2 track:レース・スタート!

 科学が未発達である代わりに魔法が使えるらしい世界、シルフィールド。そんな世界が存在しうるものなのか半信半疑ではあった。そんな駿を見兼ねてか、イグニスがこの世界を知って貰おうと外に出歩いて色々と教えると打って出たのだった。


「俺が住んでる此処は城下町だな。アレが城」

「城って事は王様が居たりとか?」

「まぁ一応はな」

「一応?」

「特に大した事やってるワケでもねぇんだよ。この世界の伝統みてぇなモンかな。基本的に悪いコトやらなきゃそれぞれ自分達が好きな様に生きるってのがルールみてぇなモンだし」


 そんなんでいいのか王族。それと、そんな雑な統治でこの世界の秩序とかは大丈夫なのか。駿はそんな疑問を抱きながらも大股で歩くイグニスの後を追いかけていく。

 それにしても色々な人間の様な何かが普通に道を練り歩いたり、露店で商売していたり、世間話をしたりしていてかなり違和感があった。無論、角があるイグニスに対してもだ。


「……イグニス、あそこに居る何か耳が生えてるのは?」

「あれはエルル族だ。魔法が得意で主に林業や農業で飯食ってる」


 一見、人間に近い見た目をしているが、獣の様な大きい耳が頭の上に生えていて、本来あるべき筈の耳が無い。やはり不思議だ。


「じゃああのイグニスみたいな角が生えてるのは……」

「俺と同じジャン族だ。俺らは自慢じゃないが手先が器用でね。鍛冶や石工が得意なんだぜ?」


 あんな無骨そうな見た目の割には随分と意外だ。あんな太くて大きい指でそんな神経を使う様な仕事が出来るのだろうか。


 イグニスと街を歩き回っていると、突然爆発音が駿の耳をつんざく。そして間髪入れずに怒声が轟いた。


「バッキャロー!!失敗しやがってぇヘッポコがぁ!!」

「も、申し訳ありやせん親方!!」


「……あれ、何やってんの?」

「大会に使う花火の練習だな」


 花火ならあの轟音も納得がいく。しかし、打ち上げる大砲も尺玉も見当たらない。


「もう一度やってみろぃ!」

「へ、へい!」


 若弟子であろうエルル族の男が掌に多色に染めた火球を作り出している。それを勢いよく垂直に投擲。あの花火による笛の音と共に上へ上へと翔んでいき、黄昏の空に見事な華を咲かせたのだった。


「本番は一切ミスは許されねぇ。100発打って100発失敗しなかったとしても気を緩めちゃならねぇ、分かったか!」

「へい!」


 常識の様に無から有を作り出す現象を目の当たりにして、駿は観念した。魔法というものが存在しているのだと。

 魔法ならば、本当に聖杯は何でも叶えてくれるのかもしれない。僅かに希望が芽生えた気がした。


「そういや何処に行くんだ?」

「高台だ」


 何の為に高台へ行くのかは不明瞭であったが、行く宛もない駿はただひたすらに石の螺旋階段を登っていき、この城下町で一番高いとされている展望台へと赴いた。


 ……長い。長すぎる。もうかれこれ一時間位はずっとグルグルと廻っている気がする。もう足が棒になりそうだ。疲労困憊な駿と反して、イグニスは平気な顔をして延々と前を進んでいる。

 ようやく辿り着いた時にはもう身体は限界を迎えていて、駿はそのまま大の字になって倒れた。


「おい大丈夫かよ?」

「エレベーターが、こんなにも、恋しいとは、思いも、しなかった――」


 長いとは言え階段を登っただけでバテている自分自身の身体の衰えを痛感し、暫く煙草は控えようと密かに心の中で誓ったのだった。


「レースは五回戦に分けて行われる。一回戦がエルルの森」


 イグニスが最初に指したのは延々と続く森林。多分、駿がシルフィールドに迷い込んだ、あの森だろう。彼から受け取った望遠鏡でその全貌を覗き込んだ。


「二回戦はアクネリアビーチ」


 次に指したのは何処までも青い海。そう言えば此処からでも分かる位に綺麗に透き通った海は見た事がない。


「三回戦はヨウガ砂漠」


 今度は砂地が広がる砂漠。そんな所生まれて一度も行った事がないから分からないが、バイクで走れるのだろうか?それが不安だ。


「四回戦はジャン火山」


 こっからでも目立つ位に積雲が立ち込めている火山。あそこはイグニスの故郷らしく、上質な鉱石が取れるのだとか。


「最後は……此処らしいな」


 指したのは下。つまり今居るこの場所らしい。四連続で壮大なコースが続いたのに最終決戦がこの狭い城下町とは何とも締まらない様な気がする。


「……で、どうなんだ?やるのか?やらないのか?」


 此方の答えは解りきっている筈なのに敢えて問うイグニス。

 確かにまだ馬鹿馬鹿しいとは思っている所はある。だが、今ある唯一の希望がこれしかない。駿は不敵な笑みを浮かべてはっきりと言った。


「……絶対優勝してやる」

「そうこなくちゃな。……よし、取り敢えずいいメシ食わせてやる」


 色々と奇妙な事が立て続けに現れたが、ようやく決心がついた。自分の目的を達成する為なのは勿論だが、彼には何より誰にも妨げられる事無くこの世界を思うが儘にかっ飛ばせる。そう考えると、もう身体が疼いてしょうがない。


 そうと決まったら、まずは腹ごしらえだ。駿はイグニスの後を追ったのだった。そして軽く悲鳴を上げながら、またしても地獄の様な階段を降りていった。


 ※


 あれから三回程太陽が昇り、レース大会当日となった。開催地には多くの参加者が集い、凄まじい熱気に包まれていた。殆どが馬や牛に似たような生き物を連れている。思った通り、自動車や自動二輪は一台も見当たらない。

 勝ったな、と高を括りながら駿はバイクを押しながらイグニスと共に受付へと向かった。


「参加希望の方ですか?この規約とルールをよく読んでからサインを書いて下さい」


 何処に行っても何をしようとしても規約だとか同意書だとかは切っても切り離せない関係にあるらしい。

 文字は読めないが、こんなのは大体似たような事がダラダラと書いてあるだけだろう。駿は二つ返事イグニスにサインを書かせて送りつけた。受付から戻ると、男は少し不安そうな表情を見せていた。


「……おい、シュン」

「何だよ、今更棄権しろ何て言うんじゃないよな?」

「……いや、そうじゃねぇ。お前、気を付けた方がいいぜ、この大会」

「何だそりゃ。取り敢えず一位狙えばいいんだろ? 楽勝だって」

「そうだけどよ……」


 その言葉が理解出来ないまま駿は控えでレースが開催するまで暇を潰していた。ただ、スマホが使えないので本当に何をしていいのか分からない。バイクの座席の上でボーッとしていると、影が覆った。ふと見上げてみると、イグニスよりも更に大きい男が巨大な馬に跨がりながら此方を見下ろしていた。


「それがお前の馬か?」

「え? あぁ、まぁ、はい」


 馬じゃないんだけどな、と心の中で付け加えた。どうやらバイクという存在に気付いていない。暫く此方を見ていると、憫笑したのだ。


「……てっきり驢馬ロバかと思ったぞ。せいぜい踏み潰されないように気を付ける事だ」


 嫌味を言うだけ言って、ゆっくりと踵を返して離れていってしまった。敵に対しての挑発だろう。駿は気にしていない。所詮たかが馬なんかにバイクが負ける筈無いだろうと寧ろ此方が下に見ていたからだ。


 会場内に低く唸る笛が鳴り響いた。いよいよレースが始まるらしい。選手が一列になってコースへと入場していく様だ。係員からゼッケンを貰い、それを付ける。不思議と緊張感は無い。ただひたすら勝つ事だけに専念すればいい。その為に事前にこのコースのルートを慣らしてきたのだ。


「参加者諸君。此度はシルフィールド100年の伝統を守る為の大会に参加してくれた事を感謝する。きっと守護龍様もさぞ大喜びに在らせられているだろう」


 あの立派な髭を蓄えた偉そうな男がイグニスの言っていたシルフィールドの国王当主らしい。ベラベラと長ったらしい開会の挨拶をしていて非常に退屈だった。内心、早く終われと毒づいていた。

 そう言えば彼が前に雑談として言っていたのを思い出した。シルフィールドには風を司り世界の平和を守る龍に感謝する為の祭りが変化していって今日こんにちの形になったんだとか。


「最初のコースは"エルルの森"! 無数に広がる木々をすり抜けながらチェックポイントを通過し、最後のゲートを潜ったら終わりである! ……諸君! 最後に言っておく。存分に風になってゆけ!!」


 軽く二千人は超えている選手が、広々とした草原にずらりと横一列に作られたスターディング・グリッド内にそれぞれ待機。各々が今か今かとスタートの合図を待ち構えている。ゆっくりと鍵を捻り、エンジンを吹かした。


「ぷはっ、オイオイ見ろよあの馬! 情けねぇ唸り声上げて興奮しているぞ! ビビってんのか?」

「ヘイヘイヘイ! 気楽に行こうぜベイビー? それともオレ達が馬の乗り方を教えてやろうか?」


 どいつもこいつもトロい癖に吠えるのだけは一人前だ。コイツのスピードを見せて一泡吹かせてやる。そしてチビらせてやる。

 駿はヘルメットのバイザーを降ろし、呼吸を整える。しっかりと、滑らない様にグリップを握り締めた。


 大丈夫。あれ程準備してきたんだ。理想の形で走れる。そして絶対勝てる。駿はそう言い聞かせて自分を鼓舞した。


 レース開始の合図である花火が弾けて散る。それと同時に選手達は一斉に駆け出し、土煙を舞い上がらせ、駿もアクセルを回して発進したのだった。

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