1 track:マジック・ワールド!

 都市伝説のトンネルを抜けた瞬は自分の住んでいた場所とは違う、何処か別の世界に飛ばされていたのかもしれない。行く宛ても無いが立ち止まってられず、バイクで草原を走り抜けていく。


 昔、祖父の住んでいた田舎の所へ行った事があるが、こんなに緑一色の景色なんて見た事はない。だが不思議と嫌な場所ではない。何となく心地良く感じるが、今は元の世界に戻る手立てを見つけるべきだ。エンジンを吹かし、一先ずは人の居そうな場所へと突き進むのみ。


「何だよこれ! 何処も彼処も草と木だらけじゃねぇかよ!」


 ガソリンスタンドも無い。コンビニも無い。家屋も無い。標識も信号も無ければ道路も無い。何も無さ過ぎて本当に自分以外の人間が居るのか怪しくなってくる。

 道なき道をヤケクソ混じりに進んでいくと、目の前に何やら煉瓦で出来た様な壁が聳え立っている。何の原理かは不明ではあるが、どうやら海外に飛ばされたのかと推測した。


「日本語通じるかな……。こんな事になるんだったら英会話でも習っとけばよかった……」


 日本のモノとは明らかに違う立派な構えの石の門を前にして、駿は少しばかり気後れした。苦手な英語さえ話せれば大体の他国とは意志疎通が出来てたのに、と後悔しながらもそのまま門を潜り抜けてアクセルを入れて石畳が続いている町へと入った瞬間――。


「ぎゃあっ!!」


 何やら衝撃と共に鈍い音と悲鳴がハーモニーを奏でた。一度も聞いた事が無い音だが、とてつもなく嫌な音だ。


 慌ててブレーキを踏んだが時既に遅し。横道から飛び出してきた人間を跳ね飛ばしてしまったのだ。

 俯せに倒れたまま動かなくなった死体を目の当たりにして駿は青褪める。あれほど気を付けていた筈なのに、交通事故を起こしてしまったのだ。


「や、ややや、やべぇ……! 人跳ねちまった……!!」


 体内のアルコールがまだ抜けきれてないので酒気帯び運転による危険運転致死傷罪に当たる。確実に免許取り消しになる重罪だ。警察に通報しようにも電話は繋がらない。かと言って警察署を探しに発進すれば危険防止措置義務違反、つまり轢き逃げになってしまう。

 どうしようかとまごついていると、何者かが直ぐにこの事故現場に現れて、死体と駿を交互に見ていると、呼び止められて被害者を指差した。


「……おい、コレ、アンタがやったのか?」

「は、はひ。そうです……」

「この……!!!」


 自分よりも倍くらい大きくガッチリした身体の大男の鋭い三白眼が此方に睨み付けている。もう震え上がってまともに声を出す事すら出来なくなった駿。


(嗚呼、俺の人生、終わった――)

「――こんの野郎!! よくやった!! 礼を言うぜ!!」


 何故か途端に満面の笑みを見せて気安そうに肩を叩いて大喜びしている。何が何だか分からずに呆然としていると、死体だった筈の人が呻きながらゆっくりと立ち上がり、覚束無い足取りでその場を後にしようとしていた。

 結構なスピードを出していた筈のバイクに衝突していたというのに何故か生きていたらしく、駿は安堵していたが、大男は逃がすまいと被害者の襟首を掴んで引き寄せた。


「テメェ!! 俺の大事な食糧盗みやがって!! ボッコボコにしてやる!!」

「ひぇぇぇ!! 許してつかぁさい!!」


 もう既に重傷を負っている人間にも関わらず男は容赦無くタコ殴りにする。もしかしたらあのまま死んでた方がマシだったんじゃないかと思う位に痛めつけてリンチする光景に身動き取れなくなっていた。


「あのーちょっとやり過ぎなんじゃ……」

「あ? がこんなんで死ぬワケねーだろ」 


 すぷりがん? 何を言っているんだろうか。自分の知らない民族か何かか?

 ふと大男の背中から覗き込んでみると、人間のものとは思えない肌の色と醜悪な面をした人間じゃない何かが、胸ぐらを捕まれてながら殴られ過ぎて意識を失っていたのだ。


「そういうのは警察に引き渡した方が――」

「ケーサツ? 何だそりゃあ?」

「何って、悪いヤツをしょっ引く組織みたいな――」

「このにそんな便利なモンがあるワケねぇだろ。……お前、だな?」


 しるふぃーるど。聞いた事も無い国だ。そういや動転していて気が付かなかったが、向こうも日本語を話していて通じている。実に不思議な世界だ。不思議といえば、この男、頭に牛の様な角が生えている様な――。


「……まぁ、取り敢えず立ち話もなんだし、俺の家に来いよ。丁度近くだしよ」


 角が生えている巨漢はノビている盗人を軽々と担ぎ上げながら、来いと指で指示する。ついていくかどうか迷っていると、ふと気が付いた。自分の周囲には人の様で人でない何かの群れが此方を物珍しそうにジロジロと見ているのだ。

 得も知れぬ恐怖と不安が募ってくる。駿は急いでバイクを押しながらこの場を後にしたのだった。



「……つまりアンタは、トンネルとかいう通路を通り抜けるとこの世界に迷い混んでしまった、と」


 この角の生えた男はイグニスと名乗っていた。どうやら鍛冶を営んでいるらしく、石造りの家の奥には火炉やら金床やらが散乱しているのが見えた。


「それで元の世界に戻ろうにも元の通路は消えてしまってどうしようもない、ねぇ?」

「こんな話、信じてもらえないと思うけど、本当なんだ」

「確かに荒唐無稽な話だ。……しかし、信じるに値するものがある」


 それだ、とイグニスが指したのは駿の後ろに停めていたバイクだった。


「俺は結構長いコト生きてたけどよ、そんな鉄の馬なんて見た事がねぇ。このシルフィールドには無い技術だ」


 よくよく考えてみれば、このシルフィールドと呼ばれている世界はの産物と言われる様な物が一切無い。窓からの景色を見れば自動車ではなく馬車が闊歩しており、イグニスの家には電気を使う機械もコンセントも一切見当たらない。まるで過去にタイムスリップした様な気分だ。こんなにも時代が遅れている文明がまだあるとは思わなかった。


「なぁ、それ、どんなのだ?」

「……気になるのか?」


 これは体感しなければはっきりと分からない代物だろう。兄が五年前に遺した、一昔と言えば否定出来ないが、最新鋭にも引けを取らない走りを魅せてくれるという事を身を以て教えてやろう。

 駿がバイクを外に出して跨がり、イグニスを後ろに乗せると、エンジンを掛けた。排気音と共に振動する機体に彼は大いに驚いている。


「な、何だこりゃあ!?」

「しっかり掴まってろよ!」


 スロットルを捻り、バイクはけたたましいエキゾーストノイズと共に動き出す。街道をうろついている通行人達は駿とイグニスが乗っているバイクに釘付けになっていた。


「すげぇ! ちっせぇのに何て馬力だ!」


 これ位で驚いて貰ったら困る。コイツはまだまだ本気じゃない。それを今から見せてやる。

 街中の道を一周ほど走って馴らした所でギアを上げ、更にスピードを上げたバイクはそのまま門を潜り抜けてさっきの草原の中へ。ギアを限界まで上げて猛スピードで緑の中を駆け抜け、森を掻き分け、二人は風と一体化しているのだ。


「かぁーっ! 最高だ! シュンの所はそんなモンあんのかよぉ!」

「気に入ってくれて何よりだ」


 バイクによる超スピード、お気に召した様だ。最近は思う存分に飛ばす機会なんて滅多に無かったからか、駿も何処か晴れた気分になっていて、帰りはゆったりとイグニスの家へと戻っていったのだった。


「この鉄の馬なら優勝出来んじゃねぇか!?」

「……優勝?」

「あぁ、そういやシュンは知らねぇのか。近い内に大会があるみてぇなんだよ」


 何かのチラシを渡されたが、どうも字は読めない。無駄だと分かっているが、目を凝らしても顔に近付けてみても遠ざけてみても、読めるようになったりはしなかった。


「……こうやって普通に話出来んのに文字は読めねぇって奇妙なモンだな?」

「……面目無い」

「ったくしょうがねぇな。えっと何々……”誰よりも風になれる奴、集まれ! 100年に1度開催される世界一周競争大会! 優勝者には豪華商品贈与! 参加条件は速ければ何でもアリ!” ……だとよ」


 成る程。確かに自動車の影も形も無い位に発展していないこの世界ならバイクで軽く走るだけで軽く有象無象を振り切って優勝出来るのだろう。だが、駿は乗り気にではない。そんなレースに参加するよりも元の世界に戻る事を考えなくてはならない、と考えているからだ。


「悪いが俺は参加しない」

「おいおい! そりゃあないんじゃねぇか!? シュンの鉄の馬なら優勝出来るってのに!」

「俺は一刻も早く元の世界に戻りたいんだよ」

「……優勝したら何でも願いが一つ叶う事が出来るとしてもか?」


 何気に放った言葉に駿は思わず耳を疑った。そしてイグニスをマジマジと見つめて問い質した。


「……何でもか?」

「な、何でもって書いてる」

「元の世界に帰せってのも出来るのか?」

「で、出来る筈だぜ……多分」

「……馬鹿らしい。何でそんな魔法みたいな事が出来るんだよ」

「魔法だからじゃねぇのか?」


 さも当たり前の様にとんでもない事を口走るので気の抜けた声を漏らす駿。向こうは向こうで怪訝そうな顔をしている。


「……マホー? 冗談はよしてくれよ、魔法が使えるなんて――」

「俺は使えるぜ、ほらよ」


 イグニスが何食わぬ顔で指を弾くと、なんと種も仕掛けも無い筈なのに彼の人差し指から小さな火が生じているのだ。


「嘘、だろ……?」

「こんなチンケな魔法くらいで何驚いてんだよ」


 どう見ても、何度見ても、イグニスの手の先から不自然に火が発生している様にしか見えない。


 フィクション内でしか存在しない筈の魔法。それが目の前にある。そしてそれが当たり前の概念であるこの世界、シルフィールド。


 どうやらとんでもない世界に来てしまった様だ。駿は暫くこの現実から目を反らしたくなってしまったのだった。

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