愛情表現
女は、男の行動に勝手に意味を感じ取り、一人で思い悩む。
男は何も考えてはいないのに。
ラブホテルの天井が鏡張りになっており、そこに映し出されるのは、今しがた終えたセックスの余韻を残す二人の姿だ。
仰向けで天井を見つめる智の体に、手足を絡める。しっとりと汗ばんだ肌同士がぴったりと密着する。
「ねえ」
「…ん?」
胸板に頬を寄せる。心臓の音はよく聞こえないが、温かい。
「智くんはこうやってくっつかれるの、好きじゃない?」
「なんで?」
「…いつも、私からだから」
(セックスの時にしか触れてくれないのは、セフレだから?)
「今までの男は、スキンシップ多かったの?」
「うん」
(だって、彼らは私を好きだったから。愛しくてたまらないというように、いつも、壊れるくらい強く抱きしめてくれた)
「元カノたちにも、言われたことあったなあ。俺、愛情表現が不得意なのかも」
波留は、彼女じゃない。出会ってすぐに抱かれて、付き合うこともなく、今に至っている。だから、愛されている保証も自信もない。
(“愛情表現”というけど、そこに愛なんてあるの?)
「…そっか。じゃあ、私からするから、相手してね」
これ以上この話をしたら、波留は重くて面倒な女になってしまうから、打ち切らなくてはいけない。
だから、あっけらかんと笑ってみせる。
一度ぎゅっとその腕を抱きしめて、離す。汗はすっかり引いていて、冷えていた。
下着を身に着け、毛布に包まった。電気のスイッチを消した智がベッドに入ると、波留は体を起こして、智に軽いキスする。これは、夏が終わったころからの儀式だ。
好きと言えない代わりに、唇を重ねる。
「おやすみなさい」
ねえ、愛してって言わないから、愛してるふりくらいしてよ。頭を撫でて、抱きしめて、キスして。半分本気で、半分嘘だ。
「ん、おやすみ」
真っ暗な鏡の世界。静寂。智はあっという間に眠りにつくだろう。
波留の目から、音もなく涙が溢れる。
抱かれた後に、一人で忍び泣く癖が付いた。
好かれたい、愛されたい、求められたい。
こんなに側にいるのに、好きと言えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます