第一話【探偵-1】

 -A-

 雪のちらつく十二月。例年より寒くなると言われた今日は、コートを着ている人が多いからか、桜花おうか町が狭く感じる。

 その街の一角。ぎゅうぎゅう詰めになったうどん屋は、いつもより賑わっているように思えた。

 その中で一人、存在感の薄い男が蓮根の天ぷらを齧っている。

 男の名は高伊たかいるい。職業は探偵である。

 しばらくして、高伊涙がうどんの汁を啜り終わった時、彼のスマホが鳴った。いや、マナーモードにしていたから、震えたと言った方が正しいかもしれない。

 もちろん、彼は電話に出た。

『もしもし、探偵のさんでしょうか』大人しそうな若い女性の声だった。

「はい、探偵のですが、どんなご依頼で?」

『人探しをして欲しいのです』

「そうですか、分かりました。詳しく話を聞きたいのですが、いつであればお会いできますか?」

 彼女は明日の昼なら大丈夫だと言った。 「それなら」ということで隣町の東野とうの町のカフェで会うことを約束し、電話を切った。

 そういえば、名前を聞きそびれた。またやってしまった。

 何日か前に同じことをして依頼者を酷く怒らせたことがあったのだ。しかし、電話はもう切ってしまった。明日会ったら一番に謝ることにしよう。


 -B-

 いつもの黒いダッフルコートを着て、街を歩く。

 家から5分ほど歩いた。待ち合わせのカフェは目の前の十字路を東に曲がり、その後北側にある三つ目の路地を入った所にある。

 あまり知られていないためか、それとも、外見がカフェとは思えないようなものだからなのか、賑わっているところは見たことがないが、コーヒーがとても美味い店だ。しかも、マスターは必要以外の時は全く喋らないので、とても居心地が良い。家から近いというのもあってよく来る店だ。

 店に入るとマスターの低めの声で「いらっしゃい」と言ってくる。「どうも」とだけ返して、いつもの一番奥の席に座る。店内はエル字になっていて、つまりここは『L』の書き始めの部分となる。

「いつもの」というとマスターは豆を挽き始める。コーヒー豆の香ばしい匂いがし始め、しばらく経つとマスターは音楽をかけた。

 軽やかなピアノの音が響きだし、心地よいリズムに眠気を誘われる。するとピアノの音はいきなり激しくなり、音と音が喧嘩をし始めた。しばらくして、それを仲裁するような音が現れるが、喧嘩は止まらない。

 ちょうど音の喧嘩が終わったころ、今回の依頼人と思われる女性が現れた。元々、座っている席は言ってあったので、彼女は私の前方の席に腰をかけた。

 カップを見ると、コーヒーがあと一口しかなかったため、彼女がカフェオレを頼むのに合わせて、私も二杯目のコーヒーを頼んだ。

 彼女は白いボアコートを来て、下にはジーンズを履いていた。顔は、風邪でも引いているのか、マスクを付けているため隠れてしまっている。

「昨日の電話でお名前を聞くのを忘れてしまって…すみませんが、お名前を教えていただけませんか?」

 考えていた通り先に謝ると、彼女はマスクを取りながら名前を述べた。

「あぁ、そうでしたね。私は、真村まむらゆきと言います」

「――!」

「どうしました?」

 ここで、彼女が風邪を引いているわけではないことができる分かった。もし、ここにいる人間が機械ではないのであれば、僕と同じように口を開けたまま固まってしまうはずだ。

「い、いえ、少々驚いてしまったもので」彼女は、最近テレビで話題の絵本作家だった。確か、男の子と女の子の恋の話だったはずだ。まだ私は読んでいないが。「『とけるまでの一週間』の作者の方ですよね」

「ええ、そうです。お知りでしたか。なら、話は早いですね」

「と言いますと」

 彼女は真剣な面持ちになると、ゆっくりと述べた。

「あの物語の男の子を探して欲しいのです」

 それが私の長い冬の始まりだった。

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