近未来を舞台に宗教組織に絡む犯罪と対峙する事になった車椅子の捜査官クレア=モーリスの活躍を描くSFクライムストーリー。
物語の背景にあるヴェーダ神話・ブラーフマナ神話のエッセンスと、劇中に於いてクレアが使用し、仮想空間内で魔法にも似た奇跡を可能にする独自のコマンドプロンプトである“歌”によってSFとファンタジー要素を併せ持った世界観を構築している。
この歌を奇跡のコマンドとして解釈する手法は2000年代にゲームサウンドクリエイターの土屋暁氏等が提唱して以来、魅力的な設定に反して音楽方面に相応の知識を要するなど扱いの難しさから小説ジャンルでは中々有用に使いこなせる書き手が現れない要素である。
……が、こと本作に於いては杞憂であり、クレアと言う人物造形を掘り下げる重要な要素として見事に機能させていると言って良い。
相棒の激シブ親爺ことダニエル捜査官をはじめとした脇を固める人物達も非常に厚みのある人物造形で、アメリカの刑事ドラマが好きな私は終始ニヤニヤしながら読んでいる次第である。
四肢麻痺ながらも、電脳情報戦エキスパートとして対テロ捜査官となったクレア。
歌声をコマンドとして電脳空間を舞う姿は、インド神話の迦陵頻伽と噂される。
昼行灯みたいなおっさんダニエルを相棒として、テロとの戦いに身を投じるが。
過去、事件に巻き込まれて生身の躰を失ったクレアは、全身サイボーグ。
しかしそれでも、脳の機能の欠損は補えず、四肢の自由は戻らない。
女性型介護アンドロイドのシュリが常に付き添い、彼女の世話をする。
全く人の名前を覚えず、突然『孫子』とか呟くダニエルがいい(笑)。
意見が一致してしまったときの、クレアの「遺憾ながら」が最高なわけですよ。
ダニエル、やるときゃやるんですが、次の言動でまた評価が下がるという。
事件の捜査を重ねるごとに。
次第に明かされていく、クレアの過去。
インド神話の名を持つ、謎の敵たち。
電脳空間内の戦いの描写が強烈に美しく、想像し易くて印象に残りますが。
ラストで示されたこれからの未来の姿に、何よりも「SF」を感じました。
クレアの満ち足りた少女時代は突如として終わりを告げた。
連邦捜査局に勤める勇敢な父、脳科学の研究に従事する母、
クレアが気に掛けてやまない義理の妹、そしてクレア自身。
新興宗教が引き起こした自爆テロがすべてを奪っていった。
物語は、機械化躯体を得て生き延びたクレアが捜査官となり、
配属先でバディのダニエルと出会うところからスタートする。
ニューヨーク市マンハッタン区、ミッドタウンの中心にある
連邦捜査局国家公安部のテロリズム対策課がクレアの配属先だ。
車椅子と介護ガイノイドの介助によって生活を送るクレアは、
電脳空間における指示や操作の全てを「歌声」でおこなう。
その独特で美しい仮想現実での立ち居振る舞いゆえ、彼女は
古代インドの伝説上の天鳥「カラヴィンカ」と渾名されている。
カラヴィンカの名にも表れる通り、古代インドの神話と伝説が
サイバーパンクである本作に奥行きと風合いを加えている。
多様な人種と文化と宗教が混一し切ることなく同時に存在する
ニューヨークシティならではの情景も、その背後にうかがえる。
繊細で正確な文章が描き出す絵の美しさに惹き付けられる。
現実と拡張現実、仮想現実が層を為すクレアの戦場は勿論、
歌姫を夢見ていた少女時代の残像を留める静かな日常風景や、
うざいおじさん然としたダニエルとのやり取りがまたいい。
ブルックリン橋で起こった大型トラックの事故を発端として、
違法アンドロイドの存在が発覚し、背後の闇が見え始める。
古代インドの悪鬼に名を借りた敵の正体、クレアとの因縁、
忌まわしい新興宗教が成した試み、助けたい命があること。
「デジタルデータは愛を表現するか」
表紙で投げ掛けられたその問いに、どんな答えが用意され、
苛酷な運命を背負うクレアと義妹シュリがどう生きるのか。
悲しみの果てに優しい結末があることを祈らずにいられない。
祈りながらも、彼女たちの残酷なカルマに魅了されてしまう。
近未来SF×電脳空間×犯罪捜査という王道サイバーパンクの本作、これだけでも読み応え抜群ですが、とにかく『人の表現』がとても上手い!
本作に使用されている情景描写、心理描写、形容から動作などの表現は輝く宝石の如く美しく鮮やかで、それらの巧みさに魅了されました。
また、それを可能にしているのは筆者の豊富な知識であるという事も、織り込まれた表現から読み取ることが出来ます。
登場人物、特に天才新人のヒロイン×ベテランのおっさん捜査官のバディは相性抜群。ちぐはぐな二人の掛け合いはやみつきになります。
他にも臨場感溢れるアクション、重厚的でシリアスな物語の中に垣間見るユーモラスなど、ハマる要素が盛りだくさん!
きっと、あなたもこの世界に引き込まれる。