第9話 ロックロックロック

 私はパソコンを前に一人悩んでいる。

 眉をひそめ、左上上空を眺めながら必死に思い出す。アルファベットと数字を組み合わせた8字の文字列―――通称、パスワード。私は確かに自分で設定したその文字列を思い出せずにいた。


 私のパスワードは”davi0324”、これは長年使っているもので大体のロックはこれで解錠することができる。設定や条件によってアルファベットを大文字にしたり、文字数を増やしたりするのだが基本はこの8字になる。”davi”は姓の蛇尾(dabi)からとって”B”を”V”にするというひっかけになっている。そしてもう一つのひっかけが私は3月24日生まれでなく、正しくは母の誕生日ということである。


 この二重ロックを破れるものはいまい。


 と、息巻いては見たもののその鍵がどこかに消えてしまったようである。だが、可笑しい。三日前にこのパソコンを使用した際は”davi0324”で開いたはずである。


 何かが変だ。

 ただ自分が可笑しくなってしまったのではという疑念も拭えない。なぜなら、私は昨日パスワードを変更した記憶があるからだ。それはこの自室のパソコンではなく、学校のパソコン教室のパソコンだ。情報A の授業でネットセキュリティについて学んだ折に触れて、担当教諭から「こまめにパスワードを変更するように」と指導があったのだ。


 私は長年使っているこのパスワードを変更したくなかった。しかし、教員が強い口調でパスワードの脆弱性を説いてくるので、しぶしぶ変更した。


 それが”dabi0229”、姓が蛇尾、2月29日生まれなのでこのように設定した。メールアドレスのような直球かつ安直なその文字列は、以前より却って脆弱に見える。しかし、教員の指示に従っただけだ。このままでいくしかない。それに学校のパソコンのパスワードがバレたところで私に被害などない。


 そして今日、再び私はパスワードに悩まされている。

 『パスワードが間違っています。』この見飽きたメッセージに私はいい加減苛立ちを隠せずにいた。


 「ディー……、エー、ブイ……、アイ……、ぜろ……、さん、に、……よん」


 ゆっくりと声に出して一つ一つキーを押していく。


 「———だめか」


 やはり鍵は開かなかった。

 それでは、と”dabi0229”も試してみる。もしかすると、教員の指導を受けて律義に昨日の自分がこのパソコンのパスワードを変えたかもしれない。


 「むう、これもダメか……」


 私は筆箱から付箋を取り出す。

 そういえば、昨日ここに”dabi0229”を念のためメモしておいたはずだ。


 「ん?」


 あれ、なんだこれ?

 そこには”dabi0229”と書かれていた。二重線で消され、その下に別の文字列が書いてあったため、本当にそのように書いたかは確信できない。

 

 しかし、これは何と呼ぶのだろう。


 「foundoutふぉうんどうと……?違う、found outかな?」


 何度も言うようだが、私は英語が苦手だ。

 詰まるところ、この文字列は私が書いたものでないことは確かだ。意味はなんだ。私はいつもの様に雰囲気で辞書を手にしながら、ネットの検索エンジンを活用する。


 "found out" =『バレる』って意味が近いのかな、そんな風に思った瞬間

全身に悪寒が走った。


  私のパスワードがバレた?

 もしかしてこのパソコンが開けないのも、それと関係しているのか。

 誰だ、誰がこんなことをするというのだろう。

 

 滴る汗を拭う。


 私は生唾を飲み込みながら、その”foundout”という8字を入力する。


 

 『パスワードが間違っています。』



 よかった。

 ホッと胸をなでおろす。しかし、よく考えてみれば当たり前だ。学校のパソコンが解錠できないならいざ知らず、このパソコンが解錠できないなんてありえない。私の知らない誰かがこのパソコンを触ったことになるからだ。


 『アルファベットと数字を使用した8桁のパスワードを入力してください』


 赤い字で別のエラーメッセージが出ている。

 そもそも数字を使用してないこのパスワードはパスワードとして条件を満たしていない。


 そしてこのメモを誰が書いたか分からないが、私には絶対にバレない自信がある。このパスワードは正確には誤っている。正しくは"dabio229"だ。0《ゼロ》をO《オー》に変えておくという高等技術だ。


 そうだ。思い出した。

 この技術を思いついて”davi0324”も”davio324”にしておいたんだ。


 ふと思う所があって、私はO《オー》を0《ゼロ》に変えて入力してみた。



 『ようこそ』




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