ぞくりとして けれど 物悲しい

昔は黄昏時のことを誰そ彼時といったそうでございます。
顔に影が差して、道ですれ違う相手の素性すら分からなくなる。なにか異なるものが紛れていても、分からない。だから声をかけて、相手を確かめなければいけない。そんなふうに現と幽の境界が曖昧になる時間帯の、橋を舞台にした小説です。

橋に現れる異形の亡霊は姿かたちこそ恐ろしいですが、決して怖いだけではなく、胸が締めつけられるほどに物悲しい。
たんたんと語られる橋の真実。歴史。少女の家庭事情が絡みあって、ぐっと惹きこまれます。

こちらの小説を読んでいると、ふと窓から吹きこんでくる風のにおいが変わるような、不思議な感覚があります。異界をのぞいているような。片脚を浸しているような。それは、この著者様の類稀なる筆力がなせる技なのでしょう。文字を追うごとに情景が浮かんで、その場のにおいや空気の流れまで伝わって参ります。ほんとうに凄いです。
短編ですが、物凄く濃い小説だと思います。

願わくばあの亡霊たちが、やすらかに眠れるときが来ますように。