第8話 この手で指折り数える

 朝方の澄んだ空気が肺の中を往来し、真っ赤な朝日が眼膜を突き刺す。私は恐竜のうめき声のようなあくびをしながら、目をこする。昨晩は深夜ラジオを聞いていたせいで、十分な睡眠時間が確保できなかったのだ。すこぶる体調の悪い現在イマも好きなラジオパーソナリティの何気ない雑談を聞くという悦楽を考えれば、仕方のない代償と言えるだろう。


 「ダビちゃん、昨日のラジオ聞いた?」


 愛すべき天才バカ、親友の佳菜が私と肩を並べながら通学路を歩いていく。


 「聞いた」


 彼女とラジオの話など共有したことがない私だが、何となく話を合わせておいた。ウソは一つもついていないからだ。


 「汗握る展開だったよね……まさか太郎が黒幕だったなんてさ」


 「何の話?」

 

 「え、木島龍平のラジオ小説でしょ?」


 「ラジオ…小説?」


 ラジオ小説を知らないわけではなかったが、明るい分野ではなかったため私の言葉は自然と尻上がりになってしまった。それにしても、佳奈がラジオ小説を聞いていたとは。東大生は落語を聞きながら受験勉強をするという逸話を聞いたことがあるが、天才バカはラジオ小説を聞くのか。


 「『永遠のその先に』っていうお話なんだけど、毎回すごい展開が繰り広げられるから面白いんだよね」


 「ふーん」


 ラジオ小説は聞いていて何か気恥ずかしい、母親に読み聞かせをしてもらっていた幼いころを思い出すからなのか、とにかく気恥ずかしい。


 「じゃあ、ダビちゃんは何聞いてたの?」


 「好きな女性タレントの番組」


 「へー、ダビちゃんもそういうの興味あるんだ」


 佳奈は心底意外だというように目を丸くする。

 私は至って普通の女子高生を自負しているし、そもそも彼女にそんなことを言われるのも気に食わない。


 「昨日は記念すべき150回目の放送だったので」


 「150回?」


 「そう」


 「それって記念すべきもの…なの?」


 佳奈はきょとんとした顔をする。彼女の眼は一点のブレもなく、私を真正面に捉えていた。こういう時の彼女は何を言っても聞かない。目の前の問題だけが気になるのだ。餌を与えられた空腹の犬のように、得たいものを得ようとする。


 「一応、節目の回だと思う」


 現に昨日は150回記念を祝して女性タレントの私物プレゼントが企画された。ファンにとっては垂涎物の一品ばかりで、私も右に倣えで応募をした。来週の発表が気になって眠れない今日この頃である。


 「150が節目かあ…何でそんな風に思うんだろう」


 全く同じ質問を返してやりたいが。


 「だって別に誰が決めたわけでもないよね?例えば年男とか年女とか、還暦迎えたとか、12という節目にはそれに基づく根拠があるから分かるけど」


 「……」


 言えばそれも誰が決めたなんて分からない。

 それに私には150が節目だと言える根拠があった。


 「ヘビちゃんはどう思う?」


 私は戌年の女だが、彼女の問いに答える。


 「10という数字のキリがいいから」


 「何でそう思うの?」


 もっともだ。これは「150が節目である」ことと全く同じだからだ。

 しかし、私にはもう一つ答えがあった。


 「この世界はで支配されているので」


 十進数―――それは1から9の数字を使って表す数の表記法で、私たちの生活に深く浸透している代物である。十進数は一番目から九番目へと数が増え、十番目になると位が上がる。以後はそれを繰り返しながら、二十番目、三十番目…百番目に

 私たちはそのときに節目を感じる。ちょうど進級するときに毎回式をあげるのと構造は同じだ。


 「そっか、十進数だからかあ…じゃあさじゃあさ、この世界が四進数とかに支配されてたら節目も違ってたのかな」


 「それはそうだと思う」


 四進数であるなら、零番目は0、一番目は1、二番目は2、三番目は3、そして四番目になると位があがって10―――。

 

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