現代ファンタジー 寒くなってきました
私が食事を済ませ休憩を取っていると、だぁんだぁんと、扉が乱暴に叩かれる。
扉の向こうからは聞き慣れた声がした。私のご主人様だ。
「ウエッヒッヒッヒ~、今帰ったぞ~い。さっさと開けるのだ~
暑いけど寒くてたまらんのだ~」
扉の中に入れてみれば、そこには顔を真っ赤に火照らせて酒精をプンプン散らめかす酔っ払いがそこに居た。ご丁寧にYシャツの胸元を大きく広げている。
大層呑んだのだろう、色々と感情がちゃんぽんに混ざっていて言っている事がよく分からない。
兎に角、この島主としての仕事を放り出して突然失踪した呑兵衛を寝室まで連れて行かねばなと、肩を貸してやる。
細身に見えてズシリと重い感触が足まで来たが、この程度ならこの人のメイドをやるならこれ位の重圧は覚悟の上だ。
「あ~、世界がグルグル回るんじゃ~。粘液たちの摩擦熱がとても暑いんじゃ~」
「ハイハイ、良いからさっさと歩く」
「フエッヘッヘッヘ。流石俺のメイドは優秀だなぁ」
向こうはみっともない顔で酒臭い息を顔に吐きかける。これは大分キテいるな。
直ぐに寝室に運ぼう。そうしなければ面倒な事になる。
そう思った刹那、彼は口を開いた。その視線は私を見ている筈なのに、その輪郭線をなぞるように、まるで私が存在していると云う概念を確かめているようにも見える。
「なあ~雪~、居るかぁ?」
「はいはい、居ますよ」
「そうか~、良かった~。ウヒャヒャヒャヒャ」
高笑いを聞くが、そこに喜の感情は感じられない。
力を全く入れていない彼のおもい身体が、ズシリとのしかかる。
彼は酒を滅多に飲まない。禁欲的なのではなく、自身が危険だと狙われる可能性があるから。
彼は遊んでいるフリをして、何時も大切な何かを自分一人で背負い込む。うまくやっているつもりだろうが、大体分かる。仕事の最中に何かを見つけ飛び出たのだろう。
そして物凄く嫌な事があったに違いない。
彼は呟く。
「なぁ、寒いな……」
「はい。寒くなってきました」
私は彼を支える手で抱き寄せる。
「暖かいな……、世界はきっと暖かい筈なんだ……」
そう言って立ったまま寝てしまった彼を、私は寝室へ運んだ。
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