第五話「私は迷い人」

 私は今までの経緯を話した。


 昨日の飲み会で金縛りになったところから、時間感覚がおかしくなったこと。次の日の朝になると皆、自分の存在を覚えていないこと。



 粕谷かすやさんは、ソファの上で丸くなっている猫を撫でながら聞いている。


 目を瞑り必要最低限の相槌を打ち、私の話に耳を傾けた。


 粕谷さんに電話するところまで話終えると私は押し黙った。彼はゆっくり目を開け猫に問いかける。



「どう思う?」

 猫はガラガラな声を上げるだけだった。気にせず彼は猫に言葉を投げかける。


「ふむ。私と同じ傾向にあると思ったが、原因はなんだろうか」




「あの~。金縛りの時、粕谷さん。私に起きてること。気付いてました?」

「ん? あぁ。気付いた気付いた。声をかけたら解けたろ?」


「私、あの飲み会の記憶が変なんです。五時間もの時間。自分が何をしていたか憶えてないんです」

「ニコニコと話ししてたよ。受け応えもしてた」


「普通に話してたんですか?」

「サークルメンバーにはそう見えていたと思うがね」


 じゃぁ、粕谷さんにはどう見えていたのだ。





赤宮あかみあさんの情報が欲しい。出身地、小学校、中学、高校。あと実家の住所」


 彼は私にメモ用紙と万年筆を差し出した。


 万年筆を使うなんて初めてだったが、とても書きやすい。それとも用紙のせいだろうか。吸い込まれるような感じで、言われた内容を書いた。


 粕谷さんはメモ用紙を確認し、それを持って紙媒体が山盛りの机に向かった。


「ちょっと探し物をする。赤宮さんはゆっくりコーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせてくれ。大丈夫。今回のような事例は処理したことがある」


 私は不安であったとは思うが不思議と取り乱すことなく、自分でも奇妙なほど落ち着いていた。こんな奇怪なことが起きているのに。


「これも心霊現象なんでしょうか?」

 しばらく考え。彼はこちらを見ずに言った。


「まさに霊そのものが起こしている事象だね」

 そう言うと黙々と引き出しを漁る。






 十分ぐらい経っただろうか。


 彼は手に何か持っているが、小さくてよく見えない。

 すぐに内ポケットに入れてしまい、結局なんだったか分からなかった。


 今度は部屋に似合わないノートPCを膝の上に乗せ、何やらしている。


 へー、デジタル機器もあるんだと私は少し驚いた。


 その作業も数十分使い、パンっとノートPCを閉じた。

 それから黒電話に手を掛け、ダイヤルを回している。誰かに電話をしているようだ。



「そうか。その時間で間違いないね。わかった。その報告は夕方にして欲しい。ありがとう。これで貸しはチャラにしておこうか。また何かあったら相談にのるよ。はは。まぁ、そう言うな。では時間が惜しいので失礼するよ」



 次に彼は私の実家に行こうと言い出した。





 ……家族が取り合ってくれるとは思えない。


 それでも、ちゃんと確認したい事があるらしい。

 もしかして私の顔を見たら、すべて思い出すかもしれない。


 私はそう考える。


 希望的な感情かもしれないけど、そう思った。

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