第一話【探偵-2】
-C-
彼女が差し出した本を手に取る。表紙をめくると半透明の薄く白い紙が挟まれていて、丁寧に作られていることが伺える。その紙をめくり、私は物語に入り込む。
『とけるまでの1週間』
一年中雪の降るあるところ、女の子と男の子がいました。二人は仲良しで、毎日一緒に遊んでいます。どうやら今日は、女の子の提案で鬼ごっこをすることになったようです。
じゃんけんをして、女の子が鬼になると男の子は森の中に逃げ始めました。その森は、大人たちから入ってはいけないと行われている森でした。しかし、普段から森の中でキノコを取ったりして遊んでいる二人は、そんなことはかまわず、女の子も男の子を追って森の中に入ってしまいました。
しばらくすると男の子は立ち止まりました。目の前に見たことのない家が現れたからです。昨日はなかったはずの家です。男の子の提案で、二人はその家に入ってみることにしました。
暖炉の前には大きな釜があり、少し不気味で、外見こそ違いますが、まるでヘンゼルとグレーテルのお菓子の家のようです。
しばらくすると男の子は怖くなってきました。お父さんやお母さんから聞いていた魔女が住んでたら、その魔女が帰ってきたらどうしよう。と、思ったのでしょう。
男の子は外に出ようと女の子の腕を掴むと、そのまま走り出そうとしました。すると焦っていた男の子の腕は、テーブルの上にあった小さなツボに当たると、グルンと一回転し床に落ち、割れてしまいました。
丁度家に帰ってきた魔女は割れたツボを見て泣き喚き、二人を凄く怒りました。
その壺は、魔女の一番大切なものだったのです。
そして、怒った魔女は男の子に、一月で死んでしまう魔法をかけました。
それから四週間が経ち、魔法で男の子の命が天国へ行く前日になりました。
最後の思い出に、と二人は雪だるまを作ることにしました。
それは最後の楽しい、楽しい時間でした。
雪だるまに使う手袋は、二人のいつも付けていた手袋を、片方ずつ使うことにしました。
あっという間に空は暗くなり、二人は家に帰る時間になってしまいました。
いつも通りの挨拶をして、家に帰った男の子は、その瞬間ある“記憶”が蘇りました。一週間後の女の子の誕生日です。
しかし、明日天国へ行ってしまう男の子は、女の子の誕生日を祝うことができません。すると、男の子は女の子に当てて手紙を書くことにしました。
ーー手紙を書き終わると男の子は家を飛び出しました。
魔女の家に向かったのです。
男の子は魔女の家に行く前に雪だるまの所に行きました。
男の子の手袋の方に手紙を入れ、再び、男の子は魔女の家に向かいました。
魔女の家に着くと、男の子は必死に魔女に“命を延ばしてください”と頼みました。男の子は少しの可能性にかけたのです。
しかし魔女は“かけた魔法は戻せない”と、言います。
それでも頼み続ける男の子に魔女は、男の子にもうひとつの魔法をかけることにしました。
他の物に命が宿る代わりに、命が延びる魔法です。
次の日、男の子の命は、魔女の説明どおり、あの雪だるまに宿りました。雪だるまがとけるまでが、男の子の命です。
男の子は少しずつ溶けながらも女の子の家に向かいます。雪だるまになっても動けたのは、男の子の起こした奇跡だったのでした。
頑張って、踏ん張って、男の子は女の子の家の前に着きました。
しかし、女の子は男の子が天国へ行ってしまったというショックで、家から出ることはありません。
まだ消えてはいないよ、と雪だるまの細い木の棒でドアを叩きましたが、その音は女の子の鳴き声にかき消されてしまいます。
数日後、久しぶりに女の子は外に出ました。
女の子は外に落ちている2つの手袋に気づきました。
女の子のと、男の子のと。
男の子の方にしわくちゃになった2つ折りの紙が入っていました。それは男の子からの手紙のようです。
「お誕生日おめでとう。そして、ありがとう。僕は君の事が、大好きだった。」
それを読んだ女の子は泣いて、泣いて、泣きました。
すでに、とけたはずの雪だるまは、にっこりと笑って、男の子の命は天国に向かいました。
男の子の命が雪だるまに宿ってから、一週間後の出来事でした。
本を閉じる。閉じた後にもう一度最後のページを開いてしまう。しかし、この悲しみから脱することができる文章はない。言い表せれ無いほどのやるせなさを感じた。
彼女はこれが全て実話であると言う。ということは、過去に『魔法』などという異端なる力によって、一人の男の子が死んでいたということになる。私には信じられなかった。
「ありえない」
思っていたことがつい、口にでてしまう。
「私は見たんです。ずっと一緒にいたのだから、間違えるはずがありません。見たんです」
彼女は叫ぶほどの勢いで言った。それでいて、彼女は真剣な顔をしていた。
この世界で、消えたはずの人が現れるのは、精神的な苦しみから生み出される幻覚か、似た顔をしている人か二つの内どちらかだ。かつて、復活などという考えがあったようだが、それも神話的なものだ。本当にあったかどうかは、定かではない。
だが、もしも彼が死んでいなかったら、とすると話は別だ。そもそも、魔法なんてものが存在するかどうかということ自体が怪しい。このときに彼がどこかに消えてしまっただけだったとすると、生きているということもあり得る。
「分かりました。そこまで言うなら、調べるだけ調べてみます。ただ、結果がどうなっても知りませんよ?」
「分かっています。お願いします」
彼女はカフェオレを飲み干すと、コートを抱えて店を出ていった。
「なあ、マスター。今の話、どう思う?」
マスターは磨き終えたカップをおくと、話し出した。つまり、マスターの必要な時だ。
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