第2話

 公爵家のメイドとなってから三カ月後、前任のスティルルームメイドとの引継ぎも終わり、彼女も辞めたことで、公爵が口にするスィーツを作る許可を得た。


 公爵家のお菓子の材料は最高級品を各地から集めて使用している。

 公爵自身が食べられるのだから、当たり前だが、果物一つ一つも粒がそろった甘みもたっぷりな物を仕入れる。

 小麦粉はきめの細かいものを領地以外から取り寄せたりもする。


 五月のとある月曜日の午後。


 公爵さまは甘さ控えめやお酒入り、チョコならダークがお好み。

 無難にあまーいパンケーキにする。わざと。

 甘くないパンケーキにベーコンなどを挟んだものは朝食で出ることがあるけれど、ふわっふわの生地に甘いパンケーキはこの国では知られていない。

 厚さ三センチで、どやっ! それを二枚重ね。

 銀食器よりは陶磁のお皿のほうが温かい感じが出るので、陶磁のお皿を選び、ミントなどでアクセント。

 だが、やっぱりメインはさらに甘さたっぷりになるように、蜂蜜とメープルシロップをダブルでかけた。

 しめしめと笑っていたら、「こんなに甘くしてどうする!」とお腹たっぷりの料理長からダメ出しをくらった。

 しまった。味見はされるんだ。いそいそと奥の手を出す。


「公爵さまのパンケーキには三種のベリーと砂糖を入れていない生クリームをかけるつもりでした。こちらはどうでしょう?」

「……これなら悪くない。ふわふわの生地が新触感だな。お気に召されるかは分からないが、出してみよう」

 

 こうして、初のご挨拶に料理長と向かった。

 紅茶をお出しする。ストレートかたまにミルクをご所望されることもあるらしい。


「旦那さま、こちらが三カ月前に入った新人でスティルルームメイドのマリーと申します」


 目で合図されるので、後ろに控えていたところから一歩進んでカーテシーで挨拶をする。


「マリー・クロムウェルと申します。末永くよろしくお願いします」


 公爵はこちらを一瞥いちべつもしたかしていないか分からない視線を向けた後、手をひらっとふる。分かったって合図ですか。 

 お屋敷の中でもきちんと光沢の美しいドビークロス・シャツにウエストコートを着用している。ただ、さすがにタイはしていないが。

 一瞥もされてないのに、切れ長の目は魅惑的すぎるし、指が長いからか、ひらっと振っても、なぜか品を感じる。背筋がピンと伸びた姿勢は文句なく恰好いい。

 思わずガン見してしまう自分の顔を手でそっと横に向けた。 


「もう少し生地が甘くなければいい」


 生地の厚さとかには感動してくれないわけですか。極秘レシピとしてようやく手に入れたものだったのですけど。

 今の私に必要なのは、インパクト!

 次の機会を狙いましょう。 


 一度失敗したからと言って、めげてはクロムウェルの名がすたる。まだ二代目だけど。なんちゃって姓だ。そういえば、父が死んだら名字は残るのかな? 元スミスだった姓を爵位をもらったと同時に得た姓だ。姓もお金を出せば買うことができる時代。廃るほどのものでもなかったな、と思いつつ厨房へ戻った。

 


 次の日はセサミクッキーとジンジャークッキーを焼いた。

 うん、普通すぎるけど。

 ところが、これはお気に召したらしい。

 次はもう少し大目に作って、瓶に入れて置いておくようにと言われた。

 ドライフルーツを各種お酒で漬けていたものを使ってブランデーフルーツケーキもこの日焼いた。これは後日出す。

 


 翌日のナッツ入り栄養満点シリアルバーは、味も満点だと言われた。

 私のほうは見ないままだけど。


 

 それならと木曜日は大人のお味でせまってみる。

 ワイン入りビターな生チョコ。

 一瞬目が見開かれた気がした。

 だが、こちらに視線はよこさない。

 


 ブランデーフルーツケーキを出す日がやってきた。

 口に入れられた後、香りを楽しんでおられるのだろうか。

 目を閉じてしまわれた……。

 

 ちっ、相手は手ごわい。

 マリーという名前にインパクトがないんだから、味のインパクトで私のほうを向いてくれたらいいのだけど、まだまだらしい。

 月曜から金曜までが公爵へのお菓子作り、および給仕をさせてもらえる。

 土曜は半日だけ賄い用の大衆菓子作りの日だ。


 今週の敗北は決定した。

 くっ、修行が足りない! 腹筋と腕立て伏せ百回ずつ追加だ!

 公爵に近づくため、どこか明々後日の方向で頑張るマリーであった。

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