第六話「私はなんでしょう」
電車で揺られ二時間、市バスで三十分。
住宅街へと景色が変わる。
平日で小学校もまだ終わっていない午後の時間帯は少し静かだ。
陽が当る場所は暖かいが、空気は秋から冬へと移り変わるのが実感できる冷たさだ。もう冬は目の前なのだろう。
私を先頭に自宅へ向かう。彼は辺りを伺う事もなく、世間話をしていた。
それは世間話であるのだが、世界経済がどーとか。名前も聞いたことのない国の大統領がどーだとか、紛争問題とか、どっかの大企業が新しい部門に進出したとか。私からすれば世間話とは程遠い。
そう大学の授業に出ている感じだ。
終始笑顔で他人事のように、話してはたまに意見を求める。
それらしい答えを言うと、それが本心?といった具合に会話を弾ませるのだ。
懇切丁寧に会話してくれるので、意味がわからないとはならないが、今の状況で話すことなのか?と思う。
彼のおしゃべりが止まった。
目的の場所に着いたことを悟ったようだ。
一軒家の表札には「
彼の笑顔が消える。目を細め彼は言った。
「君は何も話してはならない。あと、これを渡しておく」
拳を私の前に伸ばし、指を開いた。手のひらには小さな鈴。小指の第一関節ぐらいの鈴だ。それを受け取り。
「粕谷さんにすべて任せました」と抑揚のない声を出す。
彼は笑顔を見せてからインターフォンを押した。
備え付けられているスピーカーから、聞き覚えのある母の声が聞こえた。
陽気で明るい声。それが酷く懐かしい。
「警視庁捜査一課の渡辺と言います。五年前の事件についてお話がありあす。お時間よろしいですか?」
はい?!
いきなり警察を名乗った
確かに見ようによっては、見えるかもしれない。だけど完全に犯罪の領域だ。身分詐称の上に警察を名乗るのは大問題だ。
母は扉を開け、あっさりと玄関に通してしまった。
チョロ過ぎるよ!お母さん!と心の中で叫ぶ。
粕谷さんは内ポケットから偽物の警察手帳を見せ、丁寧に偽名で挨拶した。
母は私を一瞥もしない。粕谷さんが口を開いた。
「本題の前に線香をあげてもいいですか?」
粕谷さんはとても優しい声で言った。
居間に通され、私は自分の仏壇を見る事になる。
粕谷さんは母に話すように。でも、それとなく私に言っているであろう話し方をした。
「五年前の事件。私が初めて捜査に加わった事件でした。今日の訪問は私の独断でありまして、正式な報告は後日あると思います。昨夜、娘さんを殺害した通り魔が捕まりました」
母はその言葉を聞くと号泣した。
声を必死に抑える。両手で口元を抑え、目からボロボロと涙を流す。母は嗚咽の中、今朝の話をした。
娘を名乗る者から電話があったと、その時は酷い嫌がらせと思い、怒りが込み上げてきたという。
あぁ。お母さん……本当に怒ってたのか。
そんなに短気な性格じゃないのにって思ってたよ。
セールスの電話も断りきれずに長々と話しちゃう性格だもんね。
そっか。ごめんね……。
お母さん。
母は仏壇の方を見てた。
「早苗……」
そうか、最初から私が見えていないんだ。
声を掛けたいよ。
「ありがとう」とか「ごめんね」とか。
私は粕谷さんの方を見る。彼は静かに首を横に降った。
すごく悲しそうな顔をしていた。
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