第四話「私は……」
大学の友人。サークルメンバー。教師はもちろん実家の親。
誰一人として私の事を覚えていない。
私は大学へ行くため上京して、一人暮らしをしている。
異変に気付き家族に電話してみたのだ。勿論、家の電話だ。携帯番号など覚えてないし、私は携帯電話を持っていない。
イタズラ電話のように扱われ、挙げ句の果てには「うちは娘はいません」と母に言われたのは少し効いた。
明るくて能天気なお母さんが、怒るとは珍しいものだ。ここは割り切る。
そんなに家族仲悪くないんだけどな。やっぱ高校時代にバイトで貯金して、勝手に一人暮らし始めたのがマズかったかな。いやいや、問題はそこではなく一人暮らしを始めて三年間一度も帰省してない方が怒る原因か。でも数ヶ月に一度は生存報告してるわけだし。うーん。更年期入ってカリカリしてるのかな……。
違う違う。大学の友人やサークルメンバーも私を知らない素振りを見せる。
これは……
あーあ。
残された最後の手段。そして異変に気付いた時に最初に浮かんだ手段でもある。最後までとっておいたのは足掻いてみたかったから。それだけの理由だった。
あれやこれやと無駄足掻きしたので、時刻は昼過ぎだった。
貰った名刺を確認する。
粕谷さんの事務所は意外と近く、電車と徒歩を合わせても一時間掛からなかった。しかも事務所は駅のすぐ近く。そこで電話すれば良いと自分を言い聞かせる。ついさっき実家に電話をした時のショックが少し残っていて、受話器を再び手にする事を無意識に避けている。電車に揺られながら、そう思った。
駅に着いてから公衆電話を探す。簡単に発見出来たものの、やはり気乗りしない。そもそも、電話で連絡しなくてはいけない訳ではない。直接でも構わないはず……。
ロータリーを徒歩で抜け、五分程で目的地に着いた。
公衆電話が事務所玄関の脇に設置されている。今時、公衆電話が備えられているとは珍しい。見てくれも、やはり古いデザインでダイヤルも回すタイプだ。錆びれた自動販売機に並んで置いてあるので遠目から見なければ違和感はなかった。
事務所と思われる建物も外観は古く木造。周りのビルや商店街と比べると違和感しかない。この場所だけが歴史から置いて行かれたように感じた。
その雰囲気に呑まれたのか、古木戸の扉を開くのに臆したのか。
やっぱり、連絡入れよう……。
私は骨董品のような受話器を手にする。十円玉を一枚入れ、名刺に書いてある番号を丁寧に回した。
呼び出し音が響く。そして……
「……はい。粕谷探偵事務所です」
粕谷さんの声。やはりその声色には感情はなかった。
「こんにちは、昨晩名刺を頂いた
「やっぱり起きちゃった?」
私の声を聞いた彼の声色は感情が篭っていた。
「はい。頂いた名刺は役立ってしまいました」
私がそう言い終わる前に古びた木造の扉が開いた。事務所の玄関が開いたのだ。自動販売機に身体を隠す事も出来たが、扉越しにキョロキョロと辺りを確認する粕谷さんの頭が見えると不思議と安心する。
彼は私の姿を見ると軽く腕を上げた。
黒電話を小脇に抱え、受話器を耳と肩で挟み、ブサイクな猫を抱えながら扉を開けたのだ。
「まぁ上がりなさいな。とって喰わないから」
受話器からと目の前の声の重なる音が私に催促する。猫はブサイクな欠伸をした。
「はい。お邪魔します」
私は二重音声にならないように、受話器を置いてから、駆け寄り事務所の扉をくぐった。
「ホント、動じない子だねー」と粕谷さんは口元を上げる。そして彼は部屋の奥へ進んでいった。
部屋に入って気付いたのだが、レコードがかかっており外の音は聞こえない。事務所の脇にあった公衆電話の声なんて聞こえるはずもない。
カメラでもあったかなと思ったが、事務所はアナログな道具の山だった。パソコンも見当たらなく、代わりにタイプライター。エアコンもなく古めかしい扇風機が埃を被っている。冷蔵庫も冷凍室が付いていない古いタイプ。もちろん古めかしい。
「なにか昭和じゃなく大正な事務所ですね」
「ん? あぁ。骨董品ばかりだからね」
サイフォンからコーヒーをカップへ移しながら彼は答えた。
そこまで汚い部屋ではないが埃が積もる場所にはしっかり積もっている。ソファへ勧められ、彼はコーヒーを二つ置き対面に座った。
「赤宮さん。話を聞こうか?」
「私、お金あんまり持ってませんよ」
「とりあえず、今のところ無料です」
「有料になりそうだったら必ず言って下さいね。じゃないと本当に払えませんよ」
「わっかた。それでどうしたんだい?」
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