手作りのパウンドケーキ

バレンタインが近いから、パウンドケーキを焼いた。


料理もお菓子作りは昔から好きだ。

会社へは毎日お弁当を持参しているし、友達との宅飲みにはクッキーを焼く。

女子力を過度にアピールする訳ではないが、褒めてくれる男性は多い。


「ね、お菓子焼いてきたの。バレンタインだから」

智の家で映画を見ることになっていた土曜の昼下がり、チョコレート生地のパウンドケーキを持って訪ねた。

「これ作ったの?」

「うん」

ラッピングを解いて、机の上に並べた。

「すごいね、売り物みたい」


だが結局、翌朝波留が帰る時間になっても彼はケーキに手をつけなかった。

バーでウィスキーを飲んだとき、ガトーショコラを摘んでいるのを見たから、甘いものが嫌いではないことは確かだ。


「これ、日持ちするけど」

広げてあったパウンドケーキをギフトボックスに戻して顔を上げると、智は少し困ったような顔をした。

「…あ、私、これ持って帰るね。今週友達が遊びに来るから、そのとき食べようかな」

「宅飲みするんだ、楽しみだね」

「…うん」


甘いものを食べる気分ではなかったのか、誰かの手作りを好まないのか。

本当は可愛らしく、「なんで食べてくれないの?」と上目遣いに聞けばいいのかもしれない。多分、出会った頃ならできた。智を正しく“セフレ”と認識していたわずかな期間。でも今は、”重いから”という回答を聞きたくないから、曖昧に笑って無かったことにする。


自宅に着き、鞄を開ける。

チョコレートの甘い香りが薄く漂う。


一口も手を付けてもらえなかったパウンドケーキ。

きっと波留はこれをまた綺麗にラッピングしなおして、違う人に渡すだろう。

素知らぬ顔して、自分に好意を持つ男性や会社の同僚に、日頃の感謝を込めてと笑顔を振りまいて。


気づけば、自分たちの関係は過去に付き合った男たちよりも長くなっていた。

「片思いって実らないよ。俺にしときなよ」

何人の男に言われただろう。その度、何も知らないくせにと思う。


智は波留のことを、”それなり”には好きなのだ。

週に1回の逢瀬のペースは変わらないし、休みが合えば旅行もする。

客観的には恋人のようなものだ。


だけど。

「でも付き合ってないんでしょ」という言葉には反論できない。


本当はわかっている。

もし彼が、波留のことを好きで好きで堪らなかったら、きっと自分だけのものにしようと思う。

付き合おうと言って2人の関係を確固たるものにするだろうし、フラフラと他の男と飲みに行く波留に、嫌な顔をするだろう。

街で偶然彼の友人に出くわしたとき、「彼女?」と問われて「どうだろうね」と飄々と答えはしない。


でも細かいことを気にしなければ、この関係を維持できる。

だから「私たち、どういう関係なの」なんて聞いてはいけない。

そんな質問をして付き合おうという返答が来る関係性なら、とっくに付き合っている。少なくても数名の女が曖昧な関係に耐えられずに、彼にこの質問をして自滅したことを波瑠は認識していた。


バレンタインなんて、頑張るんじゃ無かった。

つい、いつもの優しさを間に受けて勘違いをしてしまう。

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