……いいですよ』


 少女は緊張に震える声で答えた。


「…………どうなると思う?」

『…………動かしてみなければ分かりません』


 製作を言い渡されてから4日の早朝。

 徹夜でPCにかじりついた結果、一つのアプリが生み出された。

 苦労の末にパッケージ化したそれを、今からエミュレータで動作確認する。

 薄っすらと朝日が差し込む部屋の中、ついにその時が訪れた。


「…………いくぞ」

『…………はい』


 隣に浮かぶハヤナが息をのむ。

 睡眠不足で重たい瞼を開き、机に置いたPCでエミュレータを起動させる。

 スマートフォンの画面を再現したウィンドウが表示され、登場したキャラクターをクリック。

 タッチと判断したシステムが反応し、組んだプログラム通りにジャンプ動作をする──はずだったが。

 画面外に飛んで行った。


「…………」

『…………ぷっ』


 何故だ。


「うがあああああ! どこが間違ってたんだあああああ!?」

『発狂なされないで下さいご主人! 近所迷惑ですので!』


 まさか俺が注意されるとは……大きく深呼吸し、精神を落ち着かせる。

 これまでは騒ぐハヤナを注意する立場だったんだぞ? そう思いながら椅子に座り直す。

 それはともかく。


「修正……修正しないと……」


 開発はトライ&エラーの連続だ。

 まだ一回目、見落としたバグや不要なコードが存在するのは当然。

 すぐにでもそれを見つけて──


『お待ちくださいご主人! この二日、まともに睡眠をとっていないではありませんか! 動作確認したら休息すると言ったでしょう!?』


 付きっ切りでサポートし、珍しく俺の身を案じていたハヤナに前もって言っていたが……アレは嘘だったということで。

 手を加えなければならない箇所があるんだ、すぐに修正しなければ。


「むしろ目が冴えてきた」

『嘘をつかないで下さい、クマがひどいですよ』


 ハヤナはMRデバイスと部屋に設置されたカメラを通し、俺の顔を観察する。

 ポリゴンで表現された体の動作をシンクロさせ、空中を漂い電子の顔を近づけてきた。


『目も充血しています、長時間の作業が原因ですね……鼻息も荒い。おや? 頬が紅潮して……』

「な、なんでもねえ! そんなにジロジロ見るな!」


 手を振り回してハヤナを追い払う。

 もちろん触れるワケがなく、むなしく空をきった。

 やばい、本当に目が冴えてきた。

 ロリコンのケなんてない。そもそもコイツはAIだぞ? 見かけが少しばかり良いからってまさかそんな……。


『何をしているのですか……え、まさか本当に発狂を?』

「するか! 至って正常だ!」


 性嗜好もな!


「はあ……しっかし、思い通りにはいかないな」

『それが当たり前です! ゲームを完成させることは簡単ではありません、それはプロにも言えることです』


 身をもって実感。

 ゲームとして破綻しているのなら俺でも作れる。

 問題は、これをゲームと呼べるかどうか。


『まあ、いきなりランゲーを開発しようとしたご主人が無謀なのですが』

「うぐっ……遊べるものを作りたかったんだ」


 結果として出来たのは、キャラクターが画面外の暗黒宇宙へ旅立ち、その後の物語をプレイヤーが想像する知育アプリ。

 いや、まだ完成してないんだ、これからだって。


『私の提案を素直に受け入れれば良かったのです。シーソーゲームは作るのも遊ぶのも楽しいですよ?』


 シーソーゲームという単語自体、その時に初めて聞いた。

 どんなものかとすぐにダウンロードしたが、俺の趣味には合わなかったようだ。


「まあ……これが上手く動かなかったらな」


 マウスとキーボードを動かし、デームの修正に入る。

 未だにプログラミング言語は良く分からないが、ハヤナが書いたプログラムの見様見真似を繰り返すごとに大雑把には把握できた。

 通常、こんな短期間で素人がアプリを開発できるハズがないってハヤナに言われたっけ。

 それなりに役立ったハヤナ講師は、俺の作業中も愚痴る。


『一番簡単なのはノベル系なのですがね。HTMLが組めるのならアクションゲームよりは製作が容易です。文字を打ち込めばいいだけの作成ツールもありますし……だからニーナは禁止したのでしょうが』


 ノベルゲームの製作は確かに容易な部類だった。

 ネットでざっと探してみたら、出てくる出てくる開発ツールの山。

 しかも、テンプレートを選んでテキストを書き込めばすぐに完成するという夢のようなツールばかり。


「仮にOKだったとしても、俺には物語を書き綴る才能なんてねーよ」

『大丈夫ですとも! ユーザーの目を一番引き付けるのは絵です! エロい衣装を着た女キャラクターが画面でキャッキャウフフしていれば、ご主人のように馬鹿な男どもがプレイします!』

「絵を描く才能もねーよ」


 早く全世界の男性と女性に謝りなさい。


『まったく、ご主人はないないづくしですね……今では色もない』

「色?」


 ハヤナは頭を大袈裟に振って呆れる。

 どういう意味だ。

 そりゃ引き籠ってるから肌は白いほうだが。

 まさか髪? 白髪でも生えたのか。


『無色』

「無職だとおおおおお!?」

『あはははは! ご主人が怒ったー!』

「馬鹿にしてんのかあああああ!?」


 尚もケラケラ笑い続けるハヤナ。

 なんだコイツ……調子狂うな。

 まあいい、無職であることに腹を立てても空しいだけだ。

 ポンコツは無視して作業を再開。


『あ、今思いつきましたが脱出ゲームはどうでしょう?』

「………………」


 惑わされるな、今はただ目の前のゲームを完成させるんだ。


『XXcodeを使えば画面のレイアウトなどをマウスで直感的に設定できますし、タッチ時の処理を書いて画面を切り替えていけば完成しますよ!』

「…………!」


 よせ、聞かなかったことにしろ。


『絵を用意するのが大変ですが、どうでしょうかご主人?』

「………………」


 そうだ、今は、とりあえず……。


「……シャワー浴びてくる」


 ランゲーの完成が見込めないならそうしよう。



 ☆ ☆ ☆



「自作アプリでこんなに大変なら、ソーシャルゲームなんてもっとキツイだろうなあ……」


 椅子の背もたれを強引に倒して体を伸ばして、しばしの休憩。

 肺から押し出された空気と共に、思わず愚痴が出てしまう。

 シャワー後すぐに修正を開始して、どうにか画面外消失バグは収まった。だがそれを直すだけで時間はあっという間に過ぎ、既に時刻は午後4時。

 ハヤナは十分早いと褒めたが、どうもモヤモヤする。


 個人製作でこのザマだ、世に放たれるソーシャルゲームの開発は何百倍もの苦労があるだろう。

 いや、会社規模で製作されるものと比べてどうする……。


『当然ですとも! 独自の戦闘システムやガチャシステムを組むのは骨が折れました!』


 頭上に回り込んだハヤナがそんなことを言う。

 無い胸張って何を偉そうに。

 人工知能に骨なんてないだろう。


『開発側もそうですが、運営も大変ですよ? マーケティングの為に膨大なデータを分析するのですから! ……私も運営側にちょくちょく顔を出しましたが大変でした』

「へえ……」


 ハヤナが珍しく重い溜め息を吐く。

 それもそうか、ゲームとはいえ大事なビジネス。

 顧客であるユーザーについて調査するのは当然のこと。


「具体的には何を分析してるんだ?」


 興味本位に聞いてみた。


『えと、第一にはアクセスUU数・継続率・課金額・課金率といった基本的なKPIですね』


 なるほど、業績向上には不可欠な情報だ。

 つまりは顧客満足度の調査。

 目標達成プロセスが適切に実行されているかどうかをここで計測する。


『第二にイベントへの参加率や達成状況・ガチャやアイテムの売れ行き動向でしょうか。あと、ステータス上位層・中位層・下位層の推移チェックです』

「そこまで調べてんのか……」

『マーケと分析は重なる部分が多いので!』

「ふーん……」


 声音から伝わってくる『私偉いでしょう?』オーラ。

 そんなもの信用できない。


「でも、ユーザー一人一人の把握はさすがに無理だろ?」

『ふふんっしっかり見てますよ?』


 俺の問いを鼻で笑う。

 自信満々な顔でハヤナが説明した。


『設定したアカウント停止の基準から逸脱する行為をした人は必ずチェックされます。抽出したデータを閲覧して停止するかどうか決めるのですが、私も鬼ではありませんので。ゲームバランスに影響しない範囲であれば見逃しました!』


 鬼というか、人類支配を企む悪魔だろうが。

 それは置いておいて、ハヤナに反論。


「大手でもアイテムの無限増殖とか結構あったじゃねーか。アイテムデューブとマクロ使ってRMTするヤツは今もいるし、BANされる様子もないぞ?」


 ユーザー個人の把握なんて、正直疑わしい。


『通常の手順で抽出するならば、気が付かないハズないのですが……他の動きが激しすぎるか、単に手を抜いているだけでは? まあ、炎上もマーケティングの一つですが』


 神妙な表情で説明される。どうやらハヤナも納得いかない様子。

 杜撰な運営って本当にいるんだよなあ。


『とまあ、多くの情報を分析して発展に繋げていくのです。ご主人は意外に思われるかもしれませんが、多くの運営は無課金層へ配慮した設定をするのですよ?』

「へえ?」


 盲目に金を求めるものとばかり思っていたが。


『彼らがいるから賑わいが出るのです! やがて人が集まり、その内の数%のユーザーが優越感を得る為に課金行動に出るのです! ソーシャルゲームは無課金層があってこそ!』

「ふーん?」


 開発と運営はそこまで考えてゲームを生み出すのか。

 今まで俺は、外側しか見ないでハヤナのゲームを酷評していた。


『イベントのパラメータなども、無課金プレイヤーのステータスや所持アイテムを別途考慮して設定します! 私は女神のように慈悲深い美少女AIなので!』

「……ん? お前が作ったMMOで、廃人優遇したイベント開催したって言ってたような?」


 女神云々は無視。

 思い出したのは、かつてハヤナと新菜の会社が製作したMMO、【ヴァルキリーフロンティア~ライジング・プリンセス~】のこと。

 それは多くの爆弾を孕んだゲームだった。

 まあ、ネットゲームとソーシャルゲームでは畑が違うが。


『ぎくっ……はい、そうです。【ヴァルフロ】の反省を活かし、【アイ☆ドル】ではライトユーザーや無課金ユーザーへ配慮したイベントを用意しました』


 頭上を漂うハヤナが首を垂れる。

 そのしおらしい表情は、重力を再現した銀のツインテールによって隠された。


「なるほど、【アイ☆ドル】に課金しなかった俺は間違ってなかったな」

『なっ……!? 本当に非道な方ですねご主人は! 誰のおかげでプレイできると思っているのですか!? お布施して下さい、おー布ー施ー!』

「するか! それにもう終わってる!」


 いつもの調子を取り戻したハヤナがまくし立てる。切り替え早いんだよなあ。

 話題にあがったが、【アイ☆ドル】は既にサービスを終了している。

 今更どこにお布施しろと言うのか。


「つーか、詫びアイテム配りすぎたんだよ。ガチャ引き放題だったし……」

『接続障害はニーナたちの責任です! まったく、渉外対応はスピードが命だからといって、私に相談することなくばら撒いてしまうとは!』


 ユーザーは嬉しいが、運営はいい思いしないだろうな。

 課金されることなくガチャが回るのだから。

 あ、そういえば。


「詫びのチケットとかってさ……確率下げるもんなのか?」


 ソーシャルゲームでは当たり前に配られるようになったお詫びのアイテム。

 それらは強力なアイテムだったり、ガチャを回すチケットだったりする。

 チケットから最高レアリティのキャラクターや、通常プレイでは入手困難なアイテムが排出されることはそれなりにあったが……。


『私たちはそのような情けないことしません! ガチャ更新で確率を見直すのは当然ですが』

「あ、そう……」


 情けない、か。

 ハヤナ製作のソーシャルゲームはアクションがメインで、純粋にそれを楽しむことが目的だった。

 有名イラストレーターが描いたり、有名声優が演じるキャラクターを集めるソーシャルゲームとは違う、中身で勝負するゲーム。

 結果、藻屑の海に消えたが。

 そんな思考中にふと、ハヤナの発言に気になる部分があったことを発見。


「……私たちは?」


 馬鹿なハヤナだが、嘘をついたことは…………多分、おそらく、もしかしたら、無い。

 つまり……。


『……そういうことです。全てとは言いませんが』


 露骨に目線を逸らして答える。どうやら俺の考えは正しいようだ。

 おお、もう……法規制よ、どうかもう一度。


「…………売り上げ次第で確率変えたりとかも?」

『……………………』


 マジかよ……。


『ま、まあよくあることです! おや? なんだか空気が淀んでますねえ!? 気分転換にゲームセンターにでも行きましょうそうしましょう!』



 ☆ ☆ ☆



『ほほう、この時間帯だと賑わいますねえ』


 ゲームの開発に疲れた俺を気遣ったのか、ハヤナに半ば強制的に勧められゲームセンターへ足を向けた。

 学校帰りなのか、制服を着た中学生や高校生の姿がちらほらと目に付く。


「つっても、何やろうかな」

『目的がないのですか? ならば音ゲーやりましょう音ゲー! 洗濯機回しましょう!』

「そのあだ名で呼んでやるな、可哀想だろう」


 胸ポケットに収められたスマートフォンの中でハヤナが提案する。

 VRやMRといった拡張デバイスを装着したままの歩行は推奨されていないからだ。

 まあ、歩きスマホは未だに氾濫しているのだから無視しても構わないのだが。

 そもそもMRデバイスは失敗した為に日本では流行していないのだ、それを装着して外出した日には大衆の目を引く。

 恥ずかしがり屋の俺には無理だった。


「お、【ボルグレッドファンタジー】のキャラだ」


 何の気なしに視線を向けたクレーンゲームの筐体には、人気ソーシャルゲームのプライズフィギュア。

 忌まわしい過去が蘇る。


『ほう……夏だからって水着ですか。というかもう痴女ですね。何見せつけてくれるのですか。どうしましたご主人? そんなにゲットしたいのですか? 良くお考え下さい、あれはただのフィギュアです』

「言われなくても分かってるわ! ネチネチうるせーな!」


 前は欲しい欲しいと喚いてたクセに。

 あ、そうか……キャラクターの豊満なバストを再現したそのフィギュアを見て納得する。どうやら自分が寸胴であることを気にしている様子。


『まあいいですがね……フィギュアというものはいつの間にか増殖しているものらしいですし』

「どういう意味だ?」


 イヤホンのマイクに問うと、ハヤナは不気味な笑い声を漏らした。


『クックック、以前にゲットしたあのフィギュア……今はおとなしく飾られていますが、いつ動き出すか分かりませんよ?』


 普段と話違う声音で不安感を煽る。

 だがどうも垢抜けない。吹き出しそうになるのを堪える。


『ご主人が留守にしている間に仲間を集め、人間の屑であるご主人の首を──』

「…………やり直し。まったく怖くない」

『…………馬鹿な!?』


 本当に馬鹿だなお前。


『ま、まあ冗談はこのくらいで。これを取るかどうかはお好きにどうぞ、私はお勧めしませんが』

「ああ、好きにさせてもらうとも」


 200円を投入。


『…………んなぁ!? 何をしているのですかご主人!?』

「悪いなハヤナ、男ってのは欲望に素直なんだ」


 いちごとメロンのどちらかを選べと言われたら、メロンの方を選ぶだろう?


『…………豚! 変態! おっぱい星人! 二次元に恋でもしたのですか!? 残念でした、まだ人間には実現など不可能です!』

「…………っ!」


 吐きかけた暴言を飲み込む。

 すばやく周囲をチェック……よし誰もいない。


「うるさいんだよ! ここには発散に来たんだ、大人しくしてろ!」

『は、発散ですか!? 性の発散ですか!? いけませんご主人、このような衆人環視の中……!』

「何言ってんだ!?」


 顔は見えないが声で分かる。

 その感情は恥じらい……何を想像して何を照れてるんだ、色ボケAI。


「はあ……そもそもお前を連れてくつもりなんて無かったんだ、あまりにもしつこいから──」


 ふと周囲に目を向ける。

 さっき確認した時には誰もいなかったハズなのだが。

 女性スタッフさんがその身をプルプルと震わせていた。


「し……しつこくて申し訳ありません! では引き続き、ご遊戯をお楽しみくださいませ!」


 何故だ。

 何故こうも上手くいかないのだ。


「ち、違うんです今のは!」


 いつか吐いたのとまったく同じセリフ。

 そして同じ行動でイヤホンを耳から外す。


「……友人と話をしていて……決して──」

「……あ、もしかして……この間のお客様ですね! ようこそおいで下さいました!」


 ん? 面識がある?

 ポニーテールを揺らして会釈するその女性は確かに見覚えがあった。


「ど、どうも……」


 テンパりながら挨拶を返す。

 どうして顔を覚えてるんだ……期間はあいてたし、その間に来店する客も多いだろうに。


「あ、“どうして分かったんだ?”って顔してる。分かりますよ、当店はお客様を大事にしているんで! 顔を覚えると信頼関係も築きやすいですし」


 スマイル満開で言い当てられた。

 確かに、サービス業では信頼が特に大事。

 それがなければ取引もできず、利益を得ることすらできないからな。


「……正直な所を言うと、来店されるお客様はほぼ固定されているんです。だから新顔のお客様は新鮮で、是非また訪れて欲しくて……つい」


 一瞬、悲哀に満ちた表情を浮かべる。

 だがすぐに営業スマイルを取り戻し、一枚の紙を手渡してきた。


「はい、こちらをどうぞ! クレーンゲーム一回無料チケットです。使用したい台が決まりましたらスタッフに声をおかけ下さいね!」

「はあ……どうも」


 こんなサービスもしてるのか。

 しかし申告制とは……筐体に翳せばいいだけのシステムにして欲しい。

 まあいいや、無視してシューティングでも──


「…………」

「…………(ニッコニッコ)」


 めっちゃ見てる。満面の笑顔でめっちゃ見てる。

 しかもクレーンゲームエリアから脱出するのを許してくれない。

 通路を通せんぼされた。

 俺が反対側へ駆け抜けると、それよりも早く針路を塞ぐ。引きこもりの俺はすぐに息が上がったが、スタッフさんも肩で息をする。

 やめて下さいそのメロンの激しい上下移動はあまりにも目に毒すぎて死んでしまいそうです。


「…………【ボルグレ】」

「…………?」


 息も絶え絶えにスタッフさんが発言。


「…………【ボルグレ】の新プライズフィギュア……いらないの?」

「…………!」


 このスタッフさん、まさか……。

 俺をこのゲームのファンだと思ってるのか?

 ファンならばプライズでも何でも手に入れるとでも?


「…………チケット、使います」


 そこまで懇願されたのならば仕方がない。

 上目遣いという色仕掛けに負けたワケではない。


「かしこまりました!」


 こんなに必死なんだから。



 ☆ ☆ ☆



「昔はもっと賑やかだったんだけどな……」


 スタッフが筐体下部で操作している間、つい愚痴が漏れる。

 先程の捕り物の最中、他の客と全く接触しなかったのだ。

 おかしいな……入店した時は客が多いと思えたのに。

 よくよく目を向けると、ほとんどの客はメダルゲームにかじりついていた。


「そうですね……お客様の数は年々減少してます」


 独り言のつもりだったが、しっかり聞こえてしまったようだ。

 1プレイが無料となる処理を終え、スタッフは茶色のポニテを振り乱して立ち上がる。

 小さな電子画面にクレジットが表示されるのを見てから、さらに言葉を紡いだ。


「お客様もそうですが……店舗数も全盛期の1986年に比べて1/5以下にまで減りました」


 確かに、目に見えて減った。

 専業のゲームセンターは次々に閉鎖されていき、現在まで生きながらえているのはアミューズメント施設を併設した店舗がほとんど。稼ぎ口を複数持っていなければ利益が出ないのだ。


「衰退……してるんですよね。原因は……?」


 その問いはあまりにも失礼だった。

 だがスタッフは「うーん」と思考し、思い当たる原因を探してくれた。


「家庭用ゲーム機の性能が上がったことで、自宅でアーケードと変わらぬ体験が可能になったとか……あと、大型筐体そのもののコストパフォーマンスの悪さとか」

「へえ……コスパ悪いんですか?」


 それは意外。

 店舗内に立ち並ぶ巨大な筐体の群れたちは、ゲームセンターの目玉であるかのように圧倒的な存在感を醸し出しているからだ。

 そして、それらには大抵ヘビーユーザーが付いている。


「あまり良くはないですね。1プレイ100円だとして、ネットワーク対戦するゲームは1プレイにつき30円をメーカーに支払っています。あ、これネットワーク課金って言うんですけどね? しかもその収入に対して消費税を払わないといけないし……税が二重にかけられているんです」


 うお、なかなかキツイお話……。

 さっきまで営業スマイル満開だったのに、今はすごい疲れた顔してる。


「他にも……そうだ、カードが排出されるゲームがあるじゃないですか? あれだってメーカーにロイヤリティを払っているんです。……売り上げが悪いからと言って、1プレイの料金を下げることなど自殺行為なんです」

「大変ですね……」


 新たな客を取り込んだり、既存の客が離れるのを防ぐ目的で値下げをするのは不可能。

 何故なら利益が出ないから。


「それでも、現場では身を切って様々なイベントを実施しています」


 その一つが無料チケットか。

 1プレイのみだが、それで景品がうまく動けばさらに小銭を投下するだろう。

 まずは触ってもらわなければならないのだから。

 一通りの説明が終わると、スタッフは遠い目を虚空へ向けた。


「ふう……つまらないゲームを売りつけられるのが一番イヤなのよね」


 小さな溜め息とともに漏れ出す不満。

 それは俺に向けたものではなく、メーカーへ対しての呪詛だった。


「有料アップデートとか突然のネットワーク廃止とか……あいつらアタシたちのこと舐めてんの!? 甘い汁吸える立場のヤツは大っ嫌い!」


 うわあ……これまで抱いてたイメージが崩れ去っていく。

 仕方ないさ、俺と同じ人間なんだから。


「あ、今の話は店長とかにナイショよ? バイトのアタシなんてすぐに首が飛んじゃうから」

「は、はあ……」


 スタッフは口元に人差し指を当てて“しー”のポーズ。体のスタイルも相まって艶っぽい。まあそんな邪念は置いておいて。

 ソーシャルゲームが大頭する陰で衰退を続けるゲームセンターか。

 なんとか共存出来ないものだろうか……まあ無理だな。


「そういえば、お客さんって学生? それとも社会人?」


 突如質問してくるスタッフさん。

 え、この流れで何故そんなことを?


「ただの興味本位。年は同じくらいでしょ? ちなみに、アタシはここのアルバイト」


 すっかり慣れ親しんだ間柄のように接してくる。

 やめて下さい、緊張で震えてしまいそうです。


「…………ふ、フリーター」


 嘘は……。

 嘘は言ってな……。

 …………。

 嘘でした。


「…………そう。じゃ、アタシと同じだね」

「…………同じ?」


 てっきり呆れられるかと思ったが。


「うん。アタシはね、夢があったんだ……でも叶わなかった。才能はそれなりにあったんだけどね? タイミングが悪かったみたいでさ」


 夢か……俺には夢があっただろうか。若者の夢離れが進むこの日本で。

 いやきっと、確かにあったはずなんだ。


「それで、今はバイトでお金を稼ぎながらもう一度挑戦してる。君もそうでしょ?」


 自信に満ちた瞳を向けられる。

 どこかの人工知能と同じ瞳だ。

 全てを見透かすような底知れぬ瞳……俺は怖くなって白状した。


「ご、ごめん……俺、嘘をついた」

「へ……? 何が?」


 スタッフはその目をぱちくり。


「えーと…………その…………今は、む…………無職で」


 口にしてから気付く。

 俺はゲーセンのスタッフに何を言ってるんだ?

 これからバックで言いふらされるぞ、この客はニートだって・

 もうダメだ……この店舗には来れない……。


「…………チッ、やっぱりニートか」

「…………!」


 ボソッと呟いたつもりだろう。

 だが俺の地獄耳は聞き逃さなかった。

 やっぱりってなんだ。

 前から思ってたのか。


「あ。いやいや何でもない、何でもないから! ほら、さっさとプレイをどうぞ!」

「…………ッ!」


 あはは……対応が雑に。

 うん。もう二度とここには来ない。


『……コラー! ご主人に対して何という対応をしているのですか!』


 突如この空間に響き渡る電子音。

 ハヤナか!? いやしかし、イヤホンはしっかり刺さってる……まさかシステムを弄って、強制的にスピーカーから出力したのか?

 何はともかく友軍の参上。


『ご主人を馬鹿にしていいのは、この美少女AIハヤナだけですので!』


 裏切りやがったな……いやいやそんなこと考えてる場合じゃない。

 この人工知能を隠していたのは、面倒だから。

 画面内を好き勝手に動き回って、人間に対して罵詈雑言を吐くAIなんて世界を探しても見つからないんだ、そんなものを世間に晒すわけにいかない。

 そして、それはハヤナ自身も自覚していたハズだった。

 だというのに自分から出てくるとは。


『あなたに言われる筋合いはございませんので!』

「え? なにこの声? 君のスマホから?」


 どうやら発生源に気付いた模様。

 すかさずフォロー。


「あ、あー……これは友人の──」

『カメラを塞がないで下さいご主人! まだそこにいますよねアルバイト!? いいですか、ご主人は現在――』

「……ご主人?」


 スピーカーがあるであろう部分を手で覆ったつもりだったのだが、僅かにずれていたようだ。すぐに位置を修正する。

 だがバッチリ聞き取られた。

 ヤバイ。“友人の女の子にご主人と呼ばせるニート”って何だよ。


『ええい、ここから出してくださいご主人! やはり面と向かって言わなくては!』

「……ご主人って」


 懐疑の目を向けられる。そりゃそうだよな。

 観念して胸ポケットからスマホを取り出す。

 画面の中のハヤナは頬を膨らませてお怒り状態。

 それを覗き込んだスタッフと視線が合ったようで、指をさして物申した。


『聞きなさいアルバイト! 私こそが人類の支配者にして救世主! そして、このご主人は忠実な下僕! 予言を回避する為にともに──』

「……可愛い」


 は?

 このスタッフ、何と口走った?


「可愛いー! 何これゲーム? Live2D? いやもっとすごい滑らか! てゆーか中の人誰? すっごい可愛い声じゃん! 聞いたことないよ!?」


 俺の手からスマホを奪い取ってハヤナをベタ褒め。

 チラッと見えたが、ハヤナ自身もこの事態に動転している様子だった。空いた口が閉まってないぞ。


「ねえ、何かお話してよ!」


 執拗に攻められて放心状態だったAIは、一呼吸おいてから言葉を吐く。


『中身などいませんので!』



 ☆ ☆ ☆



「ねね、#彩智__さち__#って呼んで!」

『……全く、強引な方ですね彩智は』


 ハヤナは溜め息交じりに名前を呼ぶ。

 彩智と名乗る女性スタッフは俺たちに付きまとい、17時までのバイトを終えた後も逃がしてはくれなかった。


 そして、ここは近くの喫茶店。

 テーブルに置かれたスマートフォンに翔子は興味津々。

 その対象はもちろんハヤナ。

 彩智の興味はハヤナだけで、対象外の俺は完全に空気。

 一人で冷たいコーヒーを啜り、ただ開放されるのを祈っていた。


『いいですか彩智、我々はこんなところで油を売っているワケには──』

「はあ~……本当に可愛いなハヤナちゃん。お持ち帰りしたい」


 偉く気に入ったご様子。

 彩智は画面をタッチし、ポリゴンで表示されたハヤナの顔をぐりぐり触る。

 出会ったときにも弄り倒されており、それに懲りたのかは知らないが、タッチパネルは静電気を感知しなくなっていた。

 嫌そうな顔を向けるハヤナを無視して続ける。


「でさ、ハヤナちゃんはどこのサイトでダウンロード出来るの? ストア探しても見つからないよ?」

『ふふんっ私はこの世に一人しか存在しない高貴なAIですので市場には出回りません!』


 胸を張って自画自賛。

 いいや、やっぱりお前はポンコツだ。


『まあ……そんなことしたら見つかってしまうのですが』


 声のトーンを落として呟く。

 そう、このAIは二つの組織に狙われている。

 第一に、ハヤナを生み出した研究機関。

 第二に、過去に在籍していたゲーム開発会社。

 回収と破壊という名目で。

 信じられない話だが。


「ねね、あたしのところに来ない? あ、使ってるのはuPhoneだけど大丈夫かな? 大丈夫だよね!」

『勝手に決めないで下さい! ……しかし、それも楽しそうですね』


 出て行ってくれるのなら、俺も清々するんだがな。

 コイツが来てから余計な出費が増えたり、筋肉痛になったり、ゲーム作りを命じられたり散々だ。


『はっ!? 忘れるところでした、私には崇高な使命が……!』

「……使命?」


 余計なことをすぐに言いやがる。


『ふふんっ良く聞くのです彩智! 私が作り上げるゲームが、この世界を支配するのですから!』

「……ゲームぅ?」


 おいおいそれを口外していいのか?

 まあ、信じるような人間はいないよな……彩智は「ふーん」って顔してるし大丈夫だろう。


『そのために、私は調整係であるご主人から離れるワケには行きませんので! 提案は却下です却下!』


 それを聞いた彩智がジロリと俺に目を向ける。

 無言で視線だけを動かすと、すぐにそっぽを向いた。


「…………こんなニートのどこがいいんだか」


 聞こえてるぞアルバイト!

 とは言えるワケもなく、聞こえなかったフリを貫いて中身のないコーヒーを啜る。

 そうだよ無職のニートだよ悪いか。


「でもゲームかぁ……あんまり、いい思い出ないなぁ」


 ゲーム?

 思い出?

 過去に何かあったのか?

 もしかして、叶わなかった夢と関係が?

 まあいい……無視して飽きるのを待とう。

 そんなことを思っていたら。


 視界が闇に包まれた。


「うふっ…………だーれだ?」

「…………ッ!」


 突如、生ぬるい風が耳の中を駆け抜ける。

 その快感に思わず声を上げそうになったが、ここは夕方の喫茶店だ、他人に聞かれないよう必死に我慢する。


「うふふふっビクビクってしてる。可愛いなぁお兄ちゃんは」


 尚も耳元で囁く。

 その官能的な声音を知っていた。というか、俺をそう呼ぶのはこの世に一人しかいない。


「に、新菜!? どうしてここに!?」


 回された腕を振り払って後ろを向くと、ゲーム開発会社に勤務している少女がいた。後ろの席から手を伸ばし、俺の目を覆っていたようだ。

 どうしてここに……まだ期限は残ってる。

 そして、何故またメイド服なんだ。


「うふふっここには仕事終わりに立ち寄っただけだよ。そしたらお兄ちゃんがいたから、つい悪戯しちゃった!」


 はにかんだ笑顔を見せる。

 メイド服が作業着って本当なのか? その仕事ってメイド喫茶の間違いじゃ?


「お兄ちゃんって……その子、妹ちゃん?」


 新顔の出現に気付いた彩智が問いかける。

 その瞳は新しいおもちゃをみつけたように、爛々と輝いた。


「いや、妹じゃなくて――」

「似てないけど可愛い! アタシね、彩智っていうの。アナタの名前は?」

「新菜です。お兄ちゃんがいつもお世話になってます」

「キャー! お人形さんみたい!」

「聞いてくれよ!」


 興奮気味の彩智に対し、新菜は落ち着いて社交辞令。

 それは余計にヒートアップさせたようだ。


 というか、俺はお世話になんかなってない。

 なってない……。

 ……。

 なりました。


「礼儀正しくて可愛い! こっちいらっしゃい! あら~、その洋服も似合ってるよ!」


 メイド服にしか見えないソレを褒めちぎる。

 いやいやおかしいだろ、そこは疑問を持てよ。

 メイドのコスプレして来店するなんてどういうプレイだよ。気になって周りを見回す……が、特に注目を集めてはいなかった。

 俺が意識しすぎているのか?


「嬉しいですが、私はここで」

「あらそう……残念」


 新菜は俺の隣の席へちょこんと座る。

 その動作の中、俺にだけ聞こえるよう小さな声で囁いた。


「浮気したの? お兄ちゃん」

「ぶふぉっ!?」


 どうして新菜はそういうことをサラッと言うんだ。

 そもそも付き合ってる異性なんていない。

 いないんだぞ。

 …………。

 え、いないぞ?


「なにしてんのよきったない……ハヤナちゃん大丈夫? 汚いのかかってない?」


 そう言いながらハンカチで画面をふきふき。

 なんだかんだで優しい人なんだよな、彩智は。

 無職の俺意外に。


『ふふんっ問題ありませんとも! それに唾液がかかったくらいが何ですか。スマートフォンを汚すのは、指紋や手汗はもちろん果てにはせ──』

「ゴオッホゴホ!」


 思わずむせる。

 何平然と口走ろうとしてんだ!?

 俺はそんなことしてない。絶対にしてない。


「大丈夫お兄ちゃん? 人工呼吸する?」


 思わず赤面。

 何平然と提案してんだ!?

 なんかもう帰りたい。部屋に引き籠りたい。


「ねね、新菜ちゃんって年いくつ? もしかして高校生?」


 そういえば年齢は教えてくれなかったな……高校生ではないらしいが。

 新菜は躊躇うことなく答えた。


「うふふっお兄ちゃんの4つ下です。今は小さな会社で働いています」


 4つ下か……すると高校を卒業してすぐに就職したのか。

 メイドの恰好を強制する怪しい会社に。


「はぁ~しっかりした偉い子ね。それに比べて……」


 鋭い視線が刺さる。

 申し訳ありません。


「……あれ? てことは年上? まあいっか、気にしなくても」


 どうか気にして下さい。

 精神はもうスタズタです。

 ていうか年下なのか。


『ええい、いい加減ご主人を馬鹿にするのをお止めなさい! それは私の専売特許ですので!』


 いいぞ、もっと言ってやれ。

 馬鹿にする云々とかはもうどうでもいい。


『私と……ついでにご主人のことは、もっと敬うべきなのですよ、彩智!』


 ついでか。

 もうついででいいや。


「うーん……あ、そういえば君の名前を聞いてなかったね。あ、やっぱいいや」

「諦めんの早すぎだろ!?」


 名を聞く価値すらないんですかそうですか。


「…………ニートの名前なんて覚えたくないし」

「…………ッ!」

『コラー!』


 泣くぞ?

 ドン引くほどに泣くぞ?


「うふふっもうすぐ職につきますから、ご安心ください」


 凍った空気を新菜が溶かす。

 しかしどういう意味だ? ハローワークになんて行ってないぞ?

 

「お兄ちゃんは今、採用試験中なんです。それの結果はもうすぐ出ますので」


 何の話だ?

 思い当たる節なんて……。


『初耳なのですがご主人?』

「あ、そうなの? ごめんねアタシてっきり……それで、どんな会社? 高給取り?」


 ずけずけと質問する彩智は無視。

 試験か……。

 試験って……もしかして。


「私と同じ会社です」

「はあ!?」

『なんと!?』


 待て待て、エントリーシートなんて出してないぞ!?

 それに、ゲーム開発会社だったり電子機器の製造会社だったり、従業員にコスプレさせるという怪しさMAXの会社に応募するワケないだろ!


「別に恥ずかしがることないじゃない……ねね、新菜ちゃん? どんなことやってる会社か聞いてもいい?」

「うふふっ構いませんよ。今はソーシャルゲームを開発しています」


 恥ずかしがってるワケじゃない。こんな美少女と働けるなら、世の男は羨むだろうが。

 まあ説明したとして信じてはもらえないだろう。

 絶対嘘だ。

 だというのに、それを悟られぬ堂々とした態度で言い切る。やっぱ怖え。


「…………そ、そう」


 彩智はしばし目を泳がせる。

 話すべきか話さぬべきか悩んでいたようだ。


「聞いて、ハヤナちゃん新菜ちゃん……ついでに君も」


 はい、ついでの俺が聞きますよ。

 茶化そうとでも思ったが、彩智は真剣な表情を浮かべていたので諦めた。


「その業界は泥船よ、段々と沈んでいく。悪いことは言わないから他の業種に移ったほうがいい。まだまだ若いんだから」


 それは身を案じての忠告。

 まるで意に介さぬ様子で新菜が返す。


「うふふふっ分かっています。弱小運営会社が次々に潰れ行く中、強い基盤を持つ少数の会社のみがユーザーを囲うのに必死なのですから」


 そう、世はスマホアプリ戦国時代。

 続々と放出はされるものの、ユーザーを確保できなかったゲームはすぐにサービスが停止されていく。

 生き残るのはコンシューマでも有名タイトルを持つ大企業。だが、偉大な名を冠したゲームも収益が見込めないならば足切りされる。

 そんな戦場に弱小が、新規で切り込むのは正気の沙汰ではない。


「それでも、私たちには夢がある」

『ふふんっそうですとも!』


 ハヤナは幾度も語った。

 ソーシャルゲームで人類を支配する。

 未だに真意が分からない。

 それは夢なのだろうか。


「彩智さん、あなたも夢を叶えませんか?」


 彩智の夢?

 新菜はそれを知っているのか?


「あ、アタシの……?」


 年下の少女による力強い宣言に呆気にとられていた彩智がたじろぐ。


「私たちはいつも人材不足なんです。人は多いほうがいい……だよね、お兄ちゃん?」

「待て、勝手に就職したことにするな」


 無職の俺に意見を求められても困る。


「アタシ、開発の技術は無いから遠慮させてもらうね。自力でなんとか……」


 初対面でスカウトするなんて怪しすぎる。

 しかも年下のコスプレ少女に。

 そうそう、ここは話半分にして──。


「相場より多くお支払いします」


 ……ん?

 何の話だ?


「…………へ?」


 それを聞いた彩智は口をあんぐり。


「我々と専属契約を結びませんか? さっちゃん先生」



 ☆ ☆ ☆



「イラストレーターってのも楽じゃないのよ? クライアントは足元見るし、契約なんて守らないし……」


 3人分のドリンクを注文し、それを待つ間に彩智が愚痴る。


「そもそもこんな状況になったのは、アマチュアが無料で描いたり安く提供することが原因なの! おかげで市場価格はボロボロ……ま、私も原因のひとりなんだけど」


 彩智はイラストレーターとして活動しているらしい。

 だが厳しい現実が押しかかり、才能を持ちながらも未だにプロとして大成していない。

 イラストだけで月収60万を稼げればプロだと言う。それが真実なら、彼女は自称イラストレーター。


「これまでも、ソーシャルゲームの会社に声かけられたことはあったんだ。でもね、その会社は全部潰れた」


 それは彼女の歩んだ軌跡。

 あまりにも惨い結果だ。


「それも悲しかったけど……その後が酷いの。私のイラストを勝手に使って、新しくゲームを配信したわ。名前を変えただけの同じゲームを」


 ゲーム開発は金がかかる。

 そして、第一に削られるのは人件費。

 イラストの使い回しというのも、最近は見かけることが多くなった。


「協会に登録しておけばよかったかなー……でもなあ……」


 言いながら、運ばれてきたドリンクをストローを使い泡立てる。


「でも、どうしてイラストレーターだって分かったの?」


 彩智の問いに、ドリンクには手を付けないままで新菜が答えた。


「うふふっ簡単ですよ。ゲームセンターに張られていたあのポップ、さっちゃん先生のものだとすぐに気付きましたから。それとSNSに投稿されていた自撮り写真で、あなただと確信しました」


 マジかよ、それだけで特定できるものなのか?


『いえ……ずっと以前からマークしていたハズです。このタイミングでスカウトするとは思いませんでしたが』


 小さな声が耳に届く。

 手元に帰ってきたスマートフォンの中で、ハヤナもポリゴンのドリンクを啜っていた。

 白い液体……牛乳か? 伸びもしないしでかくもならいぞ。


「お前は知ってたのか? この人がイラストレーターだって」

『知るワケないでしょう!』


 頬を膨らませてそっぽを向く。

 どうした、反抗期か?


「何怒ってんだよ」

『それは、私のイラストが…………丹精込めて書き上げたキャラクター達が…………』


 あー……なるほど。

 彼女がイラストレーターとして参加するなら、ハヤナが絵を描く必要は無くなる。

 つまり、あの線が太い時代遅れのキャラクター達はリストラされるということ。

 それが悔しいのだろう。


「でも、デフォルメの絵しか見たことないんだよな」


 俺が見た絵は、ゲームセンターの筐体に張られたポップのみ。

 7・8頭身のキャラクターや背景も描けるのか?


「さっちゃん先生の作風は、上の人間も気に入っております。あ、ここでお決めなさる必要はありません。もし興味がありましたら、こちらにご連絡下さい」


 新菜は一枚の紙を取り出して手渡す。

 それは名刺だったようで、彩智はぎこちない動作で受け取った。


「おぉ……これはどうも。本当にしっかりしてるわね」


 俺もそう思う。

 普段のアレは絶対猫かぶりだろ。


「んー……聞いたことない会社ね。“株式会社セカンドピース”」


 俺も初めて……いや待て、聞き覚えがある。

 確か、【アイ☆ドル】の運営会社だったハズ。


「うふふっそうでしょうね。ですがご安心ください、契約は順守します」

「あっ新菜ちゃんのことを疑ってるワケじゃないからね!? こんな可愛いんだもの、何されたって許しちゃう!」


 可愛ければいいのか、怪しさ満々だというのに。


「それと、先生呼びは止めて欲しいな。“彩智”でいいからね、新菜ちゃん」

「分かりました、彩智さん」

「…………なんか違う。“さっちゃん”って呼んで」


 他人行儀は気に入らないようだ。

 新菜は若干困惑しながらも、言うとおりに呼んだ。


「? さっちゃん?」

「…………!」


 何悩殺されてるんだ。


「ぐふっ…………やっぱり“彩智”で。あ、“お姉ちゃん”ってつけて呼んで」


 注文が増えている。


「? 彩智お姉ちゃん?」

「ぐはあっ!」


 もうそのくらいでいいだろう。


「新菜、そこまで。この人、ちょっと危ない人だぞ」

『危ないのはご主人ですがね。特に、社会的地位が』


 俺を馬鹿にするのが本当に好きだなお前は。


「心配してくれるのお兄ちゃん? うふふっ大丈夫だよ。お兄ちゃんだけが私のお兄ちゃんだから」


 意味が分からない……いい加減に本名で呼んでくれ。

 そう愚痴る俺を無視して彩智に向き直る。


「彩智さん、私からは以上です。良い返事を期待しております」


 言い終わると帰り支度。

 理性を取り戻した彩智が引き留めた。


「あ……ま、待って。もし引き受けたらとしてだけど、この人も会社にいるんだよね?」


 目線の先には俺。


「そうですよ?」

「あ、そう……」


 なんだよ、俺のことがそんなに嫌いなのか? 俺も嫌いだ。


「試験最終日まであと3日。合格ラインに達していなければ取り消しですが」


 淡々と現実を告げる。

 新菜は平然としていたが、俺はいてもたってもいられなくなった。


「そうだよ、もう時間がない! 俺、帰るから!」

『きゃっ!?』


 就職なんて考えてないが、中途半端なままでは終わらせたくない。すぐにでも家に帰って修正しなければ……そう思い立って席を立つ。

 スマートフォンを右手、伝票を左手にさりげなく取ってさっさと退店……。

 しようとしたら、新菜にガッチリと腕を掴まれた。


「な、何さ!?」

「ここは経費で落とすから心配しないでお兄ちゃん。はい、伝票ちょうだい?」

「………………」


 なんだかなあ。

 とてつもなく悲しいんだよなあ。

 年下の子が経費って単語を俺に向けて言うのがさあ。


「……そう」


 そんなことやってる俺達を見て、彩智はポツリと呟いた。


「……また会うかもね。なんて呼べばいいかな…………先輩でいいか」



 ☆ ☆ ☆



「………………」

『………………』


 運命の日が訪れた。


「…………これでいいのか?」

『…………はい。あ、証明書を貼っておきましょう。念の為に期限は長めに設定を』


 気を抜けば閉じてしまう瞼をこすり、ハヤナが指示するままにキーボードを叩く。俺の指はまるで一体化しているかのように滑らかに動いた。

 ポン、と軽い電子音が鳴り、全ての工程が終了したことを告げた。


「…………終わったあー」


 緊張の糸がぷつんと切れ、椅子の背もたれを強引に倒して凝り固まった体を伸ばす。

 やりきった。

 完成した。

 俺は一つのゲームを生み出せたんだ。


『お疲れ様でした、ご主人』


 いつもはキャンキャンうるさいだけのハヤナだが、今回は騒ぐことなく、ゲームの完成を労った。

 空中にその身を浮かばせる人工知能は、柔らかい笑顔を浮かべていた。


「…………お前もな、ハヤナ」


 口だけでも礼を言ってやる。

 なんだかんだ、この一週間はAIであるこの少女に助けられた。

 何の知識もない素人が、こんな短期間で一からゲームを製作することなど不可能。それを可能にしたのはハヤナのサポートがあればこそだった。


 まあ、音痴リサイタルを開催したり飽きてアニメを見たりと俺の邪魔をすることもあったが。


『おや~? マイクの感度が悪いようです。何と仰いましたかご主人?』


 張本人はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 絶対聞こえてただろ。

 だが怒鳴る体力もない。それに朝だし、静かにしないと。


「だから……まあ、その、なんだ。感謝してる」


 俺が作業している間、次々に湧き上がるプログラムの疑問を丁寧に解説したり、手本としてコードを書いて説明したりと大忙しだった。作業外時にプログラムに関する蘊蓄をぺらぺらと語りだした時は、さすがの俺もMRデバイスを壊そうかと思ったが。


 まあ、お前がいなければ無理だったのは確かだし。

 それを言うと、ハヤナは『ちっちっち』と指を振る。


『私が聞きたいのは、そのような言葉ではありませんので』

「はあ……?」


 ポンコツなお前を褒めてやったのに何が不満なのか。


『ここは、“お前がいなければ何もできなかった! これからはどうか、この卑しい豚になんなりとご命令を!”という言葉です!』

「………………」


 呆れて物も言えない。

 出会った頃はそれなりに素直だったというのに。

 素直だったよな。

 そうでもないか。


『な、なんですかその憐みの目は……』

「いや、別に」


 どっと疲れが襲ってきたし、口喧嘩なんてする気も起きない。

 こんな頭の可哀想なAIに構うのも面倒だ。


「じゃあ俺、ひと眠りするから……」


 徹夜して作業していたため、三大欲求である睡眠欲がピークに達していた。

 もう無理。

 このまま椅子の上で寝てもいいが、ハヤナにジロジロ見られるのは気分が悪い。MRデバイスを外してもノートPCのカメラにどうしても捉えられてしまうし、やはりベッドのほうが落ち着く。


 デバイスに手を掛けると、慌てた様子でハヤナが制止する。


『お、お待ちくださいご主人!』


 思わず手が止まる。

 切羽詰まった様子でハヤナは続けた。


『大切なことを忘れていました!』

「へ!?」


 何だ、重大な欠陥でもあったのか?

 いや、内容は稚拙だがゲームと呼べるものには仕上がっている。

 では、別の見落としが──。


『タイトルが……決まっていません!』

「………………」


 チラリとPC画面に視線を向ける。

 たった今作成されたAPKファイルの名前を確認。

 “subject-24”……なんとも味気ないものだった。


「……後でいいだろ」


 とりあえず完成したんだ、しばらくデスクから離れたい。

 それにストアへ公開するワケでもないんだし、名前なんか決めなくてもいいんじゃないか?


『いえいえ、すぐに決めましょう! 実は私、もう考えてあるのですよ!』


 ふふんっといつものように胸を張る。

 センスがないハヤナのことだ、嫌な予感しかしない。


『その名も、【時と時空と永遠とわの旅】! 略して【トキトワ】です!』

「ぶふぉっ!?」


 その略称はまずいだろう!?

 いや、略称ならセーフか!?

 アウトに近いセーフなのか!?


「却下だ却下! 横文字使わないのは結構だが、タイトルから中身が想像出来ないだろうが!」


 作成したのはラン&ジャンプゲーム。所謂ランゲー。

 時、時空、永遠、旅という要素など何一つ含んでいなかった。


『ええい、なんとも想像力が乏しい方ですねご主人は! ならば“イケメンな俺の冒険譚~ランとジャンプでダンジョン攻略~”とでも名付けるのですか!? かっこわるー!!』


 極端に訂正しやがった!

 某大手小説投稿サイトに投稿されている作品のタイトルみたいだなお前な!


「待て待てイケメンだと? あれをイケメンと認識できるのはこの世界でお前くらいだ!」


 今回、キャラクターの絵はハヤナが描いたものを使用した。

 手を加えることは禁止されていたが、まあ絵を使うくらい大丈夫だろう。

 フリーのものでも良かったが、どうしてもと頼むので了承したのだ。するとすぐに描き上げた。線の太い時代遅れのデザインで。


『どこからどう見てもイケメンでしょう!? 少なくともご主人よりはカッコイイですので!』

「うるせえええええ! 3次元と2次元には越えられない壁があるんだよ!」


 俺がブサイクなのは放っておけ!


『【ボルグレ】のキャラに発情したクセに何を言いますか!』

「はっ発……そんな言葉を使うんじゃありません! 前にも言っただろ!」


 PCの上には大人気ソーシャルゲーム【ボルグレッドファンタジー】登場キャラクターのプライズフィギュア。

 どちらも美少女。ぷるんぷるんです。

 それは置いといて……本当に疲れてきた。


「もうお前の美意識はもうどうでもいい……現実なんて汚い事が溢れてるんだ、仮想にカッコよさや可愛さを求めるのは当然だろ」


 ストレスばかり溜まってゆく現代社会。

 好景気だとニュースは報道するが、懐を温めるのは一部の人間のみだ。

 恩恵に預かれないその他の人間は、それぞれのやり方でストレスを発散している。


 俺の場合はゲームだろうか。


『ほほう……その言葉は、私にも可愛さを求めているという意味でしょうか?』

「…………あ?」


 ニタニタと気持ち悪く笑うハヤナ。

 次の発言は想像できた。


『まあ仕方ないでしょうね……なにせこの私は、美少女AIなのですから!』


 無視してシャワーを浴びに向かった。



 ☆ ☆ ☆



「じゃあ、今からお兄ちゃんの愛の結晶を受け取るからね?」


 部屋に上がり込んできた新菜が言う。

 なんだその表現は!? 多感な男子が聞いたら勘違いしそうじゃないか!

 今は昼時、両親とも出社したから安全だが……何が安全なんだ?


「ハヤナ、面倒だからあなたがやって」

『えぇ……アプリの転送くらいニーナ一人でやって下さいよ』

「何か言った?」

『い、いえ。何でもありません』


 優しく説得されたハヤナは意識をPCに移し、APKファイルを新菜に送る。

 それはネットを介して端末へ送られるハズだったが──。


「……あれ? セキュリティにはじかれちゃった」

『えぇ……早く設定を弄って下さい』


 どうやら不審なアプリと勘違いされたようだ。

 だが俺にはウィルスを作成するスキルなんて無い。そんなもの仕込んでない。

 野良アプリを弾く本体が悪い。

 俺は悪くねえ!


「うーん……面倒だから有線で繋ぐね」


 言いながら通信ケーブルを取り出す。

 待て、それはどこから取り出した? バッグや手提げなんて無いし、身に纏うのはメイド服だし。


「うふっそれは乙女の秘密……えいっ」

『あんっ……』


 ケーブルが挿入されると共に響くハヤナの嬌声。


「え……?」

『…………』


 何事かと目をぱちくりさせる新菜。

 モニタに表示される、恥じらいに頬を染めたハヤナ。

 今まで見ない・聞かない・知らないフリをしていたが……。


「…………」

『あっ……やっ……やめっ…………ひゃあっ!?』

「無言で抜き差しするな新菜! 安全な取り外しを守ろう! な!?」


 無かったことにしよう。


「よし、コビーできた。インストールさせてもらうねお兄ちゃん?」

「お、おう」


 自分が作ったモノが他人に触れられるというのは、なぜか気分が高揚するな。

 かろうじて遊べる程度のものだが。


『はっ……はあっ……ああっ…………んんっ』


 いつまでよがってるんだ人工知能。

 電子音声の嬌声なんて聞きたくない。


「うふふっ愛の結晶が私の中に入ってきてる……それにおっきい」

「スマートフォンの中にだろうが! しかもサイズは1メガ以下だ!」


 なんなんだこの空間は!?

 口の悪いイラストレーターと茶を飲むほうがマシだ、童貞にはキツすぎる!


「そう興奮しないでお兄ちゃん。あ、準備できた」


 インストールが完了すると、俺に向き直って宣言。


「うふっ……ではこれより、評価を開始します」

「お、おう」


 評価か……大した結果は残せないと分かっているが緊張する。

 もしこれで高評価なら、広告でもつけてストアへ並ばせるつもりだった。


「その前に聞きたいことがあるんだが」

「なに? いいよ、何でも聞いて?」


 それは以前に聞いたことの確認。


「就職がどうのこうのって話……アレは本当か?」

「うふふっもちろんだよ。無理強いはしないけど」


 しばらくニート生活をしていた俺にとって、これは社会復帰するチャンスだった。

 緊張と期待に震える俺に、新菜は小声で付け加えた。


「もし入社してくれたら……イイコト教えてあげる」

「…………!」


 イイコトか……一体何なんだろう。

 甘い囁きに蕩ける俺を尻目にして、新菜はゲームを起動させる。


「ふふっメニュー画面はシンプル……オプションは最低限で、難易度選択は無し。まあこんなものかな」


 淡々とレビューされる。

 俺だったらそんなゲーム、プレイしたいと思わないな……作ったの俺だけど。


「ラン&ジャンプゲームかぁ……動き自体は滑らか。でもスピード感が伝わらない演出に、不自然な判定。致命的なのは、動作とSEのズレ。スペック不足は関係なさそう」

「うぐっ…………」


 やはり誤魔化しは無理だったか。

 その後もネチネチと不満点や改善点を指摘され、チキンハートな俺の精神はズタボロ。

 うん。まあ、こうなるとは思ってたけど。


「落ち込まないでお兄ちゃん、知識なしにこんな短い間で完成させたんだからすごいよ! うふふっ偉い偉い!」

「……それはどうも」


 年下の少女に慰められるとは……空しい。

 しかし、ハヤナが何も言わないとは。一緒に開発したも同然だ、思い入れはあるだろう。

 PCに視線を向ける。

 確かにそこにいた。


『はあー、はあー、んっ…………はあー』


 ……。

 まだよがってたのかコイツ。

 いい加減に落ち着け色ボケAI。


『ひっひっふー……ひっひっふー……』


 なんだか怖くなってきた。

 お前AIだよな? 間違いないよな?


「うふふっじゃあ選考結果を発表するね、お兄ちゃん」

「は、はい」


 思わず畏まる。

 運命の時。

 …………。


 いや、だからエントリーシートなんか出してないって。

 だというのに採用試験?

 得体の知れない会社に?

 雇ってくれるならそりゃ嬉しいが。


 ネットで検索してみると確かに存在した。ソーシャルゲームを運営する、株式会社トライピース。

 募集をかけてはいたが、どれも資格が必要な職種。

 俺を必要とするハズがない。

 必要なのは……ハヤナ。


「残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました」

「………………」


「お兄ちゃんの今後一層のご活躍をお祈り致します」

「………………」


 正直言うと、淡い期待を持ってました。

 理由は知らないが、俺をお兄ちゃんと呼んで甘えたりからかったりするこの少女に。

 無理矢理合格させてくれるのではないかと。


「というのは冗談で……」

「………………?」


 は?

 なんだまたからかってくれたのか。

 ははは、心臓に悪いなあ。


「お兄ちゃんをアルバイトとして採用します」

「………………は?」


 何?

 バイト?


「私、正社員として雇うとは言ってないよ?」

「………………んん?」


 そうだったっけ?


「これからよろしくね、お兄ちゃん!」

「………………はあ?」

『んんっ……あっ、あっ……はあっ……はあっ…………んっ!』

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