第3話 ウィークエンド・シン
週末はあれをしよう、これを見よう、それを作ろう、どこに行こう、人は皆それぞれ週末の予定を立てたがる。どうして人はそのような衝動に突き動かされるのか。大変に興味深いことである。
週末はあくまで休日である。「休む日」と書いて休日と読む。それなのに、とにもかくにも人は週末に何かをせずにはいられない。
何もしなかったことに罪悪感さえ感じる時もある。
そして私は今日、囚人服というパジャマに身を包み、独房という自室に引きこもっている。窓外に見えるシャバの空気はあんなに澄んでいるというのに。
『ダービー今日ひま?家で寝てるんだったら買い物に行かない?』
これはつい五分前に友人の
私は「行けたら行く」というこの世で最も「行かない」と同義の言葉を残し、電話を切った。希美は本当にその真意を汲み取ってくれたのだろうか、平然とした声色で「じゃあ後で電話ちょうだい」と切り際に言い残した。
とは言え、私の気持ちが「行かない」に振り切っているわけではない。できれば、外出はしたい。体が言うことを聞かないだけなのだ。このまま寝入ってしまった方が楽だ、私の中の悪魔がそう呟いているのは事実だ。
しかし、先週は丸二日を家で過ごした。宿題もまるで手につかず、日曜日の夜に解答をじっくりと見ながらあっさりと済ませた。さすがに先週ばかりは自らの罪に、心が押しつぶされそうだった。
そうだ、今週は思い切って外出して遊びに遊ぼう。もうこれ以上、前科を重ねたくない。こんなクタクタの囚人服も陰気臭い部屋の空気もうんざりだ。
週末なんだ。私は自由だ。
気づけば、希美に「すぐに行く」と電話を掛けていた。
それから私は駅前で彼女と待ち合わせ、ショッピング街へと繰り出した。普段は絶対着ないようなシースルーのブラウスを買ってみる。つける機会など二度もないだろうが、お洒落な雑貨屋で一点物のネックレスも買ってみる。一日五食限定のパンケーキを求めて長蛇の列を並ぶ。紫外線など気にせず、オープンテラスのカフェでコーヒーを味わう。日頃の鬱憤を晴らすようにカラオケでアップテンポな歌を熱唱する。個人的にずっと気になっていた映画を見てみる。並んだ甲斐あってやっと件のパンケーキに舌鼓を打つ。自分へのご褒美にと最近話題の洋菓子店で、ロールケーキを買って帰る。
気づけば、辺りは暗くなっている。帰路に着く私は、微かに見える夜空の星模様を見上げながらふと気が付いた。
こんなに充実した休日は久しぶりだ。これで先週の罪は晴れただろうか。
いや、これではまだ罪は晴れない。
まだ私には週末が残されている。残った週末も余すことなく、遊びつくさなくては。そうでなくては、私はまた怠惰な罪を犯してしまうだろう。
明日はどうしよう。
そうだ、久々に隣の県にある祖父母の家を訪れよう。
自然豊かな彼の地で思う存分リフレッシュをしよう。
次の日、私は家族を起こさないよう静かに支度をして、朝早く家を飛び出した。早朝の澄んだ空気が私の気持ちを高揚させる。最寄りの駅からJRに乗り、西へ向かう。いつもの電車内の雰囲気とは違い、異様な静寂が私を包んでいた。だが、この非日常も心地がいい。私鉄に乗り換えると、ようやく部活の朝練らしい学生たちや朝帰りらしいサラリーマンの群れが私を囲む。休日にまでご苦労なことだと笑みを浮かべて誰も降りない小さな駅で下車する。そこからローカル鉄道のワンマン列車に乗り込み、ようやく祖父母の住む土地が見えてくる。
その時だ。
私のケータイの呼び鈴が鳴る。
『もしもし、ダービー!今日の数学、宿題あるって知ってた?あとで写させて、お願い——―――ねえ?ダービー?』
週末は罪深い。
週末の罪として、八つの大罪にしよう。
そしてどうか一週間も八日にしていただきたい。
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