すべてになろう

@greyroad

第1話 始める前に終わらせよう

 俺の名前は慈眼総司じげん そうじ

 どこにでもいる普通の高校生だ。

 と自分では思っているが、実際、普通の高校生ってなんだろうな。

 学校にいる奴らは、どいつもこいつも俺と同じぐらいのクズか、優等生ばかりで実に個性的だったよ。

 あいつらのことを『普通の高校生』の一言で片付けるのはどうも言葉が足りない気がするぜ。

 まあ、俺達が普通の高校生でいられるのは後一週間だけ、なんだけどな。

 そう、実は卒業するんだ。

 で、今は何をやってるかって言うと、友人と夜遅くまでカラオケで散々歌いまくってな、これから家に帰ろうとしてるところさ。

 大学に入ったら、当分遊ばなくなっちまうだろうから、今のうちに目一杯遊んでおこうと思ってね。今日も楽しかった。明日は誰と遊ぼうかな……ん?

 突如、目の前に現れたのは、全身黒尽くめので、ガスマスクを被った男だった。

 これは怪しいを通り越して、明らかに犯行直前の格好だ。っていうか、俺を狙っている?

 逃げよう。

 俺は振り返って走り去ろうとしたが、すでに似たような格好をした連中に回り込まれていた。どうやら、挟み撃ちにされたようだ。

「誰か! 助けてくれ!」

 俺は大声で叫んだ。カラオケ帰りの喉を限界まで酷使して叫んだ。

 だが、誰かが来る気配はない。黒尽くめの連中が慌てる様子もない。

 こいつら、この辺一体に誰も来ないように工作してやがる。

 くっそ、こうなったら一か八か、後ろから迫ってくるやつをすり抜けて逃げる!

 俺はもう一度後ろを振り向いた。

 その途中で一瞬だけチラリと見えた。

 俺の真横に、塀から飛び降りてくるもう一人の黒尽くめの男が、何か鈍器のようなものを振りかぶっているのを。

 そこで俺の意識は途切れた。

 


 気がつくと、俺は椅子に縛り付けられていた。

 辺りを見回すと、同じ格好でに座らされている人が十人いるが、全員眠っている。

 試しに隣で寝ている男の耳元で叫んでみたが、全く起きる気配がない。

 多分、薬品か何かで強制的に眠らされてるんだろう。

 

『おはよう、総司くん』

 どこからか、機械的な音声が流れてきた。

「……今は朝なのか?」

 罵声を浴びせたかったが、こらえて、尋ねる。

『え、いきなり質問かい?……そうだ、朝だよ』

 返事をした、ってことは録音じゃなさそうだ。

『そんなことより、この状況に驚かないのかな? あんまりにも君が落ち着きすぎてるものだから、逆にこっちが驚かされちゃったよ」

 こいつ、本音は全くの平常心で、ただ俺を煽ってやがる。

 だが、この状況でやるべきことは、建設的な質問で情報と時間を稼ぐことだ。

「あんたは誰だ?」

『ゲームマスターだよ』

 クッソがっ! まさかとは思ったが、そのまさかかよ!

 内容はわからんが、命がけのゲームをここにいる連中でやらせるつもりなんだろう。だが、ここは察しが悪いふりをして時間を稼ぐ。

「ゲームマスター? 何の? つーか、なんで俺はここに連れてこられたんだ?」

『それも含めて、今からまとめて説明するから黙って聞きなよ』

 チッ、まとめて分かりやすく説明してくれるのは、普段だったら有り難いが、今に限っては都合が悪い。ここは、ゲームに関係がありそうでその実何の意味もない憶測を語って引き延ばすか? いやダメだ。これは他の参加者が起きていて初めて成立する尺稼ぎ、相手が主催者側一人じゃ、YESかNOだけで会話が終わる。

 それに、分かりきったことしか聞かない奴だと思われたら、肝心な質問まであしらわれるかもしれん。

 仕方ない。ここは一先ず、黙って聞こう。

『君も含めて、今ここいる十一人の方々には、ちょっとしたゲームをしてもらうために集まって貰ったんだ。ルールは簡単。ぐっすり眠っていた十一人の中に、実は一人だけ早く起きた人がいてね。その早起きさんが誰だったのかを十時間以内に当てて欲しいんだ」

 一人だけ……って言ってるな? ハッ、これが文字通りの意味だとしたら簡単なんてレベルじゃないな。

『ちなみに、その早起きさんには珍しい日課があるんだ。毎朝起きてすぐに歯を磨くように、その早起きさんは、毎朝起きてすぐに、寝ている人を殺すんだ。十時間以内に早起きさんをどうにかしないと、早起きさんはいつも通り日課を続けるだろうね』

 ……おい、待てよ。

『といっても、君にはもうわかってると思うけど、その早起きさんていうのは君のことさ。君には今から、毎朝の日課であるをやってもらうんだ』

 


 この一瞬、俺は沈黙した。


 元々話は黙って聞いていたが、それを理解した瞬間に限っては、思考中の心の声までもが、完全に沈黙していた。

 よりにもよって、犯人側だと……!

『今から弾が一発だけ入った拳銃をそっちに送るから、それが届いてから三十分以内に誰かを撃ち殺して』

『……銃が届いたとしても、縛られた状態では撃てないぞ』

 バァン!

 俺の頭上から銃声が響く。

 見上げると、天井から拳銃が降ってきた。

 上にいる何者かが、この銃で俺の縄を撃ち抜いたようだ。

『言っとくけど、もしも君が三十分以内に誰も殺さなかった場合は、代わりに別の人に早起きさんになってもらって、君を殺してもらうだけだからね』

 最悪の気分だ。

 せめて被害者側であれば、誰も殺さずに、元の日常に戻れたかもしれないのに。

 だが、その言葉に戸惑い、状況に流され、ただ言われるがままに従うようであれば、判断能力まで最悪になる。

 だから、考えよう。

 奴に一泡吹かせる方法を。

 俺は拳銃を拾い、デコッキングして薬室内の弾を確認する。

 32口径ACP弾だろうか? 銃がP230だから多分そうだろう。

 もっと威力の有る弾なら天井を貫通させて、上にいる人間を狙えたか……いや、ホローポイントだ。これでは壁に当たった途端に弾頭が砕ける。

 やはり……俺が生き残るためには誰かを殺すしか無いのか?

「質問がある」

『はいはい。何かな総司くん?』

「ここにいる11人はどういう基準で集められたんだ?」

『ここにいる人たちは、皆それぞれ過去に壮絶な悲劇に見舞われたことがあるんだ。家族を殺人鬼に皆殺しにされた人、恋人が無二の親友だと思っていた人に殺された人それと、今やってるみたいな殺人ゲームに何度も参加させられてる人とかね。だからちょっとおかしい人が多くてね、凄く非合理的な行動を取ることが多いんだ。でも、君だけは違う。この中で総司くん君だけは、何の悲しい過去もなく、順風満帆で幸せな人生を送ってきた常識人だ。だから、君を早起きさんに指名した』

「成る程。ドラマチック十人衆VS早起き常識人って構図なわけだ」

『ただ、僕にはもう君が常識人だとは思えないけどね。まあ、これはこれで面白そうだからいいかな』

 俺以外は一般人ではないようだ。

 人命が関わる事件に巻き込まれた者達が目の前に十人。

 逆に言えば、俺だけは替えがきく。俺が誰も殺さなかったとしてもまた他所からテキトーに攫ってくれば同じ状況が成立する。

 そして、もし奴の思惑通りにこの中の誰かを殺すとすれば……。

 殺人ゲームに何度も参加しているとかいう奴を引き当てるのが最善だろう。

 何度も、と言うくらいだ。相当場数を踏んでいるに違いない。犯人側としては一刻も早く排除すべき脅威の存在だ。

『さて、もう残り十分くらいだけど、もう誰を撃つかか決めたかい?』

「最後に幾つか確認させてくれ。お前は嘘をつくか?』

『僕は嘘はつかない。そうでないと、ゲームマスター失格だ。隠し事は有るけどね』

「お前はゲームに干渉するか?」

『しないよ。したらゲームマスター失格だろ?』

「この茶番は何のためにやってるんだ?」

『それは教えられない。ただ、お金のためではないね』

 こいつ、妙にゲームを誇示してるな。何かあるのかもしれんが、時間がない。

「なら、すべての黒幕は今オレと話してるお前か、ゲームマスター?」

「……違うよ」

 ……やはり、ある程度の規模がある組織ってことか。

 だとすれば、俺の手には負えないだろう。

 一か八か、俺を殺しに来た人間を殺しても次が来るだけだ。

 ルールに則って行動するしか無い。

 俺は拳銃の弾倉に弾を装填し、銃をコッキングする。

『まだ時間があるけど、もう撃っちゃうんだ?』

 俺は銃を床に置き、服の左袖を歯で食いちぎる。

『え、何をして……』

 さらに左手首に歯を突き立てる。肉が裂けるまでな。

 そして、歯を動かして、傷を広げ、文字を刻んだ。

オレハ ジサツ シタ ハンニンハ オレ

 食いちぎった袖を布巾にして、血を拭い、文字の出来栄えを確認する。

 満足のいく出来だ。丁寧に間まで開けてやったんだ。読み間違いなんかしたらブチ切れるぞドラマチック十人衆。

『その文字は……ダイイングメッセージかい?』

「そうだ……! 例えゲームがつまらねえ終わり方をするからと言っても……証拠を捏造したりなんかしねえよなあ……ゲームマスターさんよォ!」

 俺は……銃を握る。

 ……願わくば、生き延びた人がもう悲劇に見舞われない人生を送ることができますように。

 そして、銃を顎の下に押し付けて引き金を引いた。

 

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