桜の塩漬けとスミレの砂糖漬け~元女騎士のメイド奮闘物語~

モネノアサ

第1話

「ブルータスさま! 一目ぼれしました! どうぞわたくしと結婚してください!」


 彼の目の前にスミレの花束を差し出す。


「お断りする」


 即答でした。

 それは十五の春。桜は散った。


 目と鼻から怒涛どとうの如く流れる大量の塩気を含んだ洪水は十秒も続いた。 

 私の鼻に可憐な桜の花びらが入り込み、盛大に「ブハァックショーン」とくしゃみをしたために流れた涙なんだ、これは。決して失恋で流れた涙ではない。


 私は次の行動へ移るべく、両手と両ひざを地面につけたorzな姿からすくっと立ち上がりきびすを返した。  

 後ろでは私の最愛のお方がお口をあんぐりされてたようだけど、知ったことか。

 私は忙しいのだ。





 マリーは十七歳。名は体を表すとは誰が言った名言なのか。

 平凡すぎる名のように、マリーの仕事はメイドだ。

 この国で女性ができる仕事なんて多くはない。

 それも、とりあえず貴族の端の端に引っかかっている身としてはメイドが一番身近な職業である。


 男爵という身分にある父親だが、それは父親一代限り。父が死ねばマリーは貴族の娘ですらなくなる。

 だから、早く嫁に行けと言われてはいるのだが、そこには貴族へ、金持ちへ嫁げという副音声がついている。


 貴族の底辺にいるマリーは特別美少女というわけでもないし、潤沢な持参金があるわけではない。

 親より自分の立場をよく自覚している分、出すぎた望みは抱いていない。……はずだった。


――マクシミリアン公爵に出会うまでは。


 そして十五だったマリーは人生を誤った。

 近衛女性騎士への道を急きょメイドに変更。

 メイド育成学園に入ったことを父母が知ったころには時すでに遅し。

 準男爵だった祖父、そして父が武で功績をあげてようやく手に入れた爵位だが、その武に特化した遺伝子はマリーに受け継がれた。末端貴族としては異例ともいえる、女騎士として近衛兵を目指せるほどの腕前だった。


 ぎゃあぎゃぁわめかれたが、「公爵家に仕え、ゆくゆくは嫁いで見せましょう!」と拳を突き上げたら、父は「よくやった」とまだ何もしていないのに、何やらやったことになっていて、私は笑顔で見送られた。……ま、いっか。

 一年後晴れてメイドになり、紆余曲折を経て何とかマクシミリアン公爵家へメイドとしてもぐりこむことに成功する。



 最初はハウスメイドになるつもりだった。だが、誰でもなれるハウスメイドはすでにいたし、誰かが辞めても後釜に入りたいと言う人材にはあふれていたようで、公爵家に何の伝手も持たないマリーは無理だと結論付ける。

 あきらめは普段早いのだ。

 武と恋、以外は。


 体力もあったからランドリーメイドまたはキッチンメイドになろうかと思ったが、キッチンメイドになるにはまずスカラリーメイドを経なければならなかった。これらは主にこの国では平民の仕事として知られていたから、平民の仕事をとるのもためらわれ、却下した。

 パーラーメイドは容姿端麗でないと成れないから、これは検討することもなかった。


 結果残ったのが、『スティルルームメイド』。

 スティルルームメイドというのは、お茶やお菓子の貯蔵・管理をし、自らお菓子を専門として焼いたりと、パティシエのような仕事もする。

 一代貴族令嬢のマリーはメイドというのはメイド・オブ・オール・ワークしか知らなかった。家には全てを一手にするメイドしかいなかったから。

 ところが、さすが公爵家。メイド長がいるのは当たり前として、まさか専門にメイド職が分かれているとは思ってもいなかった。

 それだけ多くの人が働く職場だからこそ、彼の家で働くことができるようになったとも言えるのだが。

 

 マリーは女性騎士を目指していたように、体を動かすことは好きだし、体力もある。ただし、繊細なところは少し苦手としていた。

 だが、味音痴ではなかった。何とか学校で教わるお菓子はマスターできるようになった。だからこそ卒業もできたのだが。

 しかし、すぐに雇われることはなく、下働きのようなことを別の貴族家でしながら、機会をずっと狙っており、この初春ようやくスティルルームメイドとして公爵家に雇われた。

 

 マリーはメイドのお仕着せを「さすが公爵家はお仕着せから違うのね!」と感動しながら着ていた。

 デザインがまず可愛い。生地もしっかりした作りで、ペラペラなんてことはない。春夏用と秋冬用の二種類かと思ったら、季節ごとに揃えてあり、メイドの身分などによってデザインが少しずつ違う。

 春用の爽やかなグリーンと白を基調としたお仕着せに身を包み、エプロンを装着すると、メイド長へ挨拶に向かう。

 メイド長は「マリーだったわね。去年までは二人もマリーがいたけど、今はいないの」そう言いながら、他のメイドに紹介してくれた。


 キッチンは男性の職場で怒声が飛び交うのではないかと少し恐れていたが、前の侯爵家とは違い、社交をほとんどしないこの家では時間に追われて大量の食事を準備することもあまりないらしい。

 コックやメイドたちと仲良くなりながら、仕事を覚えていった。

 公爵家には公爵ただ一人で、他の家族はいない。

 たまに大叔母様というかたが来ることはあるらしいが、三十一になる公爵は独身貴族だ。


 ただ、家が大きい。大きすぎる。庭園もそうだが、広大すぎて迷子になる使用人が出るほどだ。

 メイドが多いのも頷ける。庭師も五名だかいるはずだ。

 広すぎるのはマリーにとってはいいことだ。


「走り込みができる。毎日五キロ走ってから仕事を始めよう」


 騎士見習いをしていたときのくせが抜けないマリーだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る