第2話 時が回る

 

 「ダビちゃんダビちゃん、これ見て!」


 友人の佳菜かながスマホの画面を私に見せる。そこには一面に広がる砂漠と今にも崩れそうな錆びれた鉄骨の建物が映っていた。戦渦に巻き込まれたのだろうか、あらゆる生を取り除いたようなこの世ではない世界が広がっていた。

 画面の背後に広がる、物にあふれた佳菜の部屋とのギャップが何とも言えない。


 「何これ?」


 佳菜がこれを私に見せてきた理由は分からないが、この子はとかく何を考えているか分からない。考えようとすれば考えようとするだけ、費やした労力が惜しくなる。私のような思慮深い人間には、まるで悠久の時の中に一人放り出されたような気分になる。


 しかし、こういった人種を私たちは天才バカと言うのだろう。


 「ゴビ砂漠にある隠れた名所だよ!これを見た人は時間を忘れて数時間、その場に立ち尽くしちゃうんだって!」


 「へえ」


 「冷たいよ、ゴビちゃん!」


 私はダビちゃんだが、他にも突っ込みどころはある。

 こんな一面砂漠の辺鄙へんぴな場所で、何もしないで数時間も立っていられるものだろうか。「時間を忘れて」と表現するほど、その景色に夢中ということだろう。普通では考えられない。


 「あ、信じてない?じゃあYouTubeで検索してみてよ!」


 なるほど、あの巨大動画検索サイトなら証拠映像の一つや二つは出てくるだろう。私はすぐにカバンから自分のケータイを取り出し、『ゴビ砂漠 名所』と検索する。何件か抽出されたようだが、お目当ての動画がどれか分からない。


 「見つからない」


 「えーとね、こないだ誰かに見せてもらったんだよね。名前なんて言ったかな……」

 

 他にもこんな変ちくりんな場所を教えてくる輩がいるのか。


 「あ、思い出した!"Time Goes Around."だ!」


 私は英語が苦手なので意味はさっぱり分からない。ただ聞いた発音のように入力をしてみると、砂漠の上で立ち尽くす男女のサムネイル画像がたくさん表示された。そこに確かに"Time Goes Around."という題名が見受けられた。どうやら、この名所の俗称らしいが、まずは中身を見てみよう。


 驚くことに動画は八時間にも及ぶらしい。


 しかし、内容はなんの面白味もない。一組の男女がその鉄骨の建物を見ているだけの映像だ。途中、一尾のサソリがカメラの前を横切る以外は何の見どころもない。それだけだ。

 それだけなので、これ以上の証拠はないのだ。上空の雲の動きから編集している様子もない。男女は何も食べず何も飲まず、ただ八時間の時を過ごしている。


 「すごいね……!ホントにずっと立ってるみたいだね!」


 佳菜が伸びをして、目をこする。


 「でも"Time Goes Around."ってどういう意味なんだろ……?」


 「調べてみよう」


 私は佳菜の勉強机にあった電子辞書を取り出し、小さなキーボードを叩く。

 辞書によれば、”Time”は『時』、”Go Around”は『回る』と記されている。



 「つまり、『時が回る』?」



 そう、時が回る―——だが、現実には『時が進む』や『時が止まる』というように『時』とは一つの線の上でしか動かないものなのだ。私たちの住むこの世界の数少ない不変の法則だ。

 

 それがとはどういうことなのだろうか……。

 

 私はいつものように手を顎に添える。

 佳菜はその姿を見て面白そうに写真を撮り始める。


 「今日のダビデ像……っと!」


 何度も言うが、どちらかと言えばロダンの『考える人』だ。


 「私そろそろ帰る」


 「え、もう?さっき来たばっかじゃん」


 「帰って英語の宿題する。今、何時?」


 私は立ち上がって時計を見た。

 時計を見た。時計を見たから、気づいた。


 時は進まない、回るのだ、何度も、回る、何度も、回る―——―――。


 

 「あ、お母さん」


 佳菜の母親が心配げな表情で部屋に入ってきた。


 「あなたたち、こんな時間まで何してたの?」

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