第7話

 嫌な感覚というのがある。

 誰かの視線だとか、殺気だとかそういう類のものだ。背中がぞわぞわする感覚。

 それをここ数日感じるのだ。

 この公爵家で。

 

 私は夜の見回りを開始することにした。体力作りにももってこいだ。

 感じる場所は、公爵の執務室がある付近の裏庭辺りと、サーキュラー階段のあるホール。他は前庭園のうち、屋敷に近いところ、特に木々が生い茂っているあたりか。

 夏に生い茂った葉をせん定するように先日公爵が庭師に話しているのを聞いた。だが、庭も広い。すぐに全てをせん定することもできないだろう。


 夜になり、私は運動しやすく闇に溶ける色の服装に着替える。黒装束のようで、あまり人に見られたくないが、夜の庭だ。外灯はあるが、うすぼんやりとしているし、夜も更けた時間には誰もいない。

 私は屋敷をのぞきみやすい場所が見える、太めのしっかりとした木の上に登り、そこで運動をする。

 ストレッチングから、ぶら下がっての懸垂などだ。手袋は必須だな。


 足を枝にかけ、逆さ吊り腹筋をしているときだ。

 何かが気になり、その引っかかった方を注視する。

 現れたのは黒ずくめの衣装の男らしい。顔を隠しているから定かではないが、骨格からいって、少し小さめの男だろう。動きは素早く音をたてずに移動している。


 まさか初日からヒットするとは思ってなかったが、こういうのは勘がものをいう。いや、数日感じていたんだから今日も現れただけか?

 その男は屋敷内を伺っているようだ。

 視線の先は公爵の部屋。

 どうみても怪しい。私は気持ちを落ち着かせると、弾みをつけ一回転して、地面に飛び降りる。

 ちっ、さすがに気づかれたか。逃げる影。

 だが、私は飛び降りざま空中で投げナイフを放っておいた。距離があるのが惜しいが。


「曲者だーっ!!」


 そして放つ咆哮。

 人も練習すれば、咆哮もどきの声が出せる。これは親譲りではあるのだが。


 短剣はどうやら外れたか、急所には命中しなかったらしい。

 男はびくっと肩は揺れたものの、速さは落ちない。

 私も逃げる方向を封じるように、駆け出す。

 男は方向を変えて庭の奥の方へ向かった。

 あのバカ、バラ園に行くなよ、と思いつつも、逃すわけにはいかないので、私も後を追う。屋敷の方からざわざわと声がするから、応援に駆けつけてくれるだろう。


 この庭はたぶん私のほうが詳しい。

 この半年、走り込みや走る・跳ぶ・登るの組み合わせ運動であるパルクールをして過ごした庭園だ。


 先回りをして、男の足を引っかける。だが、さらりとかわされ、飛び上がった男に反撃される。

 タガーで何とか防いだ。剣が火花を散らし、男は上に弾かれ、マリーは横に弾かれた。

 弾かれざま、片手を地面につけて木を左足で蹴り、その反動で彼に飛びかかるように足蹴りをお見舞いすると、男から「ぅぐっ」というくぐもった声がもれる。


 どうやら先ほどのナイフはかすってはいたらしい。鉄のような血の匂いをマリーは捉えていた。

 そうでなければ、男は余裕でかわしていただろう。

 タガーを構えるが、相手の構えをみて刺客だろうと感じたから。

 これは逃せない。そう思うが……。


 護衛たちの足音を男も聞き取ったのだろう、男は構えながらも走り出す。

 走り出す足元の前方に魔力を打ち込む。

 私は男が走りだすことを予測して魔力をためていた。詠唱は先回りをしたときに。

 ぼんっと言う音と男がバランスを崩すのはほぼ同時に見えた。

 そこにざっと駆け寄ると短剣で彼の剣を手から弾く。


「そこまでだっ!」


 駆けつけたのは護衛とそれに少し遅れてマクシミリアン公爵と執事たち。

 男はほぼ抵抗することも敵わず捕らえられ、肩で息をする私に公爵より「ご苦労だった」と声がかかる。


「口枷をして、地下牢へ連れていけ。私は後で行く」

「はっ!」


 護衛たち二人が黒装束の男を連れていく。尋問が始まるのだろう。

 トビアスはやはり護衛も兼ねた執事か。筋肉の付き方や動作が執事よりは護衛と言った感じを受けていたが、あたりだったようだ。もう一人の執事もまた護衛を兼ねているんだろう。

 執事が多すぎるはずだ。

 指示した公爵は私に向きなおる。


「ところで、メイドがこんな夜分に何をしていたのかね? 朝早く庭で遊んでいるとは報告を受けてはいたが?」

「遊びではなく、お菓子をおいしく作るための体力作りです」

「お菓子作りのために、ね。あの刺客を捕らえる腕前を持っているようだが、それにしてもこんな夜にまで、出歩くのは感心しないよ」

「騎士を目指しておりましたから」

「それは知っているが、危ないと言っているんだ」

「助けに来てくれましたし」

「……はぁ。もう、いい。早く着替えて寝なさい。髪も服もぼさぼさで傷だらけだが、治療はどうする?」


 そこで自分の姿に思い当たる。好きな人の前でしていい恰好ではない。決して。


 うぎゃぁ! 私は声にならない声をあげると、羞恥のあまり駆け出していた。 

 

 部屋へ戻り鏡を見て、見なければ良かったと後悔した。

 女性としてどうなのか。

 バラ園は短い距離しか通り過ぎなかったが、そこでできたであろう擦り傷と地面に手をついたときなどにできたであろう切り傷と土や泥で、全身が迷彩模様になっている。顔にまで。

 髪は言われたようにぼさぼさで小枝や葉っぱの飾りがさらにボロボロな様子に拍車をかけている。

 

 傷は大したことないと思ったのに、シャワーを浴びる時、ぎゃぁぎゃぁと声が出てしまう。気が張っているときは気にならなくても、どうしてこう一息つくと痛さが増すのか分からない。

 恥ずかしさも増して、冷水を頭にかぶりながら落ち着かせる深夜の時間となったのだった。

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