新たなるはじまり

第2話 過去を司る女神

 む、なんだ? ここは?

 気がつくと俺は、何処までも唯々真っ白な空間に立っていた。

「ここは死後の世界」

 どこかから声がすると思ったら、いつの間にか目の前に女がいた。

「貴方は死んだ。だから、ここにいる」

「まあそうだろう。俺は死んだんだろうな。自分でやったことだ。それはわかる。だからこそ、今の状況がわからない」

「何が分からない?」

「俺が存在しているのはどういう原理なんだ? 俺は死ぬ事は無に帰る事だと思っていた。人の意識は脳によって生み出されてるんだからな。脳が止まったら、何も感じず、何も考えられなくなる。つまり無だろ?」

「貴方の肉体は死んだ。だから代わりに、魂が記憶している情報から貴方の肉体を再現し、ここに顕現している」

「魂が? 確か、記憶は海馬が、感情は扁桃体が司ってるんじゃなかったか? 実は今の俺は、生前の俺をそっくりコピーしただけの普通の人間かもしれん?」

「大脳辺緑系の働きのみが人間の意識の全てではない」

 こいつ、宗教みたいな話しかできないわけじゃないのか。つーか、医学に関しては付け焼き刃の俺よりもよっぽど詳しそうだな。

「外部メディアを魂、PCを肉体に置き換えると、外部メディアには意識という実行ファイルが入っていて、すでに起動しているPCにこのメディアを挿入する。脳はこの時OSとしてその意識を再生。これをPC上にインストールして起動するまでが意識の誕生。起動した実行ファイルをPC上でずっと動かし続けることが人生、そして、PCが壊れる瞬間が死」

「ふーん、成る程ね。なら誰がその『俺の肉体』を使ってることになるんだ」

「世界」

 急にスケールがでかくなったな。

「何のために?」

「摂理に理由など無い、そういうもの。そして、世界は動かなくなった貴方の肉体から魂を引き抜き、別の肉体へと移し替える」

「そういうものか。じゃあ、あんたがその世界ってやつで、俺はこれからまた別の誰かの肉体に入れられるのか?」

「私もまた世界から生まれ出づる者でしかない。その肉体が完全に崩壊する頃、世界が貴方の魂を新たな肉体に宿す」

 崩壊? ふと、自分の体を見ると、爪先から段々と、俺の肉体が消えている。

 時間が近づいてるってことか。来世になったら記憶が消えてるのかもしれないが、今、ここにいる俺は慈眼総司だ。聞けるうちにすべて聞きたい。俺ならそう考える。

「あんたが世界じゃないのなら、理由があるはずだ。あんたには俺をここに連れてきた理由が。その理由は何なんだ」

「聞きたいことがあるから」

 その女は今まで全くの無表情で俺に返答してきたこの女だが、ここに来て俺に質問をしてきた。

「何故、死を選んだ? 貴方はあの場にいた十人の命は二の次で、どうすれば自己にとって最良の結果であるかを模索したはず」

「ああ、あんたの言う通り、ドラマチック十人衆の命なんて二の次だった。でも、一がそもそも叶わないなら、二を選ぶだろう?」

「可能性が1%でもあれば、生きることを諦めない。慈眼総司とはそういう者だと思っていた」

「ああ、自分の命がかかってるなら、百人だって殺せる。実際、誰だってそうだろう。でも、あの時は誰を殺しても、俺は救われないって確信した」

「何故?」

「……正直、何も考えていなかった。何となく、勝てない気がした。生き残ったとしても、俺は救われない気がした。何の根拠もなかったが、妙な確信があった」

「単に生きることを諦めただけ?」

「かもな。でも、他人の思い通りに弄ばれるくらいなら、この思い付きに従った方がマシだった」

「用は済んだのか? こっちにはまだ聞きたいことが有るんだ」

 俺の肉体は、もう胴体までしか無い。でも胴体は立っている時の姿勢のまま浮いていて、手も普通に動かせる。テケテケってこんな感じか?

「言っておく。貴方が生まれ変わる先が人間とは限らない。むしろ、生命体の種類と総数を鑑みるに、再び人間として生まれ変わる可能性は天文学的確率」

「だろうな。バクテリアの数とか、半端じゃねえからな。で?」

「なのに、何故それでも貴方は知識を得ようとする?」

「気になったから。死んでいても、これから俺以外の何かになるとしても、今の俺が俺である限り、思うがままに生きるだけだ」

「……概ねわかった」

 もう少しで、俺の首がなくなる。ならこれで終わりか。

「じゃ、最後に、お前の名前はなんだ?」

「……かつて、人間からは女神として扱われていた。。恐らく、貴方もその名を幾つか知っている。その中で、私について最も的確に表した名を名乗ろう」

 口がなくなった。急かせない。お願いだから、耳が消える前に言い終えてくれ。

「ウルズ」

 

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