最終話 輔車脣歯

 二人は金網の扉に駆け寄った。博はポケットから次々と鍵を取り出し、錠前に差し込んでいった。しかし、なかなか、合うものが見つからなかった。

「ちょっと、まだ開けられないの?!」

「合わねえんだよ、なかなか……とりあえず、物置小屋の鍵全部を持ってきたから、どれかだとは思うんだが」

 しばらくすると、カッ、と背後から光が当てられた。振り向くと、逆さまになったバスの陰から出てきた軽ワゴンが、こちらをヘッドライトで照らしていた。

「ちょっとっ、見つかっちゃったわよ!」莉々は彼の背中をぺしぺしと叩いた。「まだなの?!」

「後、この二つだけだ!」博は手元の鍵を彼女に見せた。赤と青の二種類だった。「莉々、お前はどっちがいいと思う」

 彼女は一瞬、黙った後、「赤!」と叫んだ。博は赤の鍵を、錠前に差し込もうとした。

 手が滑った。鍵は、金網の隙間を通り抜け、向こう側の地面に落ちた。

 二人は同時に、口をあんぐりと開けた。しかし、後ろから軽ワゴンのエンジン音が迫っているのに気づくと、博は急いで、青い鍵を錠前に差し込もうとした。

 再び、手が滑った。青い鍵も、金網の隙間を抜け、向こう側の地面に落ちた。

「馬鹿あ」莉々が涙声でそう叫び、博の頭に手刀を振り下ろした。

「よ、よけろ!」

 博はそう叫ぶと、莉々を突き飛ばし、自身も後ろに跳び退いた。

 軽ワゴンは仕切りに激突した。そのまま、それを突き破り、車道に抜けた。

 金網には、真っ二つに破れた。博たちは、お互い顔を見合わせると、そこから、よろよろ、と迷路を出た。思わず、「けっきょく、物理かよ……」と声が漏れる。

 と、軽ワゴンがUターンをした。そのまま、二人に向かってくる。

「クソがっ!」

 彼はそう叫ぶと、道路を上方に走り始めた。莉々も、それに続く。後ろからはやはり、車が追いかけてきていた。

 直後、軽ワゴンとは別のエンジン音が、前方から聞こえてきた。見ると、迷路の中で散々見た、真っ黄色の路線バスが、やはり運転手のいないまま、こちらに向かってきていた。

「ちくしょうっ!」博は立ち止まった。「挟み撃ちか!」

 莉々を連れ、右方に逃げる。ガードレールの手前まで逃げたが、その奥は崖で、これ以上逃げ場はない。軽ワゴンが、二人のいるところめがけて走行してきた。

 と、バスが、その車の右側面に激突した。

 そのまま、がりがりがり、と押していく。軽ワゴンは、ガードレールを、ばきり、と突き破り、崖下へと転落していった。

 博たちは、呆気にとられ、その光景を眺めていた。やがて、バスはバックすると、車道を進んでいき、金網の前にあるバス停で停まり、中扉を開いた。

「……助けて、くれたのかしら?」莉々がぼそり、と呟いた。「それで、乗れ、ってことかしら、あれは?」

「……そうみたいだな。とりあえず、このまま車道を歩いて自宅に戻れるとも思えない。乗ってみるか」

 博たちはそう結論づけると、バスに向かった。中央乗降口から乗り込み、近くにある二人席に、並んで座る。

 直後、バスは扉を閉め、発車した。

 途端に、博たちは、気を失った。


 目を開けると、真っ白な天井が見えた。

 首を回し、周囲の状況を把握する。博は、入院患者の服を着て、ベッドの中に入っていた。さまざまな医療機器が辺りに並べられており、隣にも寝台がある。そこには、莉々が仰向けに寝ていた。

「莉々っ!」彼は叫んだ。げほっげほっ、と噎せ、涙目になる。「大丈夫かっ!」

 莉々の目が開いた。彼女はゆっくりとこちらを向くと、「博じゃない。大丈夫なの?」と言った。

「俺は大丈夫だ。お前も大丈夫そうだな」彼は、ほっ、と溜め息を吐いた。「よかった」

「……変な夢を見たわ。巨大な畑の中に、無数の路線バスが迷路を形作るように駐車されていて、その中を彷徨うの」

「俺もだよ。最終的に、迷路から脱出して、やってきたバスに乗った直後に、目が覚めた」

「私も、そうよ。……どうやら、同じ夢を見ていたみたいね」

「そのようだな。……笑月に風呂井、那須高のやつは、どうなったんだろう……生きているんだろうか? それとも、あの世界で死んだら、現実でも死んでしまうんだろうか?」

「さあ……どうかしら」

 しばらくの沈黙があった。「……ねえ、博」と、莉々が言う。

「なんだ?」

「ありがとうね、迷路じゃ、助けてくれて。博がいなかったら、脱出できなかったと思う」

「それはお互い様だ」博も笑った。「俺も、お前がいなきゃ、いろいろとアイデアを思いつくことができなかった」

 しばらくの間、沈黙があった。莉々が、「あのさ、博」と言う。

「なんだ?」

「クリスマス・イブだけど、泊まりがけで、うちに来ない? 実はパーティの準備をしているの。私と博、二人分の」

 博は、しばらくの間、呆気に取られたような表情をした。「……驚いたな、お前が素直に言うとは」

「う、うるさいわね」莉々はそう言って咳き込んだ。不安そうな目で、こちらを見る。「……で、どうなの? 来るの? 来ないの?」

「もちろん、行かせてもらおう」


   〈了〉

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轢殺迷路脱出劇 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t

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