第3話 ヴェーデン公爵家
俺が転生していることに気がついたのは、物心がついた五歳の頃だった。
生まれたばかりの頃の記憶は全くないし、物心がつく前までの意識は、寝ぼけている時のように
ウルズは言っていた。
人間が再び人間として転生する可能性は天文学的確率だと。
俺はその天文学的確率を引いたらしい。
今は慈眼総司として生きていた頃の記憶、ウルズとの問答の内容まできっちり思い出せる。
でも、なんで前世の記憶を思い出せるんだろう?
まあ前世の記憶なんか、この世界で思い出しても意味がなさそうだけどな。
「お嬢様、本日の予定について伺ってもよろしいでしょうか?」
黒い燕尾服に身を包んだ長身痩躯の青年、名はザイカー・アリンへイル。
アリンへイル男爵家の三男という、貴族の家系でありながら自家の家政に携わらず、何故かこのヴェーデン公爵家に仕える奇特な執事だ。
「今日は私の領地の様子を見てから、すぐにハニア伯爵邸の晩餐会に赴きますわ」
「では昼食は御領地の方で召し上がりますか?」
「そうね。手配しておいて頂戴」
「かしこまりました」
ザイカーは部屋を出た。
部屋に一人残された俺はベッドに横たわる。
そう、今の俺は貴族の御令嬢『ミーナ・ヴェーデン』だ。
しかも、ギヨーム・ヴェーデンという名の、西洋の爵位で言えば公爵に当たる地位の貴族の一人娘だ。
やった、勝ち組だ!
と喜べたのは慈眼総司の記憶を思い出した瞬間だけだった。
何故なら、お父様……ギヨーム・ヴェーデンが結構な
お父様……ギ、ギヨーム・ヴェーデンはかなりの領地を保有しているわけだが、その領地の税の取り立て方が酷い。
この世界では農耕が主ではなく狩猟と畜産によって食料を調達している。農耕が流行らないのは日が出ている時間が短いせいだろう。
大猟の時は増税、不猟の時は固定。これをずっと繰り返している。
大猟の後に不猟が来ても下げないってことは、実質的に税額が常に上がっているということ。
どうして異議の申立てや、一揆が起きないのか不思議に思ったが、『魔法』を習わせられた八歳の頃、疑問は消えた。
魔法。その生まれ持った圧倒的な力によって、お父様は民に圧政を是とさせた。
手品みたいな不思議な現象を起こす類じゃなくて、ゲーム的なアレな力。
多分、科学的にはこの世界の生物から発せられる観測不可能なエネルギーもしくは波又は光それとも何とか……とかだろう。
とにかく、この世界の人間さえ原理をよくわかってない謎の力。
その魔法って奴は生物であれば、9年くらい生きると自動的に体が使い方を覚えて、手足のように扱える様になるらしい。
実際、
掌の中に、魔法を扱う為の別の手が生えてきたような感覚だった。
それを動かそうとすると、魔力が手のひらに集約されていくのが感じられた。
その感覚はとっても面白くて、私は夢中になっていった。
私は手のひらに集めた魔力を捻ったり、飛ばしてみたり、形を変えてみたり、体に塗ってみたりもしてみました。
そうしたら、お父様が褒めてくださるの。
『四系統の魔法を全て使いこなす才能、やはり我が娘だな』って。
その日から私は嬉しくなって、暇さえあれば魔力をコネて遊んでいましたわ。
遊んでいるうちに、手のひら以外の体でも、魔力を操れるような気がしてきて、試しに指先と唇でやってみたら、本当にできましたの。
お父様に伺ってみたら『それは徐々にミーナの魔導感覚が発達している証拠だ。この歳で上半身にまで魔導感覚が通じているのであれば、さぞ偉大な魔導士になれることだろう』ですって……。
危ない危ない、ただでさえ日常で日本語を話す機会がないのに、頭の中までソーザリアス語の女言葉で話してたら、自分が元は誰だったか忘れちまいそうだ。
何はともあれ、俺は運が良い。
きっとこの世界には、ミーナ・ヴェーデンほど恵まれた生まれの者はいない。
金で買える物は何でも手に入るし、一人娘なので家督をめぐって兄弟と争うこともない。不満と言えば、娯楽の少なさと飯がまずい事ぐらいか。
コンコン
部屋の戸を叩く音が聞こえる。
「私だ」
ギヨームか。
俺としたことが、一番の不満の種を忘れていた。
「どうぞ。お入りになって」
くぐもった咳払いが聞こえてから
「入るぞ。……なんだ、今日もこんな早くから出かけるのか?」
恰幅のいい体と蓄え口ひげ、絵に描いたような貴族のおっさんがそこにいた。
「ええ、領地の視察に」
「やはりか。行くなと言わないが、向こうに泊まるのはいかんぞ。まさか、ハニア伯爵邸での舞踏会のことを忘れたわけではあるまい?」
「大公殿下が訪れる舞踏会ですもの。忘れるわけがありませんわ、お父様」
ヴェーデン家は公爵家、しかも、ソーザリアス国内において最も多くのの領有権を保持している。なので、婚姻することでヴェーデン家が得をする相手は限られる。
このソーザリアス公国を統べるソーザリアス大公家の一族のみだ。
「ならいい。いいか、19を迎えるまでには相手を見つけるのだぞ」
ただ、ギヨームは領有権の損得よりも、嫡男がいない現状が不安なようだ。もしも、自分が死んだら家督を継ぐ者がいなくなってしまい、ヴェーデン家は断絶する。
だから、最悪貴族であれば爵位はどうでもいいから嫡男を生んでくれさえすれば、それでいいらしい。
ちなみに、俺は女なので次期当主にはなれない。
「ところでミーナよ。何故お前はそれほど頻繁に領地の面倒を見に行くのだ?
「お父様に頂いた大切な領地ですもの。血の繋がりのないの者に任せっぱなしなんて我慢できませんわ」
「そうか……」
俺の言葉に絆されたのか、お父様は涙ぐんで言葉を噤んだまま、部屋を出ていく。
これくらい媚びれば、当分は私のやることに文句を言わなくなることでしょう。
16年も共に過ごしていれば、お父様がどのような甘言に弱いかなんて、手に取るようにわかります。
フフフ、私ったら本当に猫を被るのがうまい……。
おっと、猫を被るつもりで心の底まで猫になるところだった。
「失礼します。お嬢様、馬車はいつでも出られます」
ギヨームと変わるようにして、ザイカ―が入ってくる。
「待たせなさい。私は今から支度を始めるの」
「かしこまりました。言いつけておきます」
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