第4話スライムのひとり言

 ぽよよん ぷにゅ

 楽しげにユラらいで、ときどきはにゅーんと触覚を伸ばしたりしていますね。

 

 今夜のお客さまはスライムさまのようです。

 スライムって言えばいわゆるザコキャラと認定されている魔物ですよね。


  う~ん。

 ここは愚痴を聞くという場所なんですけれど。


 スライムさまがおしゃべりできないとしたら、どうやってお話を聞けばよいのでしょうか?


 スライムさまは、この空間がお気に召したのかゆったりとくつろいでいらっしゃるようです。


 まぁいいか。

 スライムさまがご機嫌ならばそれでね。


 わたしがそう納得して、のんびりとソファに身体を沈めたときに、それはおこりました。


『お姉さんは、僕のお話を聞いてくれるの?』


 これがいわゆる念話というやつでしょうか。

 私も心の中でお返事をすることにしましょう。


『ええ、スライムさま。どうぞお話くださいませ。』


 スライムさまは身体を揺らすのをやめて静かに言葉を探しているようです。


 スライムというと、いつも揺れているようなイメージでしたから、このようにとどまっていると小さな宝玉のように美しくみえます。


『僕たちは、いつも僕たちなんだろうか?』


 そう言うとスライムさまは、言葉が足らないと思ったのでしょう。


『僕は、僕なんだよ。』


 そう付け加えました。


 確かにスライムに出会った時に、そのひとつひとつの個性を見る人は少ないでしょう。


 このスライムさまは、いつも自分を個人として見る事なく、十羽ひとからげに見られてしまうことに抗議しているのです。


 雑魚キャラの憂鬱でしょうか。


 けれども私たち人間であっても、私を見てもらえることはとても少ないのですよ。


 単なる受付嬢であったり、高校生であったりします。


 受験生でくくられることもあれば、誰かのお母さんとして見られることもあります。


『おっしゃるとおりですわ。あなたはこの世界の唯一です。これは誰にもクツガえしえない事実ですもの。』


 私の返事を聞くと、スライムさまは、大きく伸びあがりました。


 想いが伝わったことに安堵したのでしょう。

 

 『どうすればいいの?』


 コミュニケーションが苦手な私に、なんという難題を問いかけて下さるのでしょうか。


『どうすればいいと思われますか?』


 少し卑怯な質問返しをしてみました。


 私の答えは決まっていたのですけれどね。

 まだ砂時計の砂は、たっぷりと残っていますもの。


 さあ、スライムさまはどのように答えてくださるでしょうか?


『僕は目立つのは嫌いなんだ。』


 ほう、そーきましたか。


 目立ちたくはないけれど、誰かが僕を見つけて正当に評価すべきだとスライムさまは言うのです。


『それならきっと、願いは叶えられているのではありませんか?』


 これはとても意地悪な質問です。

 だってそんなことを言われるとは思っていなかったはずですから。


 案の定、スライムさまは随分ご機嫌ななめになってしまいました。


 スライムの身体が激しく振動しています。

 けれども返事はありません。


 そうです。

 なぜならスライムさまは、目立ちたくないと願いました。


 そしてそれは確かに叶えられているからです。


 やがてスライムさまの身体がゆったりと静かになりました。


『僕は、僕であることを受け入れてもらいたいんだ。』


 それがきっとスライムさまの本当の願い。

 だれでもありのままを受け入れて貰いたいのです。


 かれども、それは危険な賭けなのですよ。


『そのためには、スライムさま。ありのままのあなたを人目にさらさなければならなくなりますわ。』


 それを聞くと、スライムさまは、ピタリと動きを止めています。


 何度みてもこうやって静かに自分と対話しているスライムさまには、美しい輝きがありますね。


 今夜の月は十六夜の月。

 ほんの少しの陰りは確かにある筈なのに、それを見つけることはできません。


 その月の光に包まれて、スライムさまの姿は半透明の光を帯びています。


 答えがでないならば、きっとそれでいいのです。


 答えをださなければいけないと決まったものでもないのですから。


『僕は選ばなければならないのか?』


 ひとり言のようにスライムさまは言いました。


 いいえ、きっとひとり言だったのでしょう。


 けれどもそれは本当のことです。


 何かを選ぶということは、選ばなかった何かを捨てることなのですから。


 この場合の選択肢はふたつです。


 安全を選ぶか、それとも愛を選ぶのか。


『自分を偽り、頑丈な壁を作り上げればとても安全です。けれどもそれは孤独と引き換えになりましょう。』


『ありのままの自分をさらけだせば、温かな愛を感じることができるでしょう。あなたと向き合ってくれる人とも繋がりましょう。その代わりに守るべき盾は無くなります。』


 スライムさまは大きくひとつ伸びあがりました。


 『なるほどね。僕がここに来た理由がわかったよ』


 良かったですね。

 

 少なくともスライムさまは、ひとつのことを知りました。


 それは今いる場所が、自分が選択した結果だということです。


 今の場所から抜け出すためには、さらに大きな選択が必要になります。


 そしてそのためには大きな代償が必要になるのです。


 しかし、と私は思いました。


 愛されるために嫌われる勇気が必要だなんて、なんて世界は皮肉に満ち溢れているのでしょう。


 ぽとり。

 

 最後の砂が落ちてしまいました。


 時間切れですわね、スライムさま。

 

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