第9話 フローラside
昼食中、いきなりマリーが立ち上がったかと思うと、「リンドウ家を確かめる」と言い放ち、ずんずん歩いて行ったと思ったら、壁に激突して鼻血出してぶっ倒れた。ちゃんと完食してたけど。
何やってるの?
「バカなの?」
カレンが言ってたけど、私もそう思うわ。
確かめてどうするの? 何かあったとしても、それで変わるだろうか。
リンドウ家は侯爵家だ。この公爵家ともつり合いはとれる。
きっと、マクシミリアン公爵の婚約話を聞いたことで、ショックなんだろうけど、マリーは男爵家の娘。それも一代限りの爵位と聞いている。
準男爵に戻ったら、それはもう貴族ではないから。そんな彼女が公爵夫人となるのはかなり大変だと思う。
マリーは騎士見習いをしていたと言う通り、体力もあるし、お菓子作りも上手だが、そんなのは貴族界ではあまり役に立たない。体力があるのは舞踏会では自分は楽だろうけど、それだけ。なにより、あの猪突猛進な性格が公爵夫人として社交界で通じるとは思えない。
公爵を初めて好きになった時点で、公爵は二十九歳だったとか。それならもっと早く近づく方法を考えそうなものなのに、いくら自分が当時一五歳でも、メイドになるために二年もかかるとか回り道しすぎだ。愛人タイプでもないし。
賢さの反対を地で行くマリー。
ただ、面白そうとは思う。
あの冷徹な公爵に、何かと行動がおかしいマリー。それに――
私は見たの。
マリーの作るお菓子をおいしそうに食べる公爵の姿を。
微笑んでいた。それは衝撃。
あの、鉄仮面のようだとも噂される公爵が、微笑んでいる!
思わず横目で二度見してしまったわよ!
三度見ができなかったのは、もう素に戻られてたから。
マリーが公爵に苦笑されるのも見たわ。
それに、料理長の話が嘘でないのなら、雷を落としたそうじゃないの!
マリーのお菓子を食べれないからって、あの公爵が雷を落とすなんて、どう考えてもおかしい。
喜怒哀楽をほとんど出さないあの公爵がねぇ。
面白そうな匂いがぷんぷんするわね。
だから、子爵令嬢の私、フローラさまが調べてあげることにしたの。
歴史だけは長い家だから、伝手は結構あるのよね。
「待ってなさい。詳しい情報を集めてあげるから」
それから四日後、なぜか財務情報まで入っているけど、私には必要もないものだし、彼女にそのまま渡した。
そして、一番聞きたいであろう、リンドウ家の令嬢のことを話そうとしたら渡された書類を見ながらマリーが言う。
「フローラの家は諜報活動されてるの?」
「そんなわけないでしょ! ちょっと詳しい程度よ。た、たまたま手に入ったのよ」
お給金がいいだけで公爵家で働いていることを不憫に思う、末っ子の私に甘い兄たちが渡してくれたのは、宮廷で手に入れた領の納税とうの写し。
侍女はこの国では「お嬢さま」と他のメイドから言われる。実は侍女として雇われたのだが、この屋敷には使える女主人もお嬢様もいない。だからメイドのような感じになってしまっているうえに、本来ならあるはずの出会いもない。ま、執事とかはいるけど。
マリーは目を見開き驚いたように、報告書などを見ているが、内容が分かるのだろうか?
脳筋でないといいけど……
「リンドウ家というのは魔石が採れる鉱山を持っているのね」
「そうらしいわよ。この国で唯一のね」
「唯一なの? 他は魔物からしか取れないなら貴重だね」
「そうよ。だから金持ちなんじゃない」
「でも、ここ数年はかなり収穫量が減ってるよ」
「そうなの? あら、おかしいわね。あそこの家は羽振りがいいことで有名だし、最近はさらに目立っていたはずだわ」
「他の収益は……領地からと特産品もあまりないようだけど」
ペラペラとめくりながら、マリーは聞いてくるのだが、あのわけの分からない収支報告書やらが分かるの⁉ それも一目でそこまで把握できるものなの?
そういえば、マリーの母方の家は商会って言ってたかしら。
マリーの脳は筋肉だけではなかったようね。
「私もよくは知らないわよ。でも、羽振りがいいのは確かね。そうそう、この間のリリアンの領地と最近仲もいいみたい。あそこは隣のハバーツ国と隣接してるから顔は広いのよね」
「そういえば、リリアンさまが白べっ甲の羽扇子を使っていたのを見たけど、あれはハバーツ国の特産品よね?」
「まぁ! 白べっ甲と言えば最高級品じゃないの! いいわねぇ。隣接してるから安く手に入るのかしら。それでも金貨何十枚はするでしょうけど」
「そんなに高いの⁉」
「あら、そうよ。普通、未婚のご令嬢が使えるものじゃないわよ」
私のお給金の一年分にはなるかしら。
なんて羨ましい。
「それより! マリーはアグスティナ嬢のことを知りたいのではなくて? ちゃんとお姉さまたちから情報は得て来たわよ。と言っても、まぁ聞いてた通りよ。可愛らしくて皆から人気があるらしいわ。プレゼントもよくくれるらしいからそのせいじゃないのって姉は言ってたけど」
「プレゼント?」
「異国の物をよくお持ちらしいわよ。螺鈿細工の髪飾りとかこちらでは珍しいでしょう? 他には存星だったかしら、
「そんなものは贈り物にするには高級すぎない?」
「高すぎるってことでしょう? もちろんよ。でも、彼女は総象牙の扇子や血赤珊瑚の飾りとか使っているらしいから」
「深海竜宮城の珊瑚ね。全て外国のかぁ」
「竜宮城はおとぎ話の中だけ。さっきからアグスティナについてはなぜ聞かないのよ! 可愛いって話なんだから!」
「ごめん。で、彼女はどんな方なの?」
「それがね、一番上の姉は人を見る目があるっていうか、感が鋭いほうなんだけど、その姉が言うには何を考えているか、分からない笑顔が薄気味悪いそうなのよ。変でしょう?」
「一般では可愛いと言われているけど、実際はどうか分からないと?」
「ま、一度しか会ったことないそうだし、本当かは分からないわよ」
ようやくアグスティナの話をできた。
まったく、関心があるのはアグスティナでしょうに、なぜ領地のほうに目が行くのかしら。
それに領地で何か不正とかあったとしても、それでどうにかなるのかしら。
昨日見た公爵とアグスティナの様子では無難に対応されていたけど、似顔絵を見て気に入ったから婚約の話になったのでしょうし。
実際、私が見たアグスティナは楚々とした感じで奇麗だったのよね。
マリーも実はそんなに作りは悪くない。髪も顔も手入れをすればそれなりに見えるだろうに、彼女の努力はそっちには向かわない。
桜色の可愛らしいぷっくりした唇はちゃんと手入れすればいいのに、訓練でたまに荒れている。手もそうだし。勿体ないとは思うけど、もう少しこのまま静観するつもり。いつ奇麗になるかしら。さなぎが蝶になれるかは彼女次第なのか、それとも誰かの手が必要なのかは私には分からない。
前途多難だろうなと思うのだけど、真剣に報告書を見ているマリーにはさすがにそれは言えないフローラであった。
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