第14話文化祭

「こんにちは。紗希ちゃん、いるかな?」

10月12日(土曜日)、文化祭初日、歴史研究会の展示室を訪れた理恵が声をかける。理恵はバケツのような大きさのポップコーンカップを抱えている。

「いますよ!・・・それ、何処で買ったんですか?」

たまたま当番で居合わせた紗希は嬉々として返事をするが、理恵の出で立ちに驚いた。

「校庭の模擬店でムーちゃん達が売ってるよ。意外と美味しい。食べる?」

紗希は近くにあった紙コップを持ってきて、ポップコーンを分けてもらう。

「いただきます・・・あっ、美味しい!でも、これ、イモリの黒焼とかムーちゃんお手製の変な薬が入ってるんじゃないですか?」

「ははは、そうかもしれない。でもね、美味しいし安いから繁盛してるよ。この量で100円だからね」

「理恵さん、今日は?」

「文化祭って私達あまり出る幕ないのよね。だからブラブラするだけ。あら、この鎧、何処から持ってきたの?」

「朱美さんが趣味で造った物ですけど、完成度が高いので無理言って持ってきてもらいました」

「島さん、こういうの造れちゃうんだ?それにしても意外と小さいのね。これ、当世具足でしょ?この大きさで戦国武将が着れるの?」

「戦国時代の男の平均身長は157cmだそうですよ。徳川家康も159cm程度だったようですから」

「そうなんだ?私が戦国時代にいたら大女どころじゃないよね。それにしてもこの鎧、いいね。これ着て飛んだらウケるよね。島さんに造ってもらおうかな」

「・・・」

「あ~、でも草摺でバー落しちゃうか・・・」

「理恵さん、良く知ってますね。鎧のパーツの名称なんて、普通知りませんよ」

「私ん家、小田原城のすぐ近くでね、小さい時から何回も天守閣登って展示物とか見てたんだ。ここなんだけどね」

理恵はウエストポーチからタブレットを取り出すと、Google Mapsを拡大して紗希に実家の位置を示した。

「ホントだ。すぐ近くなんですね。でも、何故タブレット使ってるんですか?」

「飛ぶ時の姿勢とかビデオで撮って、その場でチェックする時に画面が大きい方がチェックしやすでしょ?それに、ほら、スマホだとアイコンが小さすぎて操作しにくいし」

紗希は当番そっちのけで理恵と立ちながら雑談している。

「そう言えば、歴研のお店、なかったよね」

「うちの部、部費のほぼ全てがこの冊子の印刷に消えてくんです。だから模擬店する余裕が無くて・・・それに部員も少ないですから」

「うちの部は漫画喫茶してるよ。これから行く?」

「私、2時までここにいなければならないので、2時過ぎに行きます。漫画喫茶って何してるんですか?」

「部員達が漫画を持ち寄って、コーヒーを注文した人がその漫画を読めるようにしてるだけ。小倉だけは・・・小倉のこと、覚えてる?彼女は豆挽いて本格的なコーヒー出してるけどね。インスタントコーヒーはコーヒーじゃないんだって。でもね、文化祭って意外と座って休憩できる場所がないから、常時10人はお客さんがいるようだよ。食べ物持ち込み可にしてるしね」

「10人って、各部へのテントの割り当てだと入りきらないんじゃないですか?」

「うちには自前のテントがあるから、20人までは大丈夫だよ。ホントはね、軽食も出したいんだけど、私達、どういうわけか私も含めて皆料理ができないの」

「料理人、うちの部にいますよ」

「誰?」

「朱美さん。彼女の料理は私達と次元が違いますから。何時でも嫁に出せます」

「島さん、マルチな才能があってすごいね。島さんが暇を持て余してるようだったらお願いするね」

「あっ!これから追加となると保健所への届出が必要じゃないですか?」

「そうなっちゃうんだ?意外とハードル高いね・・・」

「ちょっと待って下さい」

紗希は携帯電話を取り出すと電話をかけた。

「菊池です。明日から陸上部が模擬店で軽食を出すこと可能ですか?」

《えっ、急に言われてもだな・・・ちょっと待って。後で連絡するから》

「誰に電話したの?」

「久平先生。こういう時、結構頼りになるんですよ」

「意外だね・・・」

理恵の眼には聡史は単なるダメ男としか映らない。15分程すると、紗希の携帯電話がけたたましく鳴った。

「はい、菊池です」

《お待たせ。久平だけど、八王子市保健所には学園の事務が学園一括で模擬店開催届出を出していて、その取扱品目にあるのは・・・え~と、ホットドック、ピザ、ポップコーン、焼きそば、おでん、焼き鳥、お好み焼き・・・》

「先生、リストは後で取りに行きます。つまり、何なんですか?」

《つまりね、取扱品目に記載されてるものなら明日から陸上部が模擬店で扱っても全く問題ないって事務の人が言ってた。それより、近くに陸上部の部員がいたら電話代わってくれないか》

「わかりました。今代わります・・・先生が電話代わってくれ、って言ってます」

「お電話代わりました。三浦です」

《久平だけど、これ、主将直々の話だったんだね。後で部長がリストを渡してくれると思うけど、そのリストに記載されたものなら陸上部が明日から扱っても問題ないことは学園事務から確認が取れたよ。ただし、明日からは小さい子供達が大勢来るから衛生管理は厳重にね。それと、神田先生(陸上部顧問)には話しておいてくれよ》

「わかりました。ありがとうございます・・・案外頼りになるのね。久平先生」

「できないことはない、が信条ですからね、あの先生。後でリスト渡します」

「わざわざ確認してもらってありがとう。それじゃ、漫画喫茶で待ってるよ」


優花里が校庭から戻ってくると、展示室になっている教室に面した廊下を掃除している紗希が見える。

(何してんだろ?紗希ちゃん)

不思議に思いつつ優花里が教室に近付くと、何かを踏み潰した。

(何だろう?)

優花里が下を見ると、あたり一面にポップコーンが点々と落ちている。

「何、これ・・・」

「暫くそこ動かないで。掃いちゃうから」

優花里が思わず声を上げると、優花里に気が付いた紗希が声をかける。

「隣にも続いてるけど、いいか・・・」

紗希は呟くと掃除を切り上げた。

「紗希ちゃん、これ、何があったの?」

「さっきまで理恵さんがいたんだけどね・・・」

「あっ!」

優花里は理恵の欠点を思い出した。

「そう、こぼしたのよ、ポップコーンを・・・」

紗希が箒と塵取りを片付けながら優花里に話す。

「主将、とにかくいろんな物こぼすからね・・・気が付けばすぐに拾うんだけど、気が付かないと辺り一面が・・・」

優花里は何回か理恵と食堂で食事をしているので、理恵の極端な不器用さを知っている。

「そうなんだよね。理恵さん、全く悪気がないからいいんだけどさ」

紗希は苦笑いしている。

「でも・・・落ちたポップコーンを拾って食べてなかった?」

「食べてたよ。止めた方がいい、って何度言っても、その都度、何で?って逆に聞いてくるからね、理恵さん。あんなことして、折角の美人が台無しなんだけどね・・・」

理恵のこうした挙動を優花里は頭では理解できるのだが、多くの陸上部部員がそうであるように、この点だけは否定的にならざるを得ない。

「ところで優花里さん、陸上部との話はついたの?」

「ああ、そうそう、後片付けの日までこっちに専念していいって。ごめんね、パネルの準備にかまけて調整するの忘れて」

優花里は[絹の道]のパネル作成に忙殺されて、陸上部部員でありながら漫画喫茶の準備を完全に忘却していた。連絡もない優花里に業を煮やした恵理香から電話があったので、佳織に釈明するために校庭の漫画喫茶にさっきまで出向いていたのである。


「紗希ちゃん、交代の時間だよ」

朱美が戻ってきた。朱美も理恵と同じようにバケツのような大きさのポップコーンカップを抱えている。既に半分以上食べたようだ。

「朱美、それ・・・」

「これ?ムーちゃん自家製のポップコーン。これだけの量で100円だからね。行列ができて繁盛してたよ。安いだけじゃなくて意外と美味しいし。それとね、模擬店の看板がすごかった。[む~みんのポップコーン]だって。実態を知らない人達はこの看板に騙されて買ってたようだけどね」

「これ、食べながら展示とか見物してたの?」

「そうだけど」

「朱美さん、ちょっとこれから付き合ってくれないかな?」

優花里が絶句していると、紗希が朱美に声をかける。

「えっ、当番はどうするの?」

「優花里さん、これから朱美さんと漫画喫茶行ってくるけど、朱美さんと当番代わってもらってもいいかな?延長分は明日私が代わるから」

「いいよ。じゃ、待ってるから」

「紗希ちゃん、そっち、校庭じゃないよ・・・」

紗希は校庭とは反対方向に朱美の手を取り歩き出した。朱美には紗希が何を考えているのか全くわからない。紗希は校庭の漫画喫茶には直行しないで職員室に行き、聡史からリストをもらった。

「それにしてもだ、相変わらず人使いが荒いね」

「先生には感謝してるんですよ。何時でもこれだけ臨機応変に対応してくれるの、先生だけですから」

聡史が紗希に愚痴を言うと、紗希は話をはぐらかすかのように聡史に礼を言い、朱美と漫画喫茶に向かった。

「あっ、ピザがあるんだ!朱美さん、この前部室でしたプチパーティーの時に作ってくれたピザ、あれ、模擬店で出せる?」

「あのピザならホットプレートか携帯コンロがあれば簡単にできけど、どうしたの?」

「陸上部が漫画喫茶してるんだけど、軽食も出したいんだって。でもね、彼女達、皆料理ができないらしいから、朱美さんが可能であればどうかな、と思ってね」

「そうゆうことか。やっと理解できたよ」

朱美は突然一切の説明なしで紗希に強引に連れまわされたので事態を全く理解できないでいたが、ここで状況をやっと理解することができた。

「やってできなくはないけど、私の当番はどうする?」

「私が穴埋めするから、どうかな?」

「じゃ、やってみようか。デマ流された時の借りもあるからね」


漫画喫茶には既に理恵が来ていてくつろいでいた。

「理恵さん、これがリストです。これに記載されてるものなら、明日から模擬店で扱うことができますよ。お勧めは比較的簡単にできるピザです。それと、調理のレクは朱美さんがしてくれることになりました」

紗希が聡史から入手したリストを理恵に渡し説明する。

「島さん、ありがとう。よろしくね。早速だけど、5時からレクしてくれるかな?ピザと携帯コンロはそれまでに準備しておくから」

「わかりました。5時に必要な追加材料持ってきます。じゃ、また来ますね」

「島さん、追加材料、買ったら領収書もらっといてね。宛先は空欄でいいから。コンビニやスーパーならレシートでもいいよ」

佳織が事務的な補足を朱美にする。

「はい、わかりました。あっ、そうだ!どこのピザを使うんですか?」

「どうしようか?」

間髪入れず理恵は佳織に話を振る。

「三浦・・・何も考えてないのね?」

「フォンターナのピッツァマルゲリータがいいですよ。これ、癖がないから一般受けすると思います。28枚のセットです」

理恵と佳織の様子を見た朱美は、お勧めの業務用冷凍ピザを提案する。

「マネージャー!大至急入手して!」

「わかりました!」

佳織が指示を出すと、マネージャー達がスマートフォンで検索を始める。

「それじゃ、よろしくお願いします!」

朱美は佳織に念を押すと、携帯電話を取り出し優花里に電話をかける。

「ゆかりん、私、これから買い物行くからもうちょっと待っててね」

《もうちょっとって、もう1時間近く経ってるよ!》

「まぁ、そう言わずに。後1時間位で戻るから。じゃね」

《・・・》

朱美は携帯電話を切ると、ポケットからメモ帳を出してブツブツ言いつつメモを取りながら買い物に出かけた。

「紗希ちゃん、ありがとう。何とかなりそうだね」

「朱美さんが作る以上、味は絶対に大丈夫です。ただ、ピザだけだとちょっとありきたりですよね・・・何か一工夫あればいいんですけど・・・」

「インスタントコーヒー、注文が重複して3kgも買っちゃったから腐るほどあるんだけどね・・・あっ!いいこと思い付いた!」

紗希の呟きにヒントを得たのか、理恵が何かを思いついたらしい。


文化祭1日目の終了後、朱美が追加材料を持って漫画喫茶を訪れた。

「島さん、悪いわね。島さんも終日ここにいるわけにはいかないでしょうから、この子達にピザの作り方をレクしてくれないかな?」

「わかりました。じゃ、準備しますね」

理恵が朱美に話しかけると、朱美は陸上部が準備した携帯コンロの周りに材料を置いて準備を始める。その朱美の周りを陸上部の部員達が取り囲んだ。

「始めますよ。まずは・・・」

朱美は手際よく調理をしながら説明していく。

「・・・という手順で作れば、誰でもできると思いますよ。食べてみてください」

「ちょっと手を加えただけで冷凍ピザがこうも美味しくなるとはね・・・」

佳織が感心している。

「長谷川、試しに作ってみて。メモ取ってたでしょ?」

理恵が郁美に指示する。


「不味い!何これ?見栄えはいいけどまるで別物じゃない?」

15分後、郁美が作ったピザを試食した理恵が顔を歪めながらダメ出しをする。

「おえっ!」

「食べ物を粗末にするなと何時も言ってるでしょ!」

「主将、これ、食べ物ですか?」

「ラーゲリしたいのかな?」

「・・・」

郁美のピザを試食した他の部員達も理恵と同様で、中には吐き出そうとする部員もいるが理恵が許さない。

「私、島さんが説明したとおりに作ったつもりですけど・・・」

「ダメ!次、五十嵐」

郁美は抵抗するが、理恵は全く聞き入れずに今度は恵理香に作らせる。


「あなた、ふざけてるの?何をしたらトッピングが吐瀉物(ゲロ)になるのかな?」

15分後、見るも無残な状態になったピザを見て理恵がダメ出しをする。今回は見た目が悪過ぎて誰も手を付けようとしない。

「すみません・・・おかしいな・・・」

作った恵理香さえこのような結果になってしまった原因がわからないようだ。

「次!」

理恵のダメ出しが続く。

「皆どうしたの?私が手本を見せてあげるから」

後輩達の無様な状態を見るに見かね、3年生が何もしないわけにはいかないと感じた佳織が作業に取り掛かった。


「小倉・・・これは何?」

15分後、グシャグシャになってしまったピザを見て理恵は溜息をつく。

「面目ない・・・」

佳織は力なく答えた。結局、マネージャーを含む陸上部の3年生1人、2年生3人、1年生2人が挑んだものの、皆散々な結果に終わった。

「皆、ホントにダメね・・・島さん、見てのとおりこの子達料理は全くダメだから、フルタイムでお願いできるかな?」

自分達の限界をまざまざと見せ付けられた理恵が朱美に頼み込む。

「構いませんけど、一応部長同士で話してもらえませんか?」

「わかった。それじゃ、明日は8時から準備を始めるからお願いするね」

「了解です!」


明日の打ち合わせが終わり、準備を終えた朱美はテントを後にする。

「失敗作は作った人が責任とって食べてよ。もし残したらラーゲリだからね!」

「わかりましたぁ~」

「主将、食べ物を粗末にするの大嫌いだからね・・・」

失敗作といっても大方は佳織のようにグシャグシャにしたり、多少味付けに失敗した程度で食べられない程のものではない。皆で和気あいあいとお互い批評しながら、瞬く間に食べきってしまった。一方、壮絶な失敗をした郁美と恵理香は、誰も手伝ってくれないために何時まで経っても2人で食べている。

「郁美、泣いてるの?」

「・・・だって、ものすごく不味いんだもん・・・」

「これと交換する?見た目は悪いけど味は大丈夫だよ・・・」

「・・・いらない・・・気持ち悪いから・・・」

「そうだよね・・・」

郁美と恵理香は、テントの隅でそれこそ泣きながら自分の失敗作を食べていた。


「へぇ~、陸上部[&歴史研究会]漫画喫茶か・・・それにしてもチープな看板・・・」

9時の開店前に優花里が漫画喫茶を覗きに行くと、昨日までの[陸上部漫画喫茶]の看板に段ボール紙で作った[&歴史研究会]がちょこんと張り付いている。暫くすると朱美が材料を抱えて歩いてきた。

「これ、何食分?」

「168食分。どれだけ捌けるのかな?」

さすがの朱美も今回は不安そうだ。

「朱美が作るんだから、すぐに足りなくなるかもしれないね」

「そうだといいんだけどね。なんせ不特定多数相手は初めてだからね・・・」


「こんにちは、というかこんばんは、かな?」

文化祭2日目の終了後、理恵が歴史研究会の部室を訪ねてきた。

「島さんのおかげで、ピザ、438食売れたよ。コーヒーとセットで100円にしたのがウケたみたい。そうそう、さっきソフトボール部の主将が苦情を言いに来てね、陸上部は文化祭も支配しようと企んでいるのか、だって。ピザのせいでかなり売り上げが落ちたみたい。それとね、本来ピザ売ってたのバスケ部でね、閑古鳥が鳴いてた。かわいそうなことしたかもしれない」

理恵は紗希の横に座ると、いかにも楽しげに今日の出来事を話す。

「陸上部はソフトボール部を相手にグランド取り合ってますからね」


八王子女子学園陸上部がいくら強豪であっても、市街地の中心部に学園が立地していることが仇となって敷地を拡張することができないので、陸上部専用のグランドはない。ソフトボール部も競技の性質上練習には一定の面積が必要なことから、陸上部と日程を調整しながら練習をしているのであるが、特に大会直前になるとどうしても陸上部が優先的にグランドを使用することになるために、ソフトボール部の不満は臨界点に達しつつある。


「でね、これ、今日の上り」

「はい?」

「島さんが頑張ってくれたからね。受け取って」

「でも、そんなつもりじゃ・・・」

「いいのよ、来年の軍資金として貯金しとけば?それと、学園への収益報告書は出しておいてね。この分は陸上部の収入から引いてあるから」

「ありがとうございます。お礼の言葉もありません・・・」

「ギブ&テイクでいいんじゃない?じゃ、また明日」

理恵が帰った後、紗希が封筒を開けてみると現金9108円と明細書が入っていた。

(コーヒーとピザの利益率を同じにしてあるんだ。この計算だと陸上部の利益、ほとんどないじゃない・・・理恵さん、変なとこで几帳面なんだね)


「あ~、疲れた、疲れた。1日中立ちっぱなしって歩くより辛いね」

後片付けと明日の準備を終えた朱美が戻ってきた。

「朱美さん、今日はありがとう。さっき理恵さんが今日の売上持ってきてくれたけど、朱美さんの持ち出しはある?」

紗希が朱美に確認する。

「ないよ。材料代、全部陸上部が払ってくれたから」

「朱美さん、冷蔵庫にリポD(リポビタンD)入ってるから、好きなだけ飲んでいいよ。忍さん、これ、記録しておいてね。収益報告書も準備してね」

紗希は忍に会計処理を任せた。歴史研究会では、毎年10月から部長候補の1年生に会計係をさせているのである。


文化祭が終わり、翌日には後片付けも終わる。しかし、教室や校庭は現状を回復したものの、部室の中は教室から撤収した展示物で溢れかえっていた。

「こりゃ何時になったら後片付け、終わるんですかね・・・」

「紗希ちゃん、いるかな?」

放課後、混乱の極みにある部室を眺めながら優花里達がぼやいていると、理恵が部室を訪ねてきた。

「これ、2日目の上り。昨日はバタバタしてて渡せなくてごめんね。ピザはね、547食も売れたよ。足りなくなった分はバスケ部から買い取って凌いだけどね」

理恵が紗希に前回同様売上の入った封筒を渡す。

「でも、この計算だとコーヒーの売上利益、ほとんどないんじゃないですか?」

「漫画喫茶って、元々暇潰しだったからこれまで利益なんて考えてなかったし、むしろピザのおかげで小遣い稼ぎができたから感謝してる。何よりも楽しかったしね」

「そう言ってもらえれば気が楽になります」

「ところでね、模擬店、来年は最初からコラボしない?」

「えっ・・・でも理恵さん、卒業しちゃうんじゃ・・・」

「まだ内緒だけどね、次期主将は五十嵐で内定してるんだ。五十嵐、歴史が好きだから歴研にシンパシー持ってるからね。私達を[北条四姉妹]なんて名付けたの五十嵐だし。それにさ、五十嵐は優花里ちゃんを一方的に短距離走のライバル視してるけど、仲いいでしょ、あの2人」

「私の一存じゃ決められませんし、うちも時期部長候補がいますからその子の考えもありますけど、たぶん大丈夫だと思いますよ。その方が楽しいですからね。ところで、[北条四姉妹]ってなんですか?」

「私が小田原出身でしょ、小倉が八王子、五十嵐は寄居、長谷川が韮山・・・」

「あっ!なるほど」

「さすが早いね。じゃ、模擬店はコラボということで。お互い引継をしっかりしておこうね、じゃ、また」

北条氏政(小田原城主)、北条氏照(八王子城主)、北条氏邦(鉢形城主)、北条氏規(韮山城主)は同腹の兄弟である。恵理香が陸上部に入部早々、出身地の関連に気が付き、言いだしたのがきっかけとなった。


「主将と何話してたの?」

詩織が紗希に尋ねると、部員が紗希の周りに集まってくる。

「来年の文化祭で模擬店、最初からコラボしよう、って」

「うちの部が模擬店なんて初めてじゃない?しかも陸上部とコラボなんて、学園始まって以来じゃないかな」

「私がまた駆り出されるの?」

朱美はもう勘弁してくれという顔をしている。

「朱美さん、今回はホントごめんね。来年は誰か1人に負担が集中しないように最初からきちんと計画を立てないとね。忍さん、どう?」

紗希は朱美を労うと、次期部長候補である忍に意見を求める。

「私はOKですよ。先輩達が作った陸上部との繋がり、壊したくありませんし、楽しそうじゃないですか」

忍はこれまでにない新しい何かが始まる期待に目を輝かしている。

「そう言えば、新聞部のウェブニュース、見ましたぁ?」

「各部の紹介で私達は鎧だけが紹介されてたよね」

詩織が紹介するなら全部紹介しろと言わんばかりに不満を露わにしている。

「トピックで陸上部の漫画喫茶が取り上げられてましたけど」

「どれどれ」

忍が言うので、優花里が率先して部室のPCで文化祭を取材した新聞部のウェブニュースを開いた。


=====

○陸上部の漫画喫茶が大ブレイク

陸上部の模擬店、漫画喫茶は1日目こそ例年どおりのまったりとした時間が流れていたが、2日目からはピザをコーヒーとセットで販売、これがブレイクした。2日間で約1000食を売り上げた背景には、歴史研究会の協力がある。

三浦主将は「2日目からピザとコーヒーをセットで販売したのは全くの思い付きで、準備不足にも関わらずなんとか対応できたのも歴史研究会の協力があったからです。彼女達には感謝してます。私にとっても高校生活最後の文化祭でこれだけのことができたこと、いい思い出になりました。来年は事前から十分な準備をして、もっと充実したものにしたいと思います」と感慨深げに語っていた。

陸上部と歴史研究会のコラボによる模擬店は、結果として当学園初めての試みとなったが、文化祭に限らず、異なる部活がそれぞれの得意分野で協働する手法は、今後発展可能性が高いのではないか。

=====


「こりゃ来年、ライバル続出ですねぇ」

「同じ食べ物で競争するわけじゃないから大丈夫でしょ」

「結果的に模擬店のあり方を変えちゃったのかな?」

「そうかもしれないね。それより、早く後始末しちゃおうよ」

2年生達は自分達が積極的に関与できる最後の文化祭を終え万感の思いに浸っている。1年生達は自分達が主力となる来年の文化祭に思いを寄せていた。

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