第4話

 私が初めてくだんのご令嬢を見たのは、お菓子を公爵にお持ちした時だった。


「私、紅茶はアールグレイが好きなの。ミルクたっぷり入れてね」


 少し全体的に派手だけど、可愛らしい方だなと思った。

 だが、それもほんの少しの事。


「公爵さまぁ、リリアンがぁ食べさせてあげますわ」

「いや、自分で食べれるから結構」


 鼻にかかったようなピンク色の声音は何を言っているのか一瞬理解ができなかった。

 私が丹精込めて作ったダークチョコケーキを公爵の手から取り上げ、フォークで大きくとりわけると、それを公爵の口元に差し出した。


 自分で食べれると言われた公爵の口元にずいっとケーキを入れようとする。

 後ろに顔を引かれたけれど、口元に少しケーキが付いてしまった。


「まぁ、私としたことが。ごめんなさいね」


 そう言って、手で公爵の口元をすぅっとなぞると、上目遣いに公爵を見ながら赤い舌を出してペロッと舐めた。その姿は女の私が見てもハッとする程妖艶だった。


 私は目をそらして給仕に没頭するように努力したが、その後もピンク色の声がきゃきゃきゃと耳についていた。

 いつも短く感じる給仕の時間は、二人が一緒の時、数倍は長く感じるようになっていた。


 


「聞いたぁ? あのメス猫、どこぞの侯爵の娘なんですってー」

「リリアンさまのこと?」

「この屋敷にはその猫しかいないわよ、マリー」


 マリーの方が猫らしい名前だなとは思うが。

 メイドたちはわいわいとおしゃべりをする。休憩時間はおしゃべりの場となる。


「今までたくさんの見合い写真とか釣書とか送られてきても、そのまま焼却炉へ直行だったのにねー」


 カレンがいう。名前の通り、見た目は可憐なのだが、たまに毒舌になる。メス猫扱いもそれのうち。


「大叔母様の知り合いだからって客室に泊まってるうえに、うちらにはもうこの屋敷の女主人のように振る舞うんだから、嫌になるよ」

「そうそう、インテリアからカトラリーまで口出しするってどうよ?」


 ベスが顔をしかめて言うと、フローラが少し興奮気味にのっかる。


「たしか『初夏になるのに、まだ春の装いですの? 早く初夏の物に切り替えてちょーだい。私はバラが好きなの。バラの柄の布地を持ってきなさい』だったぁ?」


 リリアン猫の物まね付きで手を腰に当てカレンが言うと、その場は笑いの渦になる。


「やっぱりリリアンさまも、公爵に一目ぼれしたのかな?」

「えー、それはないんじゃない? あの眼光で見られたら怖いもの」

「背も高すぎるし、優秀すぎてうちらには合う気がしないね」


 カレンとベスがその話す内容をぶった切った。

 あれ? 恰好いいと思うのは私だけ?

 あの長身だからこそ似合うフロックコートにウエストコート。そしてシルクハット。手袋までつけても嫌味じゃなくまさにその姿は紳士。

 ベスは背が低いほうだから、確かにいつも見上げないといけないなら辛いだろうけど。


「整った顔はしてるけどね、あの鋭すぎる目はないわ。まぁ、公爵という名と財産はおいしいけど、高すぎる壁を登る気にはならないね」

「そうなの? 私は狙うけどな。高いほうが燃えるし」

「マリーって公爵夫人の座を狙ってたの⁉」

「いや、私が狙っているのは公爵自身」

「それとさっきのとどう違うの? まさか愛人の座⁉」

「いや、それはない。愛人なんて器じゃない」

「うん、愛人は無理だね」


 うんうんと頷く同僚たち。


「そこ、否定していいんだよ? むしろ全力で否定しようよ?」  

「まぁまぁ。マリーは公爵自身が好きってことね?」

「それ以外何が?」

「マリーらしいかぁー」


 同僚たちは苦笑いする。

 好きだからこの屋敷に乗り込んできたんだ。猪突猛進ちょとつもうしん型すぎると言われながらも。

 あれ? 乗り込んできたのはメス猫も同じ? それも同じ動物繋がりかい!

 どうせなら猫のほうが可愛くていいんだけどな。


「あのメス猫よりはマリーの方がいいね」

「うん、ましだね」


 ましレベル確定しました。


「じゃぁ、追い出す?」


 にやにやと笑う皆さん、怖いですよ?

 こうして当事者の私は逃げることもできず、メス猫追い出し作戦、もといリリアン追い出し作戦を決行することとなったのです。


 何をするか?

 ちょっとしたイタズラですね。

 普通のお嬢様は虫とか嫌がるそうでして。

 平気な私が虫取りをして、それを彼女たちがばらまいて置く。 


 ただ、虫も生きている命。害虫とされる虫ならどうせ駆除されるからいいかな? とか迷っているうちに、メイドたちはメス猫から相当意地悪されていたらしい。

 おまけにジミーというメイドたちに一番人気の庭師や執事たちにもモーションかけてるってことで、同僚たちは怒り心頭。

 ただの噂の可能性もあると思っていたけど、執事とキスしているところを目撃してしまった。すぐ隠れたけど。


 リリアンさまって可愛いけどバカなの?

 同じ屋敷の中なのに、何やってるの?

 ばれたらどうするんだろう、そう思っていたら、カレンに言われた。


「マリーはバカねぇ。愛のない結婚なんて貴族なら当たり前じゃない。政略結婚なんてその最もたるものでしょ? だからお互い浮気をして知らんふりしてる夫婦なんてざらよ?」


 バカは私だったようです。人をバカ扱いしてごめんなさい。

 

「フローラは歴史ある家のご令嬢だったの?」

「あら、我が家を知っているの? そうよ。建国から名を連ねているんだから我が家の歴史は長いの」

「ずっと子爵でなければ、なお良かったのにねぇ」

「カレンっ!」


 ペロっと舌を出すカレン。 

 落ちずに貴族を維持してきただけでもすごいけどな。

 我が家は父が貴族に上がったが、兄の時にはまた落ちるから。準男爵は平民扱いなのだ。


 まぁ、そんなこんなで虫たちはどっこいしょとリリアンのベッドや湯船に居座ったのでございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る