第6話 ダブル

「おはようございます! 今日よりお嬢様の執事として仕えさせて頂きます、ヴァレリー・ゼレノイです。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。それで……どちらなのかしら?」

 凛とした高い声音、華奢な体つき、中性的な髪型、実際に話してみてもやっぱり見分けがつかない。

「ヴァレリーは男です。そうで無ければ執事として雇われていません」

「そ、そうですわよね! ごめんあそばせ、悪気はないんですのよ」

「いえ、よく言われてますから……」

「挨拶はこれくらいにして、学校に向かいましょう。ヴァレリー、御者は私が務める。馬車の中でお嬢様に自己紹介でもするがいい」

「ああ、ありがとう」

 俺は週に3日、魔導学校に通っている。

 魔導学校はオクトデキュプル・アルゴン王によって設立された、魔法に関連するエキスパートを養成するための学校だ。現在はソーザリアス家、ヴェーデン家、カティル家の共同出資によって運営されている。

 14歳~18歳までの魔導感覚が優れた者のみに入学が許されている。

 そして、その基準を満たしているのは大抵が貴族。実質この学校は貴族による貴族のための学校と言える。

 ただし、貴族の学校ではない。少数ながら、一般人もいる。

 毎年、一人か二人くらいは基準を満たした魔導感覚がある一般人が入学する。

 そういう生徒は特待生の如く扱われ、学費を免除してもらえるらしい。

「魔導学校ですか~。僕も三年前まで通っていました。騎士課程を選んだのですが、成績は平平凡凡でしたよ」

 ということは、二十一歳か。しかも、魔法を戦闘に応用する術のみをひたすら学ぶ騎士課程を選んだくらいだから、実力は保証されたな。

「私は魔術師課程。まあ、成績は今のところ無難ですわね」

「いやいや、僕は知ってますよ。魔術師課程で歴代2位と専ら評判じゃないですか」

「歴代1位ではなかった、だから無難ですわ。ヴェーデン家に生まれたのであれば、この程度は当然のことですのよ」

 ちなみに本気で言っている。魔導感覚と呼ばれる、魔法を司る神経の発達具合は、ほぼ遺伝によってお決まるらしい。ミーナ・ヴェーデンは公爵家のギヨームと侯爵家のエミリー・ゾールズベリー・ヴェーデンから生まれた。しかも、聞いた話だと両親共に一族でもトップクラスの魔法の才能があったらしい。だから、その子供に期待してたらしいが、一人目を産んでエミリーはすぐに亡くなってしまったらしい。

 ちなみに、昔はヴェーデン家にしては珍しい仁君、と称えられていたギヨームだったが、この頃から屑に成り下がったらしく、領民の中から都合の良さそうな女を見かけては・・・・・・そんな風に言わないで。わたくしは信じていますの。お父様は穢れているわけではないと。お父様はただ不安で、寂しいだけなのだと。只一人の肉親である私さえも失うことへの恐怖と、亡くなったお母様のことが忘れられないから、新しい家族を願っているだけなの。

 ・・・・・・いくら何でも今のはおかしいぞ。思考に逆らってなかったか? 解離性なんたらってやつになっちまったのか? 千年パズルを拾った覚えはないんだがな。

 まあ、そのうち治るだろ。俺の精神力は強い。

「お嬢様。着いたみたいですよ」

 魔導学校の外観は学校というよりはバロック建築のド派手な城って感じだ。

 それでいて、全ての建材に付与魔法が込められており、簡単には壊れないらしい。

 やたらデカイ正門を潜り、やたら広い中庭を抜け、やたら長い階段を登り、やたら長い廊下を渡って、ようやく教室にたどり着く。

 初めて来た時は、壁の装飾や飾られた額縁の絵画に感動したものだが、見慣れたらどうでも良くなり、不便を嘆く。

 卒業しそこねた母校の狭さが恋しくなる。

「あら、ミーナ様。ごきげんよう」

「ごきげんよう、ドロテアさん。今日もいい天気ですわね」

 教室のドアに近い席で佇んでいるこの少女の名前は、ドロテア・コアリー。

 コアリー伯爵家の令嬢で、よく世間話をする同級生だ。

「あら、そちらの方は……確かゼレノイ家でお見かけした覚えが……」

「はい、僕はヴァレリー・ゼレノイです。縁あって、今日よりミーナ様の執事をさせていただくことになりました」

「まあ! 貴族の執事を二人も傅かせるなんて! 流石はミーナ様です」

 フフフ、このおだて上手め、苦しゅうないぞ。親の金で得た下僕を誇るのは最高の気分だぜ!

「ミーナ!」

 この魔導学校において、俺のことをミーナと呼び捨てにできる奴は二人だけだ。

「あら、トマスじゃない。どうかしましたの?」

「昨日、殺されかけたって聞いたぞ。大丈夫だったのか?」

「ええ、まあ。でも、ザイカーが蹴散らしたの……というか誰に聞いたのかしら?」

 まさかとは思うが、念のため黒幕だと疑って掛かる。

「聖堂で司祭に聞いた。十一人もまとめて運ばされるとは思わなかったと愚痴を零していたぞ。ザイカー、君は強いんだな」

「恐縮です。トマス・ゾールズベリー」

 この男はトマス・ゾールズベリー。ミーナの母エミリーの実家、ゾールズベリー家の嫡子だ。続柄としては従兄弟に当たる存在だが……五歳の頃から、ずっと高校生視点で見てきたから、こいつの成長ぶりには感慨深いものがあるな。

「まあ、無事でよかったよ。じゃあ、僕は騎士課程の教室に戻るよ」

 俺の安否を確認するためだけに、ここに来たのか。相変わらず健気だなあ。

「あら、そうなの。ではごきげんよう。今度ランチをご一緒しましょうね」

「ああ、楽しみにしてるよ」

 トマスは去った。

 その後、先生が現れた。

 俺を含めて、生徒は自分の席に座る。

 席は全部で25席あり、そのど真ん中が俺の席だ。

 といっても魔術師課程は生徒が七人しかおらず、俺より前は全部空席で、実質一番前の席だがな。

 七人しかいない理由は、試験内容がとてつもなく才能に途中で別の課程に宗旨変えする生徒が後を絶たないからだ。これは毎年のことだそうで、一年の頃は50席以上の席が生徒で埋まっていたが、二年の時には、既にこの七人しか残っていなかった。ちなみにドロテアは俺の右隣に座っている。

 一日の授業の流れとしてはこうだ、まず午前中に座学、特に決まったテーマはなく様々な事例を先生の気まぐれで取り扱っている。新しい魔法の開発情報、魔導鉱床の事故原因の解析、大陸間航行の課題など、あまり魔法に関係ないことを取り扱うことも有る。最近は政治に関することが多い。特に隣国ケルパンタが滅亡したという時事は頻繁に話題に上がる。この世界においても、国が滅ぶということは一大事なのだろう。

 午前の授業が終わったら、昼休憩を挟んで午後の授業。

 ここでは実際に魔法を使って、授業を行う。騎士課程や職人課程では、実際に戦ったり、物を作ったりするが、魔術師課程ではただ魔法を使うだけだ。

 しかし、使うだけと言っても、大抵は使うことそのものが難しい魔法だ。

 俺は特に苦労もなく一発で成功するが、俺以外の生徒は何回も試行してようやく仕えるようになるという感じだ。それでも使えたということは優秀なのだから、当たり前のように使う俺がおかしいだけだ。

 今日の授業も特に苦労もなく終わり、後は帰るだけだが、その前にトイレに行っておこう。

 この世界のトイレは現代の物と殆ど変わらないくらい快適だ。

 ガスも電気も使えないが、水回りは尋常じゃない発達具合だ。

 その主な要因としては、近世はおろか、現代の施工速度をも凌駕する魔法による土木工事のおかげだろう。秒単位で一坪位の穴を掘り、分単位で基礎工事が終わる、設計は大雑把だが、破損があれば即補修されるので簡単には倒壊しない。

 用を足して、洗面台の前に立つ。

 ちなみに俺は異性の排便で一喜一憂するほど、スケベではない。

 手を洗うために石鹸を取ろうとするが、無い。

 俺は清潔には気をつかう男だ。今は女だが、いや、女だから尚更石鹸が無いのは我慢ならない。

(クソ、なんで切らしてるんだ。クソを拭いた手のまま外に出るくらいなら死んだほうがマシだ)

『現在の状況で貴方が死ねば、貴方は後悔する』

 ん? なんだ? またソーザリアス語の女言葉か? いや、待てこれ日本語だぞ。

『貴方が内言語機能の異常と捉えている現象の説明をする。私の姿は正面」

 前をみると、女神……ウルズが写っていた。

(こ、これはどういうことだ?)

 ウルズ、確かノルン三姉妹の一人とかだったはずだ。奴は死を司るとか言ってたが、過去を司るのが正しいんじゃないのか? 北欧神話はよく知らないが。というか、死んでもいないのになんでわざわざこいつが現れた?

『あまり時間がない。細かい質問は重要事項を伝えた後にするべき』

(それもそうだが……わかった。で、あれは何なんだ? 多重人格ってやつなのか? 自分で言うのも何だが、俺は我が強いから、そういうのにはなりにくいと思ってたんだが)

『貴方に起こっている現象は、精神的欠陥でも、脳機能障害でもない。一つの魂が内言語機能を使用している間、もう片方の魂が無意識に内言語機能を用いてて思考した、それが真相』

(もう片方の魂? 何のことだ?)

『慈眼総司、貴方の魂はミーナ・ヴェーデンの肉体に転生した。しかし、それ以前にミーナ・ヴェーデンの肉体自体がミーナ・ヴェーデンとしての新しい魂を形成していた』

(……わけが分からねえ。なんだってそういうことになるんだ?)

『こういうことはよく起きる。通常は転生した魂が新たなる魂に飲み込まれることによって、一つの魂として再構築されるため、明るみに出ない」

 成る程、俺の我が強すぎるせいで飲み込めなかったってところか。今死んだら後悔するってのもそういうことなんだな。だったら、話が早い。

(ウルズ! 今すぐ俺を殺せ! 俺だけを殺せ! 転生先がゴキブリだろうが構わねえ! 殺せ!!!)

『私にその術はない』

(なら何のために来た! 俺は慈眼総司だ。自分が生き残るためなら何人でも殺せるが、それは死んだ後にどうなるか知らなかったからだ! だが、慈眼総司は既に死んだ! 死んだ後にどうなるかを理解した。それを知った上で、他人の生きる権利を奪い、他人の皮を被って生き残ろうとする奴は……そんな奴は慈眼総司ではない!)

『貴方は何も奪っていない。貴方の魂が残っている理由に、精神力の強弱は無関係。すべてミーナ・ヴェーデンの意思。貴方は五歳の頃に物心が着いたと考えていた。実際は三歳の頃には既に物心が着いていて、五歳の頃までは、ミーナ・ヴェーデンの意思で動いていた』

(だったら、なんで五歳の頃に俺が目覚めた?)

『肉体を使用する権利は全てミーナ・ヴェーデンが掌握している。現在も受動的な感覚は全て共有している。故に貴方の自由は、ミーナ・ヴェーデンが肉体を貴方に完全に預けて、能動的行動の一切を貴方に任せることで成り立っている」

(……こいつはなんで、そんなことを?)

『本人に聞くべき、外言語機能、内言語機能、筆談のいずれかを使用すれば、その記録が脳に残り、ミーナ・ヴェーデンと意思疎通を行える。ただし、ミーナ・ヴェーデンは日本語が堪能ではない。なので、ソーザリアス語を使用することを推奨する』

(…………)

『更に言えば、ミーナ・ヴェーデンは私の姿、発言を一切認知できない。故にミーナ・ヴェーデンの視点からは、現在の状況は貴方が突如発狂したようにしか感じられない』

(な、なんだと!?)

『そして、最後にミーナ・ヴェーデンに一字一句意訳せずにこう伝えてほしい。《その男は様々な奸計を駆使して、貴方を唆して自害しようとするだろう。だが、その男は決して貴方から何かを奪うような真似はできない、その男を殺したくないのであれば、工夫せよ、思考せよ》と』

 こいつ……なんて奴だ。全部図星かよ。

『私の知る慈眼総司であれば、一切の婉曲無く正確に伝えると信じている』

(ああ、わかったよ。色々教えてもらった義理は果たす。だが、今度はこっちから質問させてもらう。何のためにここに来た? お前がウルズなら他に二人、ヴェルダンディとスクルドがいるんじゃないのか? つーか、状況的にお前じゃなくてその二人のどっちかがが来るべきじゃないのか?)

『スクルドに近しい者は存在するが、ヴェルダンディという女神は存在しない。女神としての私の存在を混同して伝承している可能性がある。更にいえば、スクルドが人間の前に姿を表わすことはない。役割が違いすぎる』

(役割? それは一体……)

コンコン

「あのー、お嬢様。少々長い気がするんですが……もし、返事が無ければ、確認の為に、入らなきゃいけないんですよ」

 トイレの出口から、ヴァレリーの声が聴こえる。待たせすぎたようだ。

「ごめん遊ばせ。石鹸がなくて困っていたの。新しいのを持ってきてもらえるかしら?」

「そういうと思って用意していました。どうぞ」

 扉が少し開き、石鹸の入った箱が差し込まれた。

 ヴァレリー、手際が良すぎるぞ。

『今日はここまで。いずれまた会う機会がある。質問は次の機会に』

 く、消えたか。いつ出会えるかわからん相手だったと言うのに。

 だが、これからやるべきことはわかっている。

 この体の家主に挨拶を済ませるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべてになろう @greyroad

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ