第26話旅立ちの日
「来週、月曜日の放課後から進学ガイダンスを始めるから、各自考えをまとめておくように。このガイダンスの結果で3年のクラス編成が決まるから、慎重にね・・・」
1月25日(土曜日)、ホームルームで担任が進学ガイダンスの説明を始めた。
(ついに来たか・・・)
優花里は憂鬱になる。
1月29日(水曜日)、優花里の番になった。
「豊浦は史学志望だったね。志望校は決まったのか?」
「あの・・・私、理科系に変えたいんですけど・・・」
「えっ、いきなり何言い出すんだ?これまであれほど史学を志望してたのに一体どうしたんだ?」
進学決定の最終段階でいきなり進路を変えようとする優花里に、担任は驚愕する。
「冬休みの間、いろいろ考えまして、その、理科系にしようかなと」
優花里は歯切れ悪く答える。これまで散々城郭だの何だのと歴史一本槍で通してきた自分が理科系に転向しようとしている。旧仲国の絹織物を復活させると決心はしたものの、未だに自分に対する裏切りのような罪悪感とコカゲとの繋がりを確かなものにしたい欲求とがせめぎあい、歯切れの悪い言い方しかできない自分がいる。
「志望校はあるのか?」
「農工大工学部とか、私の成績じゃダメですか?」
「農工大工学部か・・・豊浦は数学と物理、特に化学が得意だから、このまま成績を維持できれば大丈夫だと思うけど、確実に合格するためにはもうひと踏ん張り必要だね。だけど、本当にいいのか?これで決まってしまうんだぞ」
「・・・はい・・・でも・・・私、どうしても農工大工学部の繊維高分子工学科に行きたいんです!」
「そうか・・・無茶な目標ではないし、頑張れば現役合格も十分可能だ。明確な意志があれば努力次第で何とでもなる。頑張れよ!」
「はい!」
優花里は吹っ切れた気分で席を立った。
「今日だったんでしょ、進学相談?」
吹っ切れた優花里が何時になく明るい表情で部室に入ると、朱美が話しかけてきた。既に定例会は終わっていた。
「そうだよ、農工大志望だ、って言っちゃた・・・朱美は?」
「私は昨日だった。私もゆかりんと同じだよ」
「えっ?」
「東京農工大学工学部繊維高分子工学科、ってこと。お前、文系科目の方が成績いいのに何考えてるんだ、とか、今更何寝惚けたこと言ってるんだ、とか担任から散々言われたけどね。最後は努力すれば何とかなるだろうからとにかく頑張れって、ってさ。昨日の晩、縣さんにメールしたらね、過去問とか[合法的]に入手できるものは全て手に入れて送ってくれるって」
「そうか、入学すれば学科は違うけど私達、縣さんの後輩になるんだね」
「そう言えば詩織がね、明大の文学部史学地理学科考古学専攻にした、って言ってた」
「ははは、詩織との縁がまだまだ続くな。紗希ちゃんは?」
「紗希ちゃんは明大の文学部史学地理学科日本史学専攻だって。紗希ちゃんは1年時から言い続けてるから、これは既定路線だけどね。詩織は何か考えてるよ、きっと」
「これからすべきことは仮説の証明じゃないからね。事実の確認なんだから・・・」
「そだね。事実はわかってるんだから」
「私、あの着物と織機と仏像が2000年前にベトナム北部の旧仲国から豊浦に渡来したことを必ず明らかにしてみせる。そして、あの着物を絶対に復元する。この国の文化・伝統が純粋培養されたものじゃなくて、多くの渡来人達が、時には命懸けで携えてきた知識と技術に依拠してることを明らかにしてやるんだ。それがコカゲさんやアーディティヤ十二将、知識と技術をこの列島に持ってきてくれた全ての渡来人達が、かつて精一杯生きてた証になるんだから」
「よ~し、やりましょうか。ゆかりん、これからも私達、一緒だからね!」
「OK!」
暖かな残照が差し込む窓辺にもたれながら、聡史は優花里と朱美の会話を優しい眼差しで見守っていた。やがて聡史は空を茜色に染める夕陽を見つめる。
(コカゲ様、姫君は新たな一歩を踏み出されました。もう大丈夫です。御安心を・・・)
黒潮のアテーナー Katyusha @Katyusha
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