3 track:ファースト・ステージ!

『魔眼蟲が飛んでいき、聞蚊を設置して準備完了です。私、実況担当のジョンと申します。皆様どうか宜しくお願いします』


 魔眼蟲マガンチュウ。その名の通り頭に一つ眼があり、その眼から覗き込んだ視界を共有出来るという特性を持つ。応援席に設置された巨大な映写幕にて映し出される様になっている。


 聞蚊ブンブン。蚊の一種で、一匹が周囲の音を拾うとつがいの片割れがそれを発声するという何とも奇妙な物。瓶詰にした聞蚊を実況席と応援席に置いている。


『さぁ、100年に一度開催されるシルフィールドのレースがスタートしました。皆横並びに走っています。体力温存と言った所でしょうか? 解説のドゥさん』

『そうですね。1stステージ、エルルの森はおよそ30,000mの短距離コースとは言え、最初から全力疾走で行けば確実にバテて置いてかれます。我慢の時でしょうね』

『成程。さてこのレース、参加者総数2456名ですが、優勝候補者としては誰が考えられますか?』

『優勝候補者ですか。僕的にはエルルの若き次期族長"ドリアン・ドーリアン"、ジャンの暴れ牛使い"サラドラ・マンドラゴ"、馬のエキスパート"ミドガルム・モルガン"でしょうか』

『確かにその三人は人気高いですよねぇ。投票数もダントツ多いですし』

『何か面白味無い事しか言えなくてすみません』


『いえいえお気にせずに。……さぁ大きい動きが無い様なので、此処で改めてレースのルール説明を致しましょう。このレースは東西南北中に用意されるコースをそれぞれ走っていく、というものです。コースごとに順位によってポイントが与えられ、そのスコアを合計して1位と2位が5thステージの城下町で最終決戦を行います』


『種族、年齢、性別、プロ・アマは問いません。とにかく速さに自信のある者が集まったレースです』


『審判員によって走行不能と見なされた場合は失格となります。落馬したとしてもゴールまで走る事が出来るのならば例え徒歩でも問題ありません』


『このレースは魔法の使用が許可されています。ただし、直接的な攻撃は反則です。飽く迄、魔物や罠から守る為の自衛手段として魔法が使えるのです。尚、体当たりによる妨害は反則になりません』


『コースごとに設けられたチェックポイントを通過するなら、どう走っても問題ありません』


『一コースごとに一ヶ月空けて行います』


『……こんな所ですかね?』

『そうですね。大体こんな感じですね。それでは応援席の皆さん、風になる者達の勇姿をどうか最後まで見届けてやって下さい。……おっと? 早速横並び状態から一人飛び出した選手が居ます。魔眼蟲でズームインしましょう』



 一先ずは様子見とばかりに隣の選手達と速度を合わせて走っていた駿の目の前を全力疾走する者が居た。馬の強靭な四本脚と屈強な人間の上半身を兼ね備えた、まるでケンタウロスの様な男が蹄を鳴らしながら先陣を切っている。


「よぉ! 先に行くぜ!」


 随分と余裕そうに飛ばしている。それに釣られて興奮した馬達が追い掛けようと速度を増している。だがこれこそヤツの思う壺なのだろう。制御不能になった馬が駿のバイクにぶちかまそうとしているが、アクセルを全開にして難なく回避。馬と馬とがぶつかり合い、落馬していく選手達が続出していく。


『おおーっと!!? トップのゼッケン番号、0356のチャリオン族のサジータ選手!! なんと、左折して雑木林に突っ込んでいきましたー!!!』



(アイツ、通常の迂回するルートを無視してそのまま直進して雑木林の所を通ってショートカットしようって魂胆だな。木が密集しているのはじゃない。問題なのは……)


 駿も先頭の男を追い掛け、雑木林を抜けるルートを選択。だが此処は木が多過ぎて僅かな隙間を縫う様に進まなくてはならない。普通ならぶつかるリスクを回避するべく当然減速するしかないのだが、前方の男はむしろ更に加速しているのだ。


『続いてゼッケン番号2247のヒューマン族、シュン選手も負けじと追いかけていくーー!! 危険なリスクを伴うが成功すれば勝利は確実!! さぁ、後続はどうする!? 行くのか!? 行かないのかー!!?』


「奇妙な馬を使う様だが……所詮は乗り物! 俺のスピードにはついてこられまい!」


 乗り物は飽く迄自分で操って制御しなければならない。しかし、あの男は自分の感覚で走っているので動きにブレが生じないのだろう。しかし、此処はただの雑木林なんかではない。それを今知るだろう。


「うおおおお!? な、何だこりゃあ!?」


 エルルの森の木々が密集している箇所には気をつけろ。イグニスに念入りに注意されていた事だ。木と木の間に張り巡らされた蔦に引っ掛かると忽ち吊り上げられリタイアとなってしまう。あの男の様に。


「た、助けてえええええ!!!」

『おっとサジータ選手、何かに捕まった様ですがアレは何でしょう?』

『はい、あれはエルル族が大切に育てているマンイーターの様ですね。あらゆる所に蔦を張り巡らせて、それを踏みつけた動物を瞬時に捕まえて食べようとするという恐ろしい植物です』


 駿は敢えて一位を譲って後ろに張り付く事だけを考えていた。誰かが罠に引っ掛かるのを待っていた。そして夢中になっている隙に難なく突破するという魂胆だ。後は蔦に当たらない様に注意しながら進むだけ。作戦は見事に的中し、そのまま素通りして先頭に躍り出た。


(後ろに3人……。俺のハラを読んだのか)


 サイドミラーにはレース開始前に駿を挑発した大男、エルル族の男、ジャン族の男が見えた。馬にしては結構なスピードで出し、無駄な動きを排除して距離を詰めようとしている。だが焦りは禁物だ。罠を避けても此処を切り抜けなければ意味が無い。


「ふん、そのチンケな馬にしてはよくやる。だが、それも此処までだ」

「いつまでもその妙なケツを見るのは飽き飽きしていた所だぜ!」

「中々やる様ですが最後に勝つのはこの僕です!」


 雑木林を抜けショートカットに成功。正規のルートを走ってきた集団と大きく差をつける事が出来た。だが駿の同じルートを通り抜けてきた選手達に囲まれている。


『おお~~~っと!!! 雑木林から1頭抜け出した~~~!!! シュン!! シュン選手です!!! ショートカット成功!! 成功です!!』

『さぁ、このままシュン選手の一位獲得なるか!? ……おお!!? シュン選手に続いて雑木林から抜けてきたのが1、2、3……3頭です!!! 3頭懸命に追いかけています!!! ミドガルズ選手、ドリアン選手、サラドラ選手です!!!』


 残り10kmを示す看板が見えてきた。ここから先は直進が続くが下り坂になっている。急な勾配で、スピードを出し過ぎると平地に戻った途端に、馬なら脚が潰れてしまう。


「くっ、堪えろ」


 だがそれは馬だけだ。バイクならノープロブレムで進める。駿は此処で今まで溜め込んできた全てを一気に吐き出す。フルスロットル全開で、鉄の馬は猛スピードで坂道を下り始めた。


「何!? 更にスピードを上げただと!?」

「馬鹿な!? この坂道を!?」

「正気かよ!? 確実に落馬するぜ!!」


『シュン選手!!? この下り坂を飛び出したーー!! これは愚か!! 哀れ!! これはなんかではなく、だーー!!!』

『此処でリタイアは折角の苦労が水の泡! ミドガルム選手、ドリアン選手、サラドラ選手はスピードを抑えている!! 堪えている!! それによってどんどんとシュン選手の差が広がっていくーーー!!!』


(そりゃあそんな不安定な四本足じゃあ無理だろうな。だからバイクが勝つんだぜ!)


『おおっと!!? シュン選手! まるで吸着している様な走りを見せている!!! とても安定しています!!! 落馬しそうな感じも一切ありません!!! 一体なんだあの馬は!!? どうやったらあんな走りが出来るんだ~~~!!?』


「さぁ、ちゃっちゃと終わらせるとするか」


 駿のバイクは絶好調。何の支障も無く、直進コースへ突入。下り坂を越えた三人が懸命に追いつこうとするも、圧倒的な差を広げたまま駿は風を切っていく。そして……。


『ゴォォォォォル!!!! 1着はシュン選手~~~ッ!!! 速い!! 速過ぎるぞぉ~~~ッ!!! 2着のミドガルム選手とかなりの差をつけてのゴールですッ!!! 走行タイムは何と12分31秒~~~ッ!!!! 今までの記録をかなり更新している~~~ッ!!!!』


 見事一着でゴールした駿は、歓声を上げている応援席に目掛けて高らかに拳を挙げたのだった。

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アイアン・ギャロップ!-異世界無差別最速王決定戦- 舞為衣音 @katoru_kasai

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