第5話 謀略

「刺客だと? いつ? どこでだ?」

 襲撃を切り抜けた俺は、舞踏会に無事出席し、大公殿下にお目見えした。

 その日の夜に、俺はギヨーム……お父様……じゃなくてギヨームだ、直さなくて良いんだった。それと、執事のザイカーと執事長のダリウスの三人がギヨームの部屋で昨日の襲撃について話し合っているのを盗み聞きした。

「今日の昼、お嬢様が通した交易路で、サニア伯爵の邸宅に向かう途中です」

「ご主人様、肝心なのは場所ではなく敵の狙いです。ザイカー、詳しく話せ。その時の状況、刺客の規模と風貌、読み取れる情報を隈無く全てだ」

「では僭越ながら順を追って……刺客の気配を感じたのは、スタートタウンの交易路から首都の交易路へ入る前です。路面に見かけない形の蹄鉄の跡が続いていたのと、妙にこちらと歩調が合う馬車が後ろを走っていることをそこで気付きました。私は御者に馬車に入るように言いましたが……」

 ザイカーは事のあらましを説明した。

 「敵の跡をつけようとも思いましたが、お嬢様の安全と伏兵の可能性を考慮し、追跡を断念しました」

「……十人か。ダリウス、どう考える?」

「馬車の六人はともかく、弓騎兵は全員が手練でしょう。魔法をあまり使っていないところを鑑みるに傭兵でしょうが、それなりの額を払わなければ雇えない人材です。雇い主は貴族か商人といったところでしょう」

 そういえば、ダリウスは元傭兵だったな。ギヨームより歳を食ってるけど、昔は強かったのかな? 今日のザイカーもめちゃくちゃ強かったし、もしかして執事を雇う基準を強さで決めてるのか?

「舞踏会に向かう途中で狙われたのであれば、ミーナが舞踏会に出席することを知っている同席者か。フン! ならカティル公爵は外れるのだな。これを気に難癖を付けてやろうと思ったのだが……」

「ザイカー、死体と遺留品の処理はどうした?」

「遺留品はこちらでいくつか持ち帰っています。死体は聖堂の助祭に任せました」

「ならば、これから遺留品の検分に取り掛かる。ご主人様、ヴァレリーをザイカー共々お嬢様に付くようにご命令なさってください。ヴァレリーの代わりは私が努めます」

 ヴァレリーって、ギヨームに付いてる執事か。男か女かわからない見た目してたけど、あの人も強いのか。

「お前をミーナに付けたほうが良いのではないか?」

「いえ、私はもう歳です。用兵なら負けませんが、単騎では、お嬢様が相手でも勝てる自信がありません。ヴァレリーなら創造魔法が使えます。彼ならザイカーの弱点を補える」

「お、お言葉ですが執事長! それは止めた方がよろしいかと!」

 おや? ザイカーが刺客が来たときと同じくらい焦ってるぞ。

「何故だ? お前はヴァレリーと仲がいいだろう? 喜ぶと思っていたのだが」

「彼が気に食わないわけではありません。ただ……彼は……お嬢様と馬が合わない気がします」

「お嬢様とヴァレリーはそもそも禄に話したことがない。むしろこれを気に信頼関係を築かせる良い機会になるはずだ。彼はヴェーデン家を支える柱になる」

「し、しかし……」

「ザイカー・アリンへイル君だったか? 貴族でないダリウスに従うのが屈辱なのはわかるが、ヴェーデン家の家政においては君よりもダリウスが上だ。従い給え」

 お父様ったら、わかっていませんわね~。ザイカーは私に仕えた初日に貴族の誇りどころか人間の尊厳を捨てた男なのですよ。そんなザイカーがダリウスの命令に屈辱など感じるわけがありませんのに……なおさら、わからなくなってしまいましたわ。

「……ご無礼をお詫びします。執事長」

「許す。だが、決定は覆らない。ご主人様、よろしくお願いします」

「わかった。ヴァレリーには伝えておく」

 あら、このままだと、盗み聞きしていたことがバレてしまいますわ。

 こういう時は……。

 俺はドアを叩いた。

「お父様、入ってもよろしいかしら?」

「おお、ミーナか。たった今、話が終わったところだよ」

「そうでしたの。残念ですわ」

「今日は大変だったそうだな。夜更かしをしないでちゃんと休みなさい。何なら一緒に寝てあげてもいいが?」

「結構ですわ。私はもう大人ですもの」

「そうだな。ミーナも大人になった。早く孫の顔が見たいものだ。それではな」

 ……この世界に馴染みすぎたか? 最近、日本語よりもソーザリアス語の方が使いやすく感じるようになってきた。つーか、後二年もすれば、慈眼総司として過ごした人生の方が長くなるんだよな。

「お嬢様、お話があります。お時間を少々いただいてもよろしいでしょうか」

 ダリウスが問いかける。

「ええ、かまいませんわ」

 まあ、ヴァレリーが付くって話しだろうな。

「お父様には申し上げないでいましたが、実は刺客を放った者は貴族と商人以外に、もう一つ可能性があるのです」

「え、話に脈絡がなくて困るのだけど?」

「我々の会話を聞いていたはずです。廊下から足音がしませんでしたよ」

 ダリウスにはバレていたか。っていうか、ザイカーもか。

「それで、もう一つの可能性ですが……大公殿下です」

「大公殿下ですって? ソーザリアスで唯一私を殺す理由がない人物だと思っていたのだけれど?」

「殺しても得をしないという意味では、確かに殺す理由はないでしょうな。しかし、今回の問題は逆です。お嬢様が生きていた時の得が大きすぎるのです」

「……どういうことなの?」

「執事長が言っているのは、継嗣問題ではありませんか? もしも、大公家の誰かがお嬢様と婚姻なされたと仮定した場合、ギヨーム様が身罷みまかられた途端、その人物はヴェーデン家の領有するソーザリアスにおいて最も広大な領地をすべて受け継ぐことになる。そうなれば、次に大公家の家督を継ぎ、当主の資格を得る者が明確になります」

「……でも、どうして私が大公殿下に狙われなきゃならないの? ダリウス?」

「大公家の一族同士がお嬢様を巡って争うのを防ぐためです。お嬢様が一族の誰かと婚姻する前に亡くなれば、ご主人様が身罷られた際の領地は、誰にも相続されずに大公殿下に返還される。そうなれば、継承順位を揺るがす懸念材料が消え、順当に長男

であるエラスム様が王位を継ぐでしょう」

 成る程、狙われる理由は大体わかった。ただ……。

「この話をお父様の前でしなかったのは何故なの?」

「お父様がこの話を聞いた場合、大公に反旗を翻し、王権の復興に乗り出す可能性があるからです」

 何だか凄い話になってきてないか? 

「ヴェーデン公爵家の領地と私兵は、大公家の直轄領と親衛隊よりも遙かに規模が大きく、影響力はもはや同格と言って差し支えないでしょう。あとは諸侯を味方に付ける口実さえあれば、政変を起こせるのです」

「お父様が大公になるんじゃなくて、王権の復活をさせると考えるのには、どんな根拠があってのことなの?」

「ふーむ・・・・・・相変わらずお嬢様は外交の話になると察しが悪いですな。内政や魔法に冠しては専門家が舌を巻く腕前だというのに」

「余計なお世話よ。ダリウス」

 ダリウスは俺が慈眼総司としての記憶を取り戻す前から俺の面倒を見てきた執事だ。多少無礼な物言いをしても許される立場を自負していやがる。まあ、たまには軽口を叩く輩がいた方が落ち着くけどな。

「王位を冠すれば、お嬢様でも家督を継げるようになるのですよ。王位は爵位と違って、女性でも継承可能です。それに、神の使徒より王の地位を授かったと言われるオクトデキュプル・アルゴン王を引き合いに出して、彼を倒したソーザリアス大公家を逆賊として堂々と討ち滅ぼすことが出来るのです。わかりましたか?」

「一応、話は分かったけど、こんな話を聞いて私はどうすればいいのかしら?」

「こういう話もある、程度に記憶に留めれば結構です。この話は可能性の中でも、最も荒唐無稽な話なので」

「執事長がお嬢様に話したのは、実現性の低い仮説であっても、万が一に備えての対応は出来るようにという配慮でしょう」

「ええ、それ以上の意図はないので、安心してください。我々に任せて貰えれば、相手が大公家の刺客であってもお嬢様をお守りします」

 そうか、今ようやく何が言いたいか分かった。ダリウスが言ってるのは最高権力者を敵に回しても、ヴェーデン家を守ってやるっていう決意表明か・・・・・・頼もしいな。

「そう、なら私はもう寝るわ」

「お供いたします」

 ザイカーが付き添って、部屋のドアを開けた。

「私はもうしばらく起きています。おやすみなさいませ、お嬢様」

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