第4話 ミーナの日常

 馬車に揺られて約二時間。俺は『スタートタウン』に着いた。

 いや、六十進数だと二時間四十二分か? この世界は十八進数使ってるから……ああ、暗算してたらこんがらがってきた。インドとかギリシャってマジで偉大だわ。数学をもう少し勉強しとけばよかった。上手くすれば、この世界のラマヌジャンになれたかもしれない。

 このスタートタウンは私が12歳の誕生日に、お父様から頂いた領地。

 スタートタウンという名前は私が付けましたの。わかりやすいでしょう? 私以外の方には意味が解らないでしょうけど。

 お父様は貴族の権威以外の物事にあまり興味を持っていませんので、領地のまつりごとは殆ど領長に任せっきりです。

 各領長が領地の発展に尽くしていればそれでもいいのですが、私の見る限り税を取り立てるだけが仕事であると勘違いしている馬鹿者ばかりですわ。

 なので、このスタートタウンの領主となったからには、私が直々に方策を授け、村を発展させようと思いましたの。

 道路整備、隊商の誘致、特産品開発……これらの方策は僅か4年の歳月で実を結び、スタートタウンは首都と他領地を結ぶ有数の交易中継地点になり、村の総人口は約6倍にまで発展しましたわ。

 現在は村全体の家屋を少しずつ計画的に改装して宿場町にしていますの。

 西洋に近い文化体系を持つソーザリアスで日本式の宿場町がどのように作用するか楽しみですわ。

 まあ日本式といっても、建物は石材で建てる予定なので、見た目は完全に西洋建築と遜色ないのでしょうけど。

 いかん。また脳内言語が……。

 とりあえず、昼飯を食おう。

 交易のおかげでこの村には様々な食材が集まっている。

 使える食材の種類が多ければ、日本生まれの肥えた舌をも唸らせる傑作料理が生まれるに違いない。そう考え、俺は二月前から村中から料理人を募り、新しい料理を創作するように依頼した。本気で美味いと言える料理を作った者には一生涯の免税を約束して。

 そして、今日はその成果を確認する。

 他の建物よりも一足早く突貫工事で完成させた宿屋、その厨房には、二月の間料理の事だけを考えた料理人達が横一列に並び、カウンターには各々が作り上げたであろう料理が置かれている。

 どいつもこいつも自信に満ちた目をしている。これなら美味い飯が食えそうだ。

 そう思い、俺は創作料理を左端から順番に一口づつ食っていった。

 全ての料理を試食した俺は涙を流した。

 自分が、慈眼総司が、今まで食っていた料理とは何だったのかを悟ったのだ。

 料理とは真心で作るものではない。

 ましてや根性で作るものでは決してない。

 人類の英知を結集して作られたものだったのだ。

 食材、調理技術、調理器具、それら全ては人類の文化、科学、産業、の長きに渡る発展、その副産物として獲得したものだ。

 一人の料理人の創意工夫だけが、新たな料理を生み出すのではない。文明の歴史が積み重なり接続されることによって、その料理人を料理人たらしめていたのだ。

 要はこの料理人達には、絶対に俺の舌を満足させることが出来ないと言うことだ。

「駄目ね。貴方達に頼んだのは間違いだったわ。二ヶ月間ご苦労様」

 俺は匙を置いて宿から出ようとした。しかし、料理人たちは納得いかないだろう。

 実際そんな風な顔をしている。何しろ生涯免税が掛かっていたのだから当然だ。

 俺は思い直し、厨房に立つ。

「私が今から簡単にできる料理を作ります。それを食べてもまだ自分の料理の方が美味しいと思うのであれば、一番マシな料理を作っていたと思う者に、免税状を差し上げます」

 俺はヴェーデン家の印を押した、無期限無記名の免税状をザイカーに渡す。

 俺は一人の料理人を指す。

「貴方がこの街一番の料理人よ。名前は?」

「恐縮です、ミーナ様。私の名前はゴードンと申します」

 ゴードンと名乗った男は、複雑な表情をしている。

「ではザイカー、彼が私の料理を食べたら、すぐに免税状を渡しなさい」

「かしこまりました」

 俺は腕を捲り、髪を後ろで止め、水の放出魔法で入念に手を洗って、食材を見る。

 肉や野菜などの種類は豊富で、食材の質自体は悪くない。それでも料理が美味くないのは調理法が、ただ切るか、ただ焼くか、ただ煮るかしか無いせいだろう。

 それを豊富な調味料で誤魔化しているのがこいつらに共通する点だ。

 だから、俺も料理は苦手だが、ゴードンに勝つぐらいなら簡単なのさ。

 俺は金属製の串に適当に切り分けた鶏肉を挿し、塩を振り、炎の放出魔法でじっくり炙った。

 焼き鳥の完成だ。

「え? これだけですか?」

 ゴードンは拍子抜けしたような顔でこちらを見ている。

 そうだ。下味もついていない。俺の世界の動物と最も見た目に遜色のない、まさにそのまんまの鶏肉だ。俺はこの鶏肉を食べても凄く美味しいとは思わないだろう。

 だが、俺は放出する炎を調節して、中までしっかり火を通し、なおかつ外側が焦げないように丁寧に焼いた。

「食べなさい」

 ゴードンの口元は笑っている。これは微笑みではないな。嘲りの笑みだ。ゴードン以外の料理人たちも似たような顔を浮かべているんだろう。

 しかし、ゴードンが焼き鳥を口に入れた瞬間、彼の笑みは消えた。

「さあ、ザイカー。彼に免税状を」

「はい・・・・・・ゴードンさん、どうぞ、ご記名はこちらの欄へ」

「…………」

 ザイカーはゴードンに免税状を差し出したが、彼は受け取ろうとせず、黙々と焼き鳥を一つずつ充分に噛み締めながら食べていた。

 彼の奇行に周囲の人間は驚いていた。

 勿論、俺も驚いている。元の食材が良いとはいえ、ただの焼いた鶏肉だぞ。

 ゴードンは焼き鳥を全て完食し、言い放つ。

「受け取れません。私は貴方に負けています、ミーナ様」

 料理人たちがどよめく。

 俺にとっては、どの料理も塩分の塊でしかなかったが、ゴードンは料理人たちの中では認められていたのだろう。

「これでわかったようね。今日はもう帰りますわ。私の道楽に付き合わせたお詫びとして、二ヶ月分の貴方達の税を免除します。領長には話をつけてあるから、各自申告しなさい」

 俺は宿屋を後にした。

 美味しい料理を作るには大量の調味料を振り掛けて、限界まで焼くか限界まで煮ればいいのだ、この国の人間達は貴族から庶民まで本気でそう思っている。何故なら、食べ物を黒焦げにする程の放出魔法を使えるという証明になるからだ。

 味の追求をも疎かにしてしまう魔法に対する熱意、それがこの国を強国にした。

 これでは、この国の料理を観光資源に使うのは難しい。素直に異国の料理人を誘致した方が良さそうだ。

「お嬢様、この後はいかが致しましょう? 別の場所でお口直しをしますか?」

「いいえ、充分ですわ。少し散歩をしてから、舞踏会へ参りましょう」

「はい、かしこまりました」

 

 俺は今、スタートタウンを発ち、サニア伯爵邸に向かっている。

 二匹の馬が引く四輪の馬車で、優雅に外を眺めて、退屈を凌いでいる。いや、凌げていない。景色は代わり映えしない、岩、森、たまに通る他の馬車くらいしか見れるものはない。今度は野原を花畑にでもしようか。

「ザイカー、面白い話をして」

 俺は耐えきれず、俺と同じように窓の外を見ているザイカーに無茶振りをする。

「…………」

「あら、無視とは無礼ですこと。話が無いなら、変顔でも見せて私を楽しませるくらいのことはしてほしいですわ」

「失礼、嫌な予感がしているもので……」

「嫌な予感?」

「ええ……いや、これは………御者! すぐ手綱を放してこっちに来い!」

「え? そんなことしたら、走れなく……」

「構わん! 早く来い! 死ぬぞ!」

 何事か急に叫びだしたザイカーの剣幕に押され、御者が手綱を離した次の瞬間。

 

 御者の頭のてっぺんから矢が生えた。

「クソッ!」

 御者が射られたのを皮切りに次々と矢の雨が降り注いでくる。ザイカーが御者台側の扉を締めて防ぐ。

 通りかかった馬車が巻き添えを食らい、その馬と御者の体にも突き刺り、馬車が止まった。

「何? 何が起こってるの?」

「刺客です。御者の頭を曲射で撃ち抜く手練は、強盗にはなりません。暗殺か誘拐かはわかりませんが、狙いがお嬢様であることは間違いないでしょう」

 手短に伝えるとザイカーは両腕に付与魔法をかけてから、座席の下から弓と矢束を取り出して外に出る。

 更に出た同時に、先程巻き添えになった馬車に火炎を放つ。

 その馬車から剣を持った男たちが火だるまになって出てきた所を、ザイカーが立て続けに射殺す。

 仲間を殺された御者は死んだふりをやめて御者台から短弓を引っ張り出してから、燃え盛る馬車の後ろに隠れた。

 それを見たザイカーは番えていた矢から鏃を外して右手に持つ。

 自身に刺さっていた矢を抜き取ったのか、御者が矢を番えて飛び出してきた。

 既に見計らっていたザイカーは弓を捨て、鏃を御者目掛けて投げ付ける。

 鏃は見事、御者の首を撃ち抜いた。だが、御者は絶命する前に矢を放っていた。戦いを覗いている俺に真っ直ぐ飛んでくる。

 躱せない。

 俺は二度目の転生を覚悟した。

 だが、矢が窓に当たる直前にザイカーが左手で掴んだ。

「……ご無事ですか? お嬢様」

「え……ええ、貴方こそ大丈夫なの?」

「心配には及びません。それより、馬車を降りてください。すぐに弓騎兵が来ます。壁一枚程度では抜かれます」

 ザイカーの言う通りに馬車を降りて、馬車の後ろに隠れる。途中、何本か矢が飛んできたがザイカーが扉を取り外し、盾代わりにして防いだ。

「この位置であれば、我々の馬車と燃える馬車が邪魔になり、側面以外からは狙われにくくなります。といっても、馬車の死角と違って、残る四騎の弓騎兵は手練です。楽観はできません」

「なら、どうするつもりなの?」

「今は曲射で牽制しているだけですが、いずれ側面に回り込んできます。そこを狙います。ただ、こちらの弓では射程が短すぎて相手になりません。なので、お嬢様にはお手数ですが、創造魔法で長弓を作って欲しいのです」

「かまわないけど、新しい創造魔法は時間が掛かるわ」

「一、二回持ち堪えられる出来であれば構いません……来ます!」

 見ると、馬に乗って鎧を纏って長弓を番えた男が一騎、駆けてきた。

 馬を走らせたまま近づいて、矢を放ってくる。

 扉を盾にして辛うじて防いだ。

 俺は既に長弓の創造に取り掛かっていたが、なかなか完成しない。

 ザイカーは自分の弓を拾い、矢に念動魔法を付与し、放つ。

 だが、弓騎兵はすぐに馬を反転させ、矢が届かない距離まで戻ってしまい、更には馬を後ろに向けたまま矢を放ってくる。

 本当に射程が違いすぎる。このままだと一方的にやられる。

 反対方向からも弓騎兵が回り込んで来ている。

 このままだと両側から挟み撃ちになる、という所で仕上がったぞ。

「ザイカー!」

 俺は長弓を投げ渡す。

 ザイカーは左手で受取り、弓を引き絞る。

 相手もザイカーの得物が変わったことを警戒してか、目一杯後退する。

 弓騎兵が上空目掛けて放とうと弓を上に向けた瞬間、ザイカーが矢を放つ。

 矢は直進し、弓騎兵の頭を落とした。

 それを見て驚いたのか、こっちに迫っていたもう一人の弓騎兵は転進して全速力で離れていく。

「射程の優位が消えた以上、戦いは魔導力の勝負。しかし、奴らは貴族の血筋である私とお嬢様よりもそれが低い。一先ず、今ので諦めるでしょう・・・・・・」

 ザイカーは溜息を吐いて弓を下ろす。

 それを聞いて、緊張の糸が切れてへたり込む。

 それに呼応するように作った弓がザイカーの手元で自壊する。

「敵が見えなくなったら、離した馬を笛で呼び戻します。彼の遺体を捨て置くのは忍びないですが、安全の確保が第一です」

 彼、そう呼ばれたのは御者。全身に矢が刺さっていて、見るも無残な姿。

 御者さん、私は貴方の事を知らない。

 名前も、いつから働いていたのかも、何も知らない。

 だけど、貴方がのんきな人だったって事はよくわかるわ。だって貴方がもっと賢しければ、自分の仕事が命懸けって気付くはずだもの。

 でも、貴方が馬を放してくれたおかげで、私は舞踏会に間に合うわ。ありがとう。

「ザイカー、今度から御者を雇うのはやめましょう……馬車は貴方が運転して」

「……かしこまりました」

 

 

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