釣り合う女

「お待たせ」

待ち合わせの喫茶店で読書していると、チリンとドアの開く音がして、智が目の前に座った。

栞を挟んで顔を上げる。


一緒にいる時間が長くなっても、会うたびに見とれてしまう。惚れた欲目を除いても”整った顔”と評価される男が、自分と一緒にいるのが未だに慣れない。


今日は、雑誌で紹介されていたバーに訪れる予定だった。軽く食事を済ませ、混む前に向かう。


「よく飲みに行かれるんですか」

「はい。バーが好きで。新木町ならここがいいよって、Bar danteの舘村さんに教えてもらったんです」

「ああ、新宿の。彼とは以前、銀座で同僚だったんですよ」


智は、きれいな飲み方をする。

それはお会計で揉めないとか、酔いすぎないというだけではない。

場末のスナックやマナーに煩い寿司屋でも、その場のルールやベストな立ち振る舞いを正確に汲み取り、すぐに打ち解けることができた。

波留がたまに行くレストランの常連客たちも、今はどちらかというと智の顔をよく覚えている。

初対面の人間との関係構築が得意なのだ。


例えば初めて行く店で、バーテンダーの仕事の妨げにならない程度に話しかけ、知識をひけらかすでもないが会話を盛り上げ、お酒に詳しいことを相手が悟って、ならばこれをと常連にしか提供しないであろう年代物のウイスキーをサービスされる。


そういうところが魅力的だと思う。

過去の男はほとんど、店員に馴れ馴れしすぎたりタイミング悪く注文したり、その度に周囲の視線を過剰に気にしてしまう性分の波留は、少し胃が痛くなった。

だから智が、程よい距離感で他人と話すところを見るととても落ち着くし楽しい。同時に、この人はどこでも”人気者”だったんだろうなと思う。


もちろん彼の能力は、合コンでもナンパでも発揮されてきた。その証拠に、智はワンナイトのエピソードには事欠かない。波留も所詮そのうちの一人だ。運よくワンナイトにならなかっただけで。

初対面の男の家には行かないというのが波留が火遊びをする上で自分に課したルールだったが、智には誘われるままに付いて行ってしまった。


高校でも大学でも彼は、言うなればスクールカーストの上位の人間として、波留とは縁遠い青春を送ってきたのだろう。波瑠は社会人デビューだから、学生時代に出会わなくて良かった。


「何か、飲まれますか」

空いたグラスに気づき、バーテンダーが声をかける。

「マンハッタンをください」

「じゃあ私はジントニックで」


今の波留は、智の隣にいても違和感がないギリギリのラインには立てているだろうか。

シェイカーを振るバーテンダーの先の、智の横顔を盗み見る。

鼻筋の通った端整な顔立ちは、薄暗い照明に照らされて作り物のように美しかった。


たまに我に返る。引く手数多の智が波留と一緒にいるのは、たまたま。

単に付き合いたい女性がいないタイミングで出会い、それなりに相性がいいから。


釣り合う女になりたい。

もっと綺麗になって、痩せて、稼いで、知識を得て、飽きられないようにしなければいけない。

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