第10話

 今日のお菓子はマカロン。

 卵白と砂糖、アーモンドパウダーで作る甘いお菓子。

 甘いのがお嫌いなマクシミリアン公爵にお出しするお菓子でないのは明白。

 婚約することになったリンドウ侯爵家の令嬢が来るから、そのためのお菓子。

 五種類の色とりどりのマカロンを準備した。

 一つだけ、甘さ控えめのカフェ味にしたが公爵に伝える気はない。


 昼食も一緒に過ごされているはずだ。

 私は一度息を吐ききり、マカロンをタワーにしていく。花やリボンで飾り付けをして、可愛さと華やかさをだす。

 それにしても――


 私が作るマカロンタワーの頂上に婚約指輪を飾らなくてもいいだろうに。

 最近、お菓子に婚約指輪を飾って渡すのが、女性に喜ばれているらしい。行き過ぎてケーキの中に隠して、飲み込んだ女性がいたらしく、隠すのはなくなったらしいが、ケーキの飾りのようにしてディナーの後に渡したりするらしい。

 平民から始まった風習だったはずなんだけどな。

 わざわざマクシミリアン公爵がしないといけないことなんだろうか。


 私は前もって渡されていた指輪ケースを横目で見てしまい、すぐに顔を上にあげ、目を閉じる。

 これを運んで行くのが私じゃないだけましだ。

 私はぎゅっと口を閉じると、最後の仕上げにかかった。


 

 フローラが提供してくれた情報には、不正を疑えるものがすぐに目についた。でも、私でもすぐに気づけるということは、すでに調べは入っているということ。

 それでも、一応どうしてリンドウ家と婚約するのか知りたくて聞いてみた。


「家格も合うし、彼女は社交界でも眉目秀麗と名高い。悪い縁談じゃないだろう?」

「それがリンドウ家でも?」

「問題か?」

「不正をしているかもしれない家でもですか? ましてや命を狙――」

「そこまでだ。君は口が軽いのかね? 口の軽いものはこの家には要らない。出て行きたまえ」


 私はその場を退散した。エプロンの裾をぎゅっと握りながら。


 出て行けと言われても、公爵の命が危ないかもしれないのに、出て行くことなんてできるだろうか。安全だと分かるまではここにいたい。

 私は出てきた扉を振り返って見据え、決意をしたはずだった。


 そう、まだ数日しか経ってない。


 でも――


 指輪を見るだけでも、心がひきつれそうなのに、二人の結婚後までここにいることができるだろうか。

 もし、本当に不正があるとしたら、第二外務卿の公爵が気づいてないわけがないのだ。

 外交官たちの上司にあたる、外務卿。

 私でもすぐに推論できるのは、魔石の発掘量を国に少なく報告し、それを外国に流してしまう事。税金もかからず大金が手に入るだろう。

 だが、貴重な魔石を外国に流すのは大罪に値する。

 そもそも、公爵が命を狙われたのは、不正の事実を公爵が掴みそうだったからではないのかと思う。


 ところが、公爵は婚約を受け入れた。

 リンドウ侯爵家にとっては幸いだろう。だが、用心もしているはずだ。

 侍女たちが不穏な動きをしないか、気を付けるだけでもしよう。

 私は出そうになる涙を堪えて、黙々と仕事をしていた。



 ご婚約は恙なく行われ――


 ――なかった。


 へ?

 私がそのことを知ったのは次の日。 

 婚約が行われたと思っていた次の日、急激な展開を見せて、事態は収拾した。


 とり潰しになったのは、リリアンの家であるボールドウィン侯爵家。

 リンドウ家は一部領地の没収と罰金に、五年監視が付くことになった。 


 ことの始まりは、釣書に紛れいていたアグスティナ・リンドウ侯爵令嬢からの暗号文。そこにはリンドウ家の告発も含む、ボールドウィン家にリンドウ家が弱みを握られているから助けてほしいという内容が綴られていた。

 リンドウ家は十数年まえから領地の経営が思わしくなかった。それを補てんするために行ったのが、国内での魔石の横流しだった。

 それを数年前にボールドウィン家に知られてしまい、脅されることになる。ボールドウィン家が隣接する隣国へ魔石を大量に流出させることになってしまった。

 最近はボールドウィン家は交易もしていたから、その収益をあげるために外国の品物を現物支給と言う形で、一部の支払いをし始めたと言う。

 現物で外国の製品を渡されて、仕方なくそれを使うことで、目立つのはリンドウ家。令嬢のアグスティナも気づく程、必要ないという外国の高級品を使えと父親から渡される。


 公爵家への見合いを申し込む釣書に暗号文を紛れ込ませたのは、マクシミリアン公爵の噂をリリアンを通して公爵の大叔母と知りあい、聞いていたから。

 アグスティナは、公爵の大叔母が「公爵は冷徹に見えるけれど、実際には情もある人格者だ」と話していたのを覚えていた。



「アグスティナさまは先見の明がおありなのですね」

「おまえは全然ないがな」


 刺客を捕まえた私に本当のことを教えてやろうと呼びだされたのは、その捕まえた庭園のガセボ。


 私が感心してそう言うと、なぜかまたおまえ呼びで言われる。

 おかしい。出て行けと言われたときは君だったのに、またおまえに格下げだ。だが、理由はあった。

 刺客のことはもちろん知っていて、わざと泳がせていたのを私が出しゃばってしまったことで、捕まえるしかなくなったのだとか。


「えへへ」

「その締まらない顔をどうにかしろ」


 笑ってごまかそうとしたら、怒られた。


「では、あの刺客がリンドウ家から送れたというのは、嘘だったのですか?」

「ボールドウィン家に油断してもらうためにな。単純なおまえはその後、リンドウ家を大々的に調査してくれただろう?」


 ニヤリと微笑む顔に黒いオーラが見える。


「でも、それはご主人さまがリンドウ家のご令嬢とご婚約されるというから調べたのですが? その前にも少しは動いてましたけど」

「リンドウ家との婚約することにしたのはリンドウ家と話し合いをするためだ。それに、さすがにリンドウ家と結婚するのに、不正を暴くとは思わないだろう。油断させるためだ」

「策略家ですね」


 思わずジト目になる。全然気づかなかった。

 いいように使われていたなんて。

 婚約指輪まで準備していたし、ましてやそれを私に飾らせるなんて、意地悪すぎる。

 次の日捕まえるのに、そこまで必要だったの?


「そのままアグスティナ嬢と結婚した方が良かったか?」

 

 私の顎をくぃっと持ち上げて顔を寄せる公爵。

 え? 何? びっくりして硬直する私の顔を見てぶはっと吹き出すと手を放し言う。


「林檎より真っ赤だな。おまえには褒美にこれをやるよ」


 手渡されたのはあの指輪ケース?

 まさか、私に婚約指輪を?

 震えそうになる手でそっとケースを開ける。

 どうか空でありませんように! ナムナム 

 そこにあったのは、虹色に光る魔石の指輪。


「わぁ! 奇麗!」

「令嬢なら『まぁ、奇麗ですこと』と言うべきだな。まったく」


 ため息をつく公爵。


「これを本当に頂いてもいいのですか? 魔石の指輪なんて高価ですよね?」

「要らないなら、返してもらってもいいんだが?」

「要ります! とっても要ります! ついでにこれが婚約指輪だったら、もっと嬉しいかなぁとか思ってですね……」


 私は精一杯上目遣いで言ってみる。

 指輪をくれるって、もしかして、公爵も私のことを?


「ただの礼だ。貰いものだしな、アグスティナ嬢からの。魔石があれば、少しはあの下手な魔法もましになるだろう? これからも護衛も頑張れよ」


 貰いものかいっ


 下手な魔法と言われても、雷を落とせるなんて公爵ぐらいなんだから。

 そういえば、私が子供の時、告白して速攻振ったあの男の子も公爵と同じ真っ黒でサラサラの髪だった。花の指輪をくれたから、「私も好き」って言ったらなぜか「断る」って言われたんだよね……。


 確か名前はルー――そこに低音ボイスが耳たぶに触れる。触れる?


「サイズは合うか?」


 え? ち、近いですよ、公爵!


「だ、大丈夫だと思いますけど……あれ? は、入りませんね。あはは」


 無理してはめようとするけど、入らない! 

 ワタワタと焦るけど、最近パルクールのやりすぎで、指が太った?

 公爵は焦る私の手をとり、薬指第二関節に引っかかっている指輪をとると、その切れ長の眼差しで私を釘付けにし、何もはまっていない薬指に――


――口づけをして言った。


「サイズ直しをするから一週間待て」


 そして後ろも見ずに庭園から立ち去った。

 私は、その場に立ちすくし――


 次の日の朝までたちすくし、秋風に一晩吹かれた私は、子供の時以来引いたことのない風邪を引いたのだった。ぶへっくしょん

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