第5話
よくよく考えたらですよ。いや、よく考えなくてもだけど。
リリアンさまがそんな虫ごときで出ていく理由もなかったけれど、公爵に言いつけるということを失念していた。
「公爵さまぁ、この屋敷のメイドたちが私に意地悪をするんですぅ」
リリアンは泣いて
メイドは続けた。
「マリーが虫を集めたことがばれてる。公爵が呼んでいるから早く執務室に行って」
「どうしてばれた?」
「そんなのマリーしか庭で遊ばないし。庭師がマリーは害虫をとってくれるって話しをしてたらしいよ」
いや、遊んではいない。私がしていたのは訓練だ。
そうは思ったが、呼ばれている事実がショックで言葉もない。
私はすごすごと執務室に向かう。
執務室にはショッキングピンクの派手なドレスを着たリリアンが白べっ甲の羽扇子を広げてデーンと鎮座していた。違った、我が物顔で公爵さまの後ろで顔を隠していたけど、嫌な笑みを浮かべているだろうことは分かった。
すでにリリアンの部屋を任されていたカレン、フローラ、ベスはその場にいて、青い顔をして俯いている。
あ、詰んだな。そう確信した瞬間だった。
「あなたがマリーね! 私に嫌がらせをした黒幕なんでしょう⁉」
リリアンがキンキンと叫び、隣の彼女が連れてきた侍女も「きっとそうですわ。
太くないよ? これは筋肉。と一人ごちる。
その騒がしい二人を手で制して公爵が尋ねる。
「君が最近虫を捕っていると庭師たちの証言があった。実行犯は君か?」
「実行犯というのは先ほど私を呼びに来たメイドが言っていた虫を使っての嫌がらせ、という事でしょうか?」
おまえから君扱いに昇進した? この雰囲気でもそこが気になるけど、とりあえず、言い逃れる方法を考えるための時間稼ぎで尋ねてみた。
チッチッチッチッチッチーン
……愚案すら出ない。絶体絶命か。
「虫をベッドに置いたり、浴槽に浮かべたりといったことだそうだ」
「わたくしはリリアンさまがどこのお部屋にお泊りなのかすら知りませんが」
「んまっ! だから、黒幕って言ったのよ! あなたがこの三人にさせたんでしょう? すでに彼女たちは吐いたんだから、正直に言いなさい! 正直に言ったら、この屋敷を首にするだけで済ませてあげるわっ」
キンキンと耳に響くな。
首? 誰が決めるって? ふーん、そうか。
「正直に答えます」
私がそういうと、リリアンは勝ち誇ったようににやりと口の端をあげた。
私は一息つき、話す。
「リリアンさまについて直接見て知ってることは、執事のトビアスと抱き合ってキスしていたことです。他には好きな紅茶はアールグレイと――」
「そんなこと、聞いてないわよ!!」
真っ赤になって怒っているようだ。ぎゃぁぎゃぁと煩いな。
ふんっ、死なばもろ共と言う言葉があるのを知らないのか?
「君、そういうのはいいよ。君が彼女たちに虫を置くように指示したのか?」
「ご主人さま、虫を捕って渡したのはわたくしで間違いございません。全ては私の一存。どうぞ彼女たちには寛容な情状酌量をお願いいたします」
公爵の問いに背筋を伸ばし、私はゆっくり、はっきりと答えた。
「そうか。分かった。君たちはもういい。部屋で今日は待機しているように」
私たち四人は部屋の外に出された。
「マリー……」
「ごめん。うちら公爵の目が怖くてちゃんと言えなかったから誤解された」
「なぜマリーの一存と言ったの?」
「あー、何だろ、あの時の気分?」
私は彼女たちにそう答えるとにっこり笑って続けた。
「言いつけられたんだから、こっちも歯に歯を告げ口には告げ口を! できたからいいよ。さぁ、今日は休みをもらえたね。私はゆっくりレシピでも考えるよ」
三人にはそう言ったものの、部屋へ戻ると、私は壁に背を当ててずるずると座り込んだ。
自分に誹があるとき、好きな人の目は怖い。それでなくても彼の目つきは鋭いらしいから。魅惑的としか思わなかったけど、今日は公爵の目を見て話すとき、足が震えそうになるのを踏ん張って堪えた。
好きだから怖いのか、怖い目つきだからなのかは分からないけど、さすがに心が折れそうだ。
この部屋ともお別れかな。そう思いながら見上げ見渡す。
早かったな。
次の作戦は……
…………
思い浮かばない。
気力も案も出ないけど、ため息だけはいっぱい出る。少し休もう。
私は息をゆっくり吐きながら瞼を閉じた。
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