第5話私のお話

 緑の匂いってどうしてこうも癒されるんでしょうね。

 

 今この場所にいらっしゃるのは世界樹さまです。


 世界樹さまがおいでくださったのか、それとも私が世界樹さまのもとに送られたのか。


 そんなことを考えてしまうぐらい、世界樹さまは大きくて、伸びやかにここにいらっしゃいます。


 さやさやと風がない場所であった筈なのに、木々のざわめきが聞こえてきます。


 そうですね。

 きっとこれが世界樹さまの声なのでしょう。


 世界の中心にただあるというその確かさが、なんとも心地よく感じられます。


 さらさらと木の葉がさえずっているようです。


 そうかぁ。


 世界樹さまは、いつも人々のささやきを聞き続けているのですね。


 長いながい年月を、少しもむこともなく。


 嘆くこともなく。


 その巨大なミキにそっと手を触れてみましょう。


 ザァーザァーとまるであの懐かしい、母親のお腹の中で聞いたのと同じ音が聞こえてきます。


 それはただ、大地から豊かな水を吸い上げる音なのだろうけれども。


 まるで血流が流れるのと同じ音で、喋り続けています。


 世界樹さまのさやさやとした声に耳を澄ませば、すこうしづつすこうしづつ私の心がいでいきます。


 世界樹さまは、嵐にも嘆くことはありません。


 嵐はいつかは過ぎ去るものでしかないのだから。


 大雨は木々の緑を色濃く、鮮やかにしてくれるもの。


 照り付ける太陽の、ぎらぎらとしてあまりにもその熱量が大きすぎるように思えても。


 それは世界樹に大きな恵と膨大なエネルギーを与えるだけのこと。


 この世界で豊かに命の輝きをきらめかせる生き物も


 あるいはそのあたりにある路傍ロボウの石も


 世界樹さまにとっては、もしかしたらひとしく価値あるものなのかもしれませんね。


 命短い人の子も


 長大な時を生きる精霊たちも


 この世界樹のもとでは、ほうっと息をはいて


 ゆっくりとその清浄なな空気にひたりこむ。


 すべてのことになにがしかの意味をみいだそうとしてしまうのは

 人の子の性質サガでございますから


 ですから私はいまなぜここに世界樹がいるのかを考えてしまうのです。


 せっかくの出会いをただあるがままに受け入れられない私の

 なんと卑小ヒショウなことでしょう。


 「神さま。おいででいらっしゃいますか?」


 神さまはゆっくりとその姿をあらわしました。


 その姿はとうてい疲はてた老人のものではありません。


 神気をまとい、その姿をみればおもわずしらず

 コウベをたれてしまうようでありました。


 わたしは深々とお辞儀をいたしました。


「神さま。ひとときの夢。ありがとうございました。」


 そう言いながら、私は両の手で砂時計をささげました。


 神さまはゆったりとうなずくと、砂時計を受け取られました。


「ふむ。いつわかったのじゃ。」


「たぶん、そもそもの始まりからでございます。」


 なるほどというように神様は深く頷くと、その続きを促しました。


「サキュパスさまはお喋りで全てを壊していらっしゃいましたね。」


「私の悪癖もおしゃべりなのでございます。」


 神さまはさらに続きを促されました。


 私は少し苦笑してしまいます。


「私は臆病なのでございます。沈黙の時間が怖ろしくてついつい喋ってしまうのです。」


「堂々とした静けさのある人こそが目標でございました。」


 それがわかれば、あとは簡単です。


「聖女さまの姿は、被害者になりたがる私の狡さのアカシ


「吸血鬼さまの姿は、深く考えることもしないで、小利口である私の姿」


「スライムさまの姿は、自分から求めようともせずに、他人に受け入れられないことを嘆く私の悲しみでございました。」


「そうして最後にお会いした世界樹さまは、私の追い求める理想でございます。」


 どうして神さまが、この僅か数日の異世界トリップをプレゼントしてくださったのかはわかりません。


 私はただ黙って神さまの言葉をまつことにしましょう。


 さらさらと世界樹の木の葉は、いまも静かなリズムを奏でています。

 

 神さまもゆったりとそこにいらしゃるのです。


 なんと贅沢な時間であることか。


 私は我知らず、その空気の柔らかさに身を任せていました。


「できたようじゃがのう。」


 えっという顔を私はしていたのでしょう。


「お前はだれにもその身を委ねられなかったのではなかったか?」


 そういって神さまはうれしそうに笑いました。


「はい。」


 私はただそれだけを答えたのですが、私の頬は次から次へとあふれ出す涙でびっしょりと濡れてしまいました。


 いつもどこか身構えて、だれにも心を明け渡すことができない、恐ろしいほど臆病な私です。


 わたしはいまふたたび、此の柔らかな空気を身体いっぱいに感じてみました。


 そしてゆったりとこの世界に身を委ねていきます。


 簡単なことでした。


 なぜあれほど警戒心でがんじがらめになっていたのでしょう。


 私はうれしくて、そっと神さまの頬に口づけをしました。


 誰かにキスするのも、はじめてのことでした。


 神さまは手にもった砂時計をかかげて見せてくれます。


 最後の一粒が落ちていくのが、スローモーションのようにゆっくりと目に焼き付きました。

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砂時計の囚われ人 @amahori

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