第二話【雑貨-1】
-A-
カウンターにいるマスターは、右手の人差し指で地面を指すとこう言った。
「例えば、私たちの居るこの世界が偽物だとしたら」
「だとしたら?」
マスターは、今度は私の目の前にある机の上の本を指すと、言う。
「その絵本の世界が本物です。」
「…どういう、ことだ?」
私には全く意味が分からなかった。
「私には、そのことしか分かりませんでした」
そう言うとマスターは、さっき帰っていった真村雪の使っていたカップを洗い始めた。
「そうか」
私は、何も分かっていないことを隠すようにそう言うと、お代だけ置いてカフェを出た。
マスターの言葉はいつも、なぞなぞのように難しく、簡単だ。
聞いたその場では全く意味が分からず、しばらく考えると「なあんだ」となる。いつもなら、店を出るときには意味が分かっている。
だが、今回は違うという予感がした。きっと、真村雪の事を解決しなければ解けないだろうという予感が。
遠くの方から視線を感じ、いつのまにか下がっていた視線を上げると、路地の入り口にある郵便ポストが、こちらを見ている。なにかと思い、近づいてみると電飾が夕日を反射していただけであることに気づく。
普通ならポストが人を『見る』わけがないのだが、もしかしたらあの絵本のことが頭にあったから、ものに見られた感覚があったのかもしれない。
そういえば、本を店内に忘れてきた。まぁ、次に来たときに持ち帰れば良いかと、そう決めた。
暗くなって来たからなのか、電飾が光り出すと、私はクリスマスが三日後であることを思い出した。
クリスマスなんて行事は、私が中学生になった時にどうでもよくなった。
友人も多くない私は、他の同級生と一緒にパーティを開くこともしなかったし、父のいなくなった私の家では、母にサンタの役目は重かったのだ。だから今ではただ、家で母と食事をするだけのものとなっている。
今年のクリスマスは、母にプレゼントでも買っていこうかと思い至り、スマホに一番近い雑貨屋の場所を聞く。
『一番チカイ、雑貨屋ハ、413メートル先デス』
感情のこもっていない、合成音が私に場所を教える。どうやら、目的の雑貨屋は私の住むマンションの前にあるようだ。意外と近いところにあったのか、と驚いた。
スマホを胸のポケットにしまって、歩き出すと雪がちらほらと降り出しす。手の甲に乗るとその瞬間に水と化した。水分の多い雪のようだ。
明日は道が凍るのではないかと、まだ起きていない面倒に身が震えた。
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