第三話「私は金縛りの女」
え? なに? なんで?
視線は動くけど、笑顔で硬直しているせいで誰も気づいてくれない。
あー、先輩。綺麗な人だなー。
こんな状態で馬鹿みたいに悠長なことを思った瞬間、粕谷さんが私に視線を向けた。私の視線と彼の視線が交差する。ばっちり目があったのだ。
ゆっくりと顔をこちらに向けて「
金縛りが解けた。
「えっと、そのー」
うまく言葉が続かない。
質問の内容よりも金縛りが解けたぞ。という事で頭が一杯になり、言葉が上手く出てこない。
片桐先輩が口を挟んだ。
「あらー? この子。緊張してるの? 珍しいぃ」
クスクスと笑いながら粕谷さんに話す。
「早苗ちゃんっていつもはオドオドしないんですよー。言葉詰まるとこなんて見たことないわ。脅かしても驚いたフリしてくれるぐらい平常運転な子なのにねー」
「ねー」の部分で私に視線を向ける。
「フリってなんですか? ちゃんと驚いてますよー」
このパターンはマズイ。先輩は私をダシにして会話する流れだ。
粕谷さんは笑っていた。
本当に笑顔が絶えない人だ。
あの時、粕谷さんが私に気づかなくて声をかけてくれなかったら。もしかして他の誰かが声をかけてくれれば金縛りは解けたのかもしれない。私の気のせい? いやいや、そんな事はないと思う。
部長の声が聞こえた。
「さて、なごり惜しいですが時間になりました」
え? もう?
まだ二十分も経って……
腕時計を見て唖然。五時間経っている。周りを見れば、皆ほろ酔い加減だ。
私、なにしてたんだ……。
先輩達がぞろぞろと会計やら身支度を始めている。部長や片桐先輩達が席を立ち、店員と話したりと完全に解散モード。
呆気にとられる私。
部長や片桐さん達が順々に部屋を出る。数人の後輩が出入り口に集まっている程度で腰を下ろしているのは私と粕谷さんだけになった。
きっと、そうとう間抜けな顔していたのだろう。一番奥の上座にいた粕谷さんが立ち上がりコートを纏う。そして私に近付き、名刺をテーブルに置いた。
「早ければ明日必要になる。失くさないように」
特に感情のない声だった。
「は、はい。ありがとうございます。……嫌な予感しかしません」
その時の私は真顔だったと思う。
笑顔の死神から手紙を貰った気分だ。
「うん。もっと別な理由で渡せればよかったね」
ヘラヘラっと陽気な言い方に戻り、彼は部屋を出た。
次の日。
案の定、問題が起きる。
簡単に簡潔に言うと「誰も私の事を覚えていない」のだ。
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