第十話「私は特別製」
「
缶ビールの束を抱えて登場する
粕谷さんは軽い咳払いをした。
「失礼。少し興奮してしまった」
「い、いえ。あのぉ……疑問があるんですけど。時子さんは光太郎さんへの未練で幽霊になったと。光太郎さんが亡くなって時子さんも消えたという事でわかります。猫さんは光太郎さんの想いを叶えた形になるんですよね?」
「うんうん。続けて」
粕谷さんの目が輝いている。
「言いにくい事なんですけど……私、未練とかそんなに強くないと思うんです。殺された時の記憶は無いんですが、光太郎さんと時子さんのような強い想いがあるとは……」
「そうだね。だから問題は死に方なんだよ」
江田さんはつまらなそうに缶ビールをがぶ飲みしている。猫さんは大人しく膝の上で寝てた。私は膝の上を見つめながら考えた。死に方。私は殺された。
駄目だ。思い出せない。もし思い出せたとして……私はどうなるんだろうか?
時子さんのように消えてしまうのか?私自身が今後どうしたいか……。
何故?未練や執着がない私が存在しいている?
「私の推測を言おうか?」
突然、粕谷さんの声が私の耳に入った。
「旦那の推測は答えだからなー。いきなり答え合わせになっちゃうぜ?」
江田さんはソファに横になり足を組んだ。
「答え合わせでも構いません。粕谷さん。聞かせて下さい」
私は彼の考えが知りたかった。ほぼ初対面な相手ではあるが専門家には間違いない。そして、彼が残したレポートの精度を私は良く知っている。
「よろしい。
ずばり当たっている。
「私が在学中に書いたレポートをずいぶん読んだと部長に聞いた。しかし君の部屋には書籍は少なかった。部屋にあった食器をみても友達が多いとは思わなかったが、嫌われるような性格はしていない。つまり、赤宮さんが意図的に独りを好んでいたと推測する」
うわー。ボッチなのがバレてるよー。
「会話をして思った事は人当たりが良く、どの分野の話もある程度ついて来れる。コミュ障とは掛け離れているが独りを望む傾向にある。そこから導き出される答えは自分の世界を確立した場所を自分の中に持っている」
「えぇーっと。それを持っていると、どうなるんですか?」
私は独りでゆっくりとするのが好きなだけだ。世界を持っているなんて考えた事もなかった。
「どうなる? 赤宮さん。殆どの人間は自分以外の他人と共存して世界が出来ている。その中で気が合わない。気が合うを繰り返し生きている。本当はこの世界を認識しているのは自分だけなのにね」
「我、思う故に我あり」
江田さんが口を出した。
「いや、今回のケースはデカルトは必要ない」
粕谷さんは江田さんに向かって言った。
「赤宮さん。君は昔からそんな性格をしていなかったかい?」
う。たしかに他人には興味はない。しかし、情がない訳ではない。自分以外とは揉め事は起こしたくないと思うのと、孤独が安心感を満たしていただけだ。
「わ、私は……独りでいる時間が好きなだけで、周りの人をどうでもいいとは思ってませんよ」
「いやいや、違うんだよ。自分だけの感覚、五感すべての感覚の捉え方が違うんだよ。君を悪く言っているわけではないよ」
「えっと、じゃぁ私は……うーん……」
粕谷さんは笑いながら言った。
「ざっくりと簡単に言おうか?」
私は頷いた。
「君は生前から肉体と魂が不安定だったから、肉体が失くなっても平然としていられた訳だ」
「え? 私はそんな特別なことしてないですよ」
「君の意思とは関係ないよ。赤宮さんの生まれ付いた特徴みたいなモノだ。もしかしたら脳の作りが少し違うかもしれない」
「ほうほう。そんじゃ嬢ちゃんは特別製ってことかい?」
大男が眠そうに目を半開きに言う。酔いが回ったのだろうか。ソファに納まりきらない身体を捻じった。
粕谷さんは大男の質問にこう答えた。
「そう。私と同類だよ」
怖かった。粕谷さんの顔は笑顔であったが、瞳のギラついた感覚は恐怖を植え付けた。私は直感する。彼の思惑で私はここに存在してしまっている。彼は何を目的としているのだろうか。
「赤宮さん。君はとても賢い。私が何をしたいか気にならならいかい?」
静寂が部屋の中を張り詰めた。
時刻は帰宅時間を過ぎたあたりであろうか。しかし人の気配はなく、この事務所だけが別の空間にあるようにすら錯覚した。
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