価値観の、その先に……

貰って嬉しくない物……誰にでもあるはずだ。私は外ヅラが凄まじく良いので、そういうときでも「いやーありがとうございますハッハッハ」と、いつも以上の笑顔で受け取ることができるのだが、内心では扱いに困るものだ。特に食い物関係はたくさん貰うとなかなか減らない。大食いの私は、そんなに好き嫌いが多いほうではないのだが、やはり消化は面倒だ。親戚から貰った大量のレトルト食品、いまだ残ってます(苦笑)



“自分にとって価値のある物を渡せば相手も喜ぶに違いない!”

これは本作、冒頭にある一文。主人公、櫻井義経は小学生のとき、好きな女の子に“ジャッキーの笑顔”がプリントされているコンパクトをプレゼントした。そんなものがあンのかよ、と笑ってしまうが、そこからパワーを得られるのではないか、と考えたらしい。当然、喜ばれることはなかったわけで。しかも義経自身、すぐに自分と他者の間にある価値観の相違に気づくので重症ではなかったようだ。まァ、せっかく稼いだ金で“等身大ジャッキーフィギュア”を買うあたり、完治もしなかったようだが(笑)

本作の第一章は、とにかく“価値”という言葉が頻出する。義経の目から見た金銭、物品、人々、そして女性は、価値観を基準に存在意義が算定されるが、無理にそういったものと結びつけようとしているフシも見られる。小学生時代の苦い経験が彼の人間性を作り上げたということか? 謎の美人ヒロイン菊川真真子(“マシン子”と読む!)の名前を知り、それに唯一無二の価値観を見いだすあたりに義経の現実思考が垣間見える。

“佐月哲学”

のようなものが、そこには確実にある。主人公の独白にそれが見え隠れするのだが作者、佐月詩氏の代表作『フェアリーウェイト』を想起させる。確かあちらも、そんな感じだったように記憶している。語り手、視点となる人物の趣味嗜好、対人観はある意味リアルだが、極端でもある。それが読者の関心をひくようだ。本作ではドリンクバーの配合率についてまで語っている。私はストレートで飲むのが一番美味いと思うのだが、人の好みはわからん(笑)

ただし、この佐月哲学、御本人の感性を基底として書かれているわけではないだろう。あくまで創作虚構の範囲内での心理描写だと思う。すこし(かなり?)大げさに見せることが重要だったようで、これは後の展開への布石なのではないか? 最終的には過去のトラウマを乗りこえ、そういった感性から卒業していくと思うのだが、どうだろう?

佐月氏という人は、作中にわりと濃いメッセージを残すが、それでいて読者に対する押し付けがましさはあまり感じさせない。これは氏の芸風なのだと思うが、主義主張に至る前に寸止めしている。“こう考える人もいるけれど、皆さんはどうでしょう?”的な、やや突き放した調子だ。いや……むしろ“こういう考え方もありますよね? 私は違いますけど”だろうか? 深読みしたうえでの感想だが、人によって理解が異なるよう書いているのかもしれない。

本作は異世界に行くまでのくだり(一章部分)が長めにとられている。忙しい読者が多いネット小説とは第一話でトラックか何かに轢かれ、目を覚ましたら“あら、ここは別世界?”的な構成のものが多いと思うが、佐月氏は、そのようにはしなかった。本作のジャンルは現代ファンタジーとされているが、それは純粋な異世界モノとは異なるものだという“メッセージ”だろうか? もっとも、“分量的な意味”でも押し付けがましくはないようで一話一話は短い。読者に優しい小説となっている。

導入部を長くしても我々に読ませる自信があったのではないか、とも思える。読者を飽きさせぬよう、いたるところに笑いのエッセンス(少々、辛口なところもある)が仕込まれている。我々にとって身近な問題である価値観を前面に据えつつ、気の利いたギャグでわかりやすく読解を促すスタイルは“佐月マジック”とでも呼ぶべきか? 氏にとっては久々の連載で投稿ボタンを押す手が震えたそうだが、ブランクは感じなかった。良い充電期間だったみたいですね、佐月さん。

怒涛の二章を経て現在、三章が連載中である。ヒロイン真真子の謎が明かされてゆく中で、義経はどのような行動をとるのか? 彼が優先してきた価値観とは合理主義にも通ずるものであるが、それを超越したところに“男の生き様”を求めていくのかもしれない。さきにも言ったが、一章でなぜあれほど価値の二文字を頻発させ、大げさな布石をしいたのか? 私は今後の義経が価値観至上主義から脱皮し、対極にある“愛”のために戦うのだと予想する。

女性読者の方も多数いらっしゃるようだが、男とは時に価値や合理を投げ捨てる、どうしようもなく馬鹿な生き物であると理解していただきたい。タイトルの“レンジャー”とは様々な意味を持つが、広義には戦士や救助人のこともさす。走れ義経! 戦え義経! マシン子のために!

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