死者の声が聞ける電話

木沢 真流

第1話 

「——はい、もしもし。あら、あなた、いよいよ来週からアメリカ出張ね、気を付けて行って来てね」


「大丈夫だって。ほら自宅控えの保険証書も置いておくから。死亡したら1000万だって、これで何買えるかな」


「もう、冗談止めてって。あなたが死んだら、祐二と祐子に何て言ったらいいか。あの子達、まだ甘えたい盛りなんだから」


「いや、冗談じゃないよ。俺が死んでも悲しまないでな、でも行方不明とかだったら少しは探してほしいな。でもそれで困らせると申し訳ないから、やっぱり死ぬならさっぱりと死んじまった方がいい」


「だからそんな物騒なこと言わないでって。最近アメリカってテロ多いっていうじゃない? なんだか不安になってきたわ、行くのやめたら?」


「俺は明利という素晴らしい女性に出会えて、二人の子どもにも恵まれた。とても幸せだよ、何かあったら後の事よろしく頼むぞ」


「そんな……何かあったらなんて。最後の別れみたいでいやだわ」


「あのな、明利。実は……」


「何?」


「実はこの電話、少しだけ時間を戻して、生と死をつなぐ電話なんだ」


「どうしたの、突然。言っている意味がよくわからないわ」


「あの後、本当にテロが起きたんだ。突然の出来事だった、だから実際は……」


「何言ってるの。冗談はやめて!」


「冗談じゃないんだ、ああもう時間がない、頼む、もう少し、もう少しだけ話をさせてくれ……俺、お前たちにまだ何にもしてやれてない、前に約束したあの家族で南の島への旅行だって果たせてない。まだまだ沢山しなければならないことがあるのに、それなのに……」


「大丈夫よ、あなた、愛しているわ。あなたにはいつだって感謝してるの、だから……」


 つーん、という音とともに電話は切れた。その後、いつも電話が切れた後に聞こえる、あのプー、プー、の音はついて来なかった。


「時間切れだ、ほら、さっさと行きな」


 髭づらの男に蹴飛ばされ、私はその場にうなだれた。


 あの日、テロは起きた。

 人混みを狙った無差別爆破事件、多数の尊い命が一瞬にして奪われた。

 テロは突然、人と人とのつながりをぶった切る。

 同じ世界に生きていた人たちを、引き裂いてしまう。

 まさか自分にまでその被害が及ぶとは思いもしなかった。


 安全大国とうたわれていた日本で起きた戦後史上最大の自爆テロは、私の家族の命を一瞬にして奪った。そのニュースをアメリカで聞いた私は、すぐさま日本に帰ったが、時既に遅かった。


 その後、全てを失った私の元にとある広告の文字が飛び込んできた。


「生と死をつなぐ電話、1分◯万円」


 人の記憶の断片をつなぎ合わせ、あたかも自分の記憶の中で、その指定された人と話す錯覚を体験出来るというものだ。この電話をかけるために、私に残された家や車、金目のものは全て売り払い、裸同然でここに来た。もう私には何も残されていない。


 こんなことをしても私の大切な家族は帰ってこない、わかっている。でもいい、幻でもいいんだ、明利の言ってくれた言葉は私に生きる勇気を与えた。


——大丈夫よ、あなた、愛しているわ。あなたにはいつだって感謝してるの——


 私には何も残されていない。でも私は前に進まなければならない、この砂漠のような果てしない孤独地獄の中で。

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死者の声が聞ける電話 木沢 真流 @k1sh

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