第七話「私は引越し業者」


 家を出た私達は最寄りのバス停まで何も話さなかった。



「もう、声を出していいよ」

 彼はそう言うと煙草を取り出し、一本くわえた。


「……私、死んじゃってたんですね」


「五年前だから、赤宮あかみあさんが高校の時だね」


「その五年間の記憶や出来事って……なんだったんですか?」


 私には現実のように感じていた世界がそこにあった。


 高校受験もした。高校生活もあったはずだ。大学のキャンパスも友達と行ったし、大学受験もしたよ。


 オカルト研究の胡散臭いサークルにも入ったし。





「赤宮さんの借りているアパートに行ってみようか」

「怖いです。何もなかったら。自分がなんなのか……」


「安心して。道中でちゃんと説明するから」


 今にも泣きそうな声で答える私を彼は励ますように笑顔で言った。






 粕谷かすやさんの説明では私の五年間は本当にあった現実だという。


 昔から私を知る者、家族とか友達、教師等は私と会った時だけ、私が死ななかった世界の記憶で接する。その場から私が居なくなった瞬間に、思い出せない夢のように忘れる。つまり、私が死んだ世界へ記憶が繋がる。違和感など無く日常を送るという。


 でも今からは違う。私自身が自分の死を理解したので、この魔法のような現象は起きないそうだ。


 そもそも、この魔法が解けた原因は私を殺した人が死んだ事だという。あのサークルで飲み会をしている時間。私が金縛りにあった時間。まさにあの瞬間だ。犯人が死んだらしい。


 粕谷さんは警察の知人に電話し、その情報を得たと言っていた。


 事務所でかけていた電話の事だ。


 どうやら、その犯人は通り魔連続殺人の容疑者としてマークされていたらしい。


 昨夜、あの時間に逮捕状を持った警官に立てつき、逃走中にトラックに衝突。死亡したとの事。


 みんな今日中には私のことを認識しなくなるようだ。



 私が死んだ世界。つまり現実の記憶で生活をする。





 今、私がしなくてはならない事。


 私が残したアパートの私物を回収しないと、私は地縛霊としての法則が成立してしまうらしい。


 他人から見て。例えばアパートの大家さんからすれば、私が使っていた部屋に私物が残っていたら不信に思うだろう。だって大家さんの記憶には私はもういない。だけど現実には生活感のある私物が残っている。ちぐはぐした違和感が大きい程良くないらしい。不気味な出来事と強く印象付けてしまうと、それらに取り憑いてしまうという。


 だから、生きている人は死者との関係を納得する為に葬式やら埋葬やらの伝統が残ると彼は言っていた。


「でも私の高校生活は実家にいたんですよ。私物も沢山あると思います」


「家族ほど長い時間を過ごしていれば、そこまで問題ないだろう。本人の都合がいいように記憶が改竄されるよ」


 私の使っていた食器とか靴と衣服とか、思い出で取ってある等のよくある理由で自己完結するという。


 まだまだ疑問は残るがアパートには私物は存在した。


 いそいそと引っ越しの準備をするように急かされた。


「えっとー。どこに引っ越すんですか?」


「しばらくは私の事務所の二階だね」


 ほえー。私が死んだって納得して終わりじゃないのか。



 彼は携帯電話で知人に引っ越し用のトラックを頼んだ。


 私が知る限り彼が持っている二つ目のデジタル機器だ。





 すぐにトラックと大柄な男がやって来た。


 筋肉隆々で坊主頭の男は江田えだと名乗った。見た目に反して礼儀正しい。


 彼は荷物を軽々と運んだ。冷蔵庫は小さい物を使っているが片手で持ち上げるところを目撃した私はちょっと引いた。絶対に怒らせないようにしようと心に誓う。


 ものの数分で綺麗サッパリした部屋。一人暮らしを始めて一年経ってないので無駄な物は非常に少ない。


 そう言えば、ここ五年間。誰も遊びに来てもらってなかったと思い出す。無意識に呼ばなかったのかな。


 急に虚しくなる。自分は何を欲し、何の為に存在していたのか。



 暗い顔でもしていたのだろう。粕谷さんが頭をポンと撫でこう言った。


「さ、行こうか。理解して始まった新しい世界へ」


 私はもう死んでいるらしいのに感情はある。しかも沢山の感情だ。生きている時と寸分変わらない感情の数。


 知ってしまった事で、また新たな感情が生まれ、過去の感情は薄れていく。


 生きてるって何だろう。


 とても死者が考える内容ではない。そう思うと、なんだか可笑しかった。



「あれ。決まらなかったかなー。やっぱ新世界の方が良かったかなー」


「いいえ、違うんです。私バカだなーって思っただけです」


 やっと笑顔で話せたと思う。作り笑いは得意だったのに今日は一度も出来なかった。きっと死んだような目をしていたんだろうな。だから私は……。また可笑しくなってきた。




「お二人さん。イチャイチャしてないで行きやすぜ」

 バカみたいに大柄な男が私達を呼ぶ。


 おやつの時間。人気のない住宅街。私達は彼の事務所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る