第3話
月曜。戦いの時はきた。
私は特製「スミレの砂糖漬け」の瓶を小脇に大事に抱え、メイド長と公爵の元へ向かう。今日は料理長は休暇でいないから。
「落とす前にトレーカートにのせなさい」
「苦心の策なのです」
「苦心の作と言われても、ただのスミレの砂糖漬けでしょう?」
「そうです。あのリベット二世もこよなく愛されたと言う、スミレの砂糖漬けです!」
さくの字が違うけどな。
公爵がいらっしゃる執務室のドアを三回ノックし、返事を待って扉を開ける。
護衛が一人扉前にいるが、有事のときの対応のため、私たちに扉を開けてくれることはない。
重厚すぎる扉は高さも三メートルはあるだろう。
暖炉がバラとリボンの大理石マントルピースで無駄に豪華だ。乙女は喜ぶのだろうが。
メイド長が尋ねる。
「今日はスミレの砂糖漬けを準備しました。飲み物は紅茶とショコラショーどちらになさいますか?」
「冷たい紅茶で。砂糖は入れるなよ」
「心得てございます」
私は準備をして給仕する。
ショコラショーなら、中にスミレの砂糖漬けを入れるが、紅茶なら別に出す。
レースの縁取りも美しい皿に入れてお出しした。
公爵がスミレの砂糖漬けを口に入れた。
次の瞬間「ぶほぅっ」と盛大に噴出した。
やったね。策戦成功。
一瞬固まったメイド長はすぐさまナプキンをもち駆け寄ろうとする。
だが、こうなることを知っていた私の方が早い。
「公爵さま、大丈夫ですか? すぐお拭きいたしますね」
「このスミレはなぜしょっぱい⁉ 塩の塊だぞ!」
「んまぁ! 私としたことが、ごめんあそばせ。手違いでスミレの塩漬けをお持ちしてしまったようですわ」
「……おまえ、どこかで会ったことないか?」
私のへんちくりんな言葉遣いもスルーですが、よくぞ聞いてくれました!
「この国には春の味わいに対する言葉がありますの。『桜の塩漬け、スミレの砂糖漬け』。わたくしたちの出会いもそんな麗らかな春の如しでありましたわね」
「誰だ、おまえ」
「一介のメイドです。この春に雇われた」
苦り切った顔の侯爵。そりゃそうだろう。文章としておかしいどころか、何の脈絡もなければ、いきなりの花から出会いへと匂わせられても困るってもんだ。どうせ二年前のことなんて覚えてないだろうし。
その横ではメイド長がハラハラしてる。
「……先週の菓子を準備したのはおまえだったな? 今度からお前がきちんと味見して出せ」
「承知いたしました」
私はそこまで言うと一歩下がる。
出会いにはまるっとスルーだけど、怒られなかった。
上出来だ。インパクトは超えた。
「別なものをお持ちいたしましょうか?」
「いや、いい」
メイド長にそう答えると公爵はソファー席から立ちあがり執務に戻る。
私はメイド長にこってりとしぼられたが、「出会いは二年も前ですの」と答えたら、ため息と共に解放された。
火曜、紅茶のシフォンケーキを焼いた。
甘さ控えめで、料理長の笑顔をゲットした一品。
大きめのお皿に一切れのせ、生クリームとアイスクリーム、そして果物をあしらう。
公爵はペロリと平らげ、「もう一切れいただこう」初めてその場での甘味のおかわりをご所望された。
嬉しそうに料理長が私を見る。
「ございません」
料理長に代わり、私がきっぱりと答える。
料理長は大きな目をくわぁっと見開いているが、落ちないように気を付けてほしい。おっさんの目玉を素手で受け止める自信はない。
「なぜだ?」
「試食したからです」
「……今食べた一切れ以外全部か? 料理人たちで味見をしたということか?」
「いえ、料理長が少し毒見をされ、他は私が試食させていただきました」
「一切れ残してあとは全部食っただと⁉」
「そうなりますね」
しれっと答えたら、雷が落ちた。
「そんなにお気に召したのでしたらすぐにお作りしましょうか?」
「いい、疲れた」
勝手に雷なんぞ落とすから疲れるんだ。
この場合、比喩でなく、本当に小さな雷が庭に落ちたんだけど。
無詠唱で雷を落とせるなんて公爵くらいじゃないだろうか。
さすが宮廷筆頭魔術師なだけある。
第二外務卿でありながら、魔法の腕にすぐれた公爵は二つの職位をお持ちなのだ。
すでにインパクトは十分であることを悟った。雷までいただく程なのだ。
明日は普通にチーズとバジルのクッキーにでもしようと思う。
そんな楽しい日常を送っていたら、事件は、大事件は起こった。
大叔母の知人というご令嬢が屋敷に乗り込んできたのだ! 公爵夫人という座を狙って。
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