もし君を買えたら
セックスの後はいつも、もうこんなしんどい恋愛は止めてしまおうと思う。智は避妊具越しに射精し、それが漏れ出さないようすぐに抜いてしまう。喪失感と共に虚しさが身体にまとわりつく。
今日は良くない飲み方をした。1軒目で日本酒を飲み、2軒目でシャンパンをボトルで頼んだ。3軒目はオーセンティックバーで、度数が高めだが飲みやすいカクテルを選んでしまった。おかげで、セックスが終わったいまも涙が止まらなかった。
「なんで泣いてるの」
間接照明を付け、箱ティッシュを持って振り向いた智は、ギョッとしたようにこちらを見た。
「私、泣いてる?やだ、メンヘラみたい」
セックスのとき密かに泣く癖はバレなかったのに、さすがにこの明るさだと気づかれてしまう。誤魔化す方法がうまく思いつかなかった。
「なんかあった?」
「ううん、なんでかな。ごめん、大丈夫」
無理やり笑う。泣きながら笑う女なんて怖いだろう。
「顔洗ってくるね」
近くにあったショーツだけ素早く身につけ、ベッドを離れた。
割と短期的に彼女が変わってしまう智が、女性と別れる理由はセックスレスかメンヘラ化らしい。波留は自分が精神的には安定している方だと思っていたが、最近おかしい。このままでは捨てられる。鏡を見て、笑顔を作る。
借りたTシャツを着てベッドに戻る。
「落ち着いた?」
ミネラルウォーターのキャップをひねって手渡される。
「うん、ありがとう。最近仕事トラブってたから、情緒不安定なのかも。いきなり泣き出す女ってヤバイね。ごめんね」
「確かに、波留が泣いたところって見たことないから驚いた」
冷たい水が喉を通過する。頭と身体がゆっくりと整っていくのを感じた。波瑠はいつも智の隣で泣いているが、電気が消された後だからもちろん彼は気づいていない。
「次に私が泣いたら」
笑顔の準備をして、隣に腰掛ける智の方を向く。
「頭を撫でて、大丈夫って言って。それだけで多分泣き止むよ」
「そんなんでいいの?」
「うん、女の子なんてそんなもんだよ」
唐突に、電車の中吊り広告で見た週刊誌の見出しを思い出す。出張ホストが流行っているという内容だった。性的サービスまで含めた、デートを提供してくれるそうだ。
(もしも君の時間をお金で買えるなら)
急にそんなことを考えたのは、名前のない関係と複雑な感情に疲れているからかもしれない。
(たくさんわがままを言える)
お金が介在する関係を誰かと持ったことがないからわからないが、ある意味それはわかりやすくて安心するのかもしれない。
ラブホテルに智を呼び出す自分を想像する。
波留は傍若無人に振る舞う。泡風呂に一緒に入って身体を洗ってもらって、お姫様抱っこでベッドまで運ばれる。映画のラブシーンのように、愛おしい相手を見る眼差しで、にっこり笑ってもらうのだ。そして、思い切りハグをされたい。
お願い。たくさんキスして、触れて、頭を撫でて。
愛してると言って。嘘でいいから。ううん、嘘だとわかっているけど、それでもいいから。
(なんでたかだか恋愛に、こんなしんどい思いをしなくてはいけないのだろう)
恋愛は無くても生活に差し障りはない。楽しいところだけつまみ食いしていればいい。好きという気持ちを少しずつ他に費やして、減らしていければきっとバランスが取れる。
そう思っているのに、数ヶ月前に再ダウンロードしたマッチングアプリはプロフィールを書きかけたところで終わっている。
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