番外編
BEACH ON! -ビーチオン- Tropical PanicΣ
とろぴかる・ぱにっく! #1
薄い雲の浮かぶ人工の空を、一羽のカモメがVの字を描いて飛んでいる。
やがてそれが遠くへ離れていくのを見届けると、アレックス=マイヤーズは再び視線を正面へと向けなおした。
彼の視界を覆い尽くしているのは、燦々とした太陽の光に照らされた真っ白な砂浜と、雲の向こう側まで続く蒼い海。そして、寄せては返す波に打たれながらも、楽しそうに笑う水着姿の少女達がそこにはいた。
「アレックスもー! はやくこっちに来なよーっ!」
そう言ってこちらに手を振る妹のミリア=マイヤーズは、ところどころにフリルの付いた可愛らしいワンピースの白い水着に身を包んでいた。ブロンドの長い髪は後頭部で一つに束ね、いかにも夏らしい
コロニー内に造られた擬似的なモノとはいえ──生まれて初めての海で無邪気に水遊びをしているその姿は、まるで
「へへっ、隙あり!」
「ひゃうっ!? 冷たぁ……!」
と、完全に油断しきっていたミリアの横顔へと水鉄砲の一撃を浴びせたのは、グラマラスなビキニ姿のポニテお姉さんことポニータ=ブラウスだ。
コスモフリートのDSW隊員として鍛え抜かれた彼女の肉体はしなやかな筋肉を纏い、健康的な褐色肌が照りつける太陽光によく似合っている。
「やったなぁ、それーっ!」
「ぐはぁっ、眼に海水がぁぁぁ……!」
「あわわ!? ごめんポニータさん!」
「……またまた隙ありィ!」
「ひゃうんっ!?」
「へへーん、ひっかかったぁ!」
……そんな彼女ではあったが、自分より一回りも歳下のミリアと一緒になってはしゃいでいるためか、残念ながら大人の色気のようなものは微塵も感じられない。せいぜいジャンプしたり動き回るたびに、たわわに実った胸がゴム毬のように激しく揺れるくらいのものだった。
(……なんか、平和だなぁ)
ピーチパラソルの下に座り込むアレックスは、あまりにも呑気に過ぎていく時間に危機感すら抱いてしまう。
思えば故郷のコロニー『ミスト・ガーデン』を脱出してからというものの、戦いの日々ばかりが続いていた。だからこそ、久方ぶりに訪れた平和なひと時に、すっかり戦い慣れてしまった身体が抵抗反応を示しているのだろう。
アレックスがそのように結論付けて脳内会議を閉廷させようとしていると──。
「ふふっ、ミリアちゃん達も楽しそうで良かったですね。先輩っ」
不意に横から、聞き慣れた甘ったるい声が飛び込んでくる。すぐそちらへ顔を向けると、そこには水着の上からパーカーを羽織ったミランダ=ミラーが、大人びた微笑みを浮かべながら隣に立っていた。
額には大きめのサングラスをかけ、ネックレスやブレスレットなどの装飾品で全身を彩っている彼女は、相変わらずチェシャ猫のような知的さと上品さを漂わせていて掴み所がない。一見すると控えめな胸も、鎖骨や腋からはみ出た肉といった箇所の存在感を強めるのに一役買っており、却ってアレックスを変な気持ちにさせた。
「あの、先輩。そんな全身を舐め回すようにじっくりと見られたら、さすがの私も少し恥ずかしいというか……」
「──ハッ。ご、ごめんミランダ! 別にそんなつもりじゃ……!」
「いえいえ。それだけこの水着姿が魅力的だったということですし、むしろちょっと嬉しいかもです。何でしたら、もっと近くで見てくれてもいいんですよ?」
ミランダはアレックスの隣に座ると、もたれかかるように肩を寄せて来た。体温や心臓の鼓動が肌越しに伝わってくるようで、それを意識してしまうとつい声も上擦ってしまう。
「あの、当たってるんだけど。色々と……」
「嫌でしたか?」
「べ、別に嫌とかそういうんじゃなくて、もっと倫理的なナニがアレというか……」
「あれぇー? こんなところに偶然サンオイルがーっ!」
「ミランダ!?」
普段のクールなミランダからは想像もつかない素っ頓狂な声と共に、何処からともなくオイルの入ったボトルが取り出される。彼女はするりと羽織っていたパーカーを脱ぐと、シートの上にうつ伏せになってこちらに背中を晒し始めた。
「というわけでマッサージ。お願いしますね、先輩っ」
「そ、そういうのは僕なんかよりもエリーとかに頼んだほうがいいんじゃ……!」
「エリー先輩達は食料を取りに行ってて今この場に居ないですし、ミリアちゃんやポニータさんはご覧の通り絶賛水遊び中です。だから……ね?」
「『ね?』じゃ、ない……!」
すっかり翻弄されているアレックスを見てミランダがクスクスと笑っていると、砂浜を歩く足音が段々と近付いてくるのが聞こえてくる。
「残念ながら今戻ってきたところよ。ミランダ、あんまりアレックスを揶揄っちゃダメでしょ? ほら、オイルなら私が塗ってあげるから」
やって来たのは、両腕に大きなスイカを抱えるエリー=キュル=ペッパーだった。若く豊満な肢体を赤いビキニに包み、腰に巻いたパレオの印象も手伝ってか、女性的な身体つきのエリーによく似合っている。そんな陽光に照らされてきらきらと輝いてみえる彼女であったが、なぜか表情は曇天のように
「……アレックスも、ちょっとデレデレしすぎ。わ、私以外にそういうのは……その、ダメなんだから……」
「あれ、もしかして怒ってる……?」
「べつにぃ、怒ってませんけどー」
「???」
プイッ、とそっぽを向かれてしまった。まるで意味がわからない。
わけも分からずにアレックスが立ち尽くしていると、やがてデフやミド、ナットといった食料調達に行っていたメンバー達が次第に帰ってくる。買ってきたバーベキュー用の食材や飲み物やらをクーラーボックスの中に仕舞っていると、食事の気配を感じ取ったであろうミリアとポニータも砂浜から走って戻ってきた。
「おー、スイカあるじゃんスイカ!」
「わぁい、スイカ! ミリア、スイカだいすき!」
「よっしゃ、そうなりゃあやることは一つだな! 道具一式を買っておいて正解だったぜ!」
黒いサーフパンツを履いたナットは嬉々として買い物袋から布を取り出すと、アレックスの目元を覆い隠すように巻きつける。そして手に木の棒を握らされると、誘導されるがままに熱砂の上へと立たされた。
「頑張ってくださいね、先輩っ!」
「一発でキレイに割ってくれよぉー!」
(えっ、やっぱり僕がやる流れなの……?)
四方八方から聞こえてくる声援に若干の理不尽さを感じつつも、仕方ないのでアレックスは両手に木の棒を構えた。視覚が遮られてしまっているため、砂を踏む足音や歩幅などの断片的な情報だけを頼りに、少しずつ慎重に前進していく。
「んー、もうちょい右!」
「惜しい! あと一歩分ほど左だ!」
「うしろ! うしろー!」
「
(だめだ、どこにスイカがあるのか全っ然わからない……ッ!!)
滅茶苦茶な指示によって既に3回ほど回転させられ、距離感も平衡感覚も殆ど失われてしまっている。……というか、仲間のうち半分以上は明らかに面白がって指示を飛ばしている。人をラジコン感覚で動かして欲しくないものだ。
「よしっ、そこだ! アレックス!」
「(ホントかな……?) せいはぁぁーっ!」
疑心暗鬼になりつつも、それを振り払うようにアレックスは棒を力任せに振り下ろす。
……が、踏み込んだその瞬間、恐らくスイカと思わしき球体が足先に引っかかり、そのまま体のバランスを大きく崩してしまった。かくしてアレックスは情けない悲鳴をあげながら、盛大にすっ転んでしまう。
顔面から突っ込んだのは熱く乾いた白銀の砂浜──ではなく、餅のように柔らかいプックリとした肉の感触だった。両の頬には、細く引き締まった太ももが当たっている。
「んっ、せんぱ……その、鼻が当たって……」
「み、みみみミランダ!? ごめん、すぐにどいて──」
自身の置かれた状況すらも把握できていないまま、とりあえず何も持っていない左手を闇雲に動かした。すると、何か大きくて丸いものが掌に当たったため、慌ててそれを引っ掴む。
「あんっ、アレックス……だめぇ……」
「エリー……!? わ、わざとじゃな──」
エリーの嬌声にも似た声を聞いてすっかりパニックに陥ってしまったアレックスは、何を思ったのか右手に握る木の棒を振るい始める。固く太い棒の先が何か小さな窪みのようなものに触れた刹那、妹の『ひうぅっ』という聞いたこともないような喘ぎを、アレックスは確かに聴いた。
「あっ、ミリアさん……すっかり大人になって……じゃない。その、許してちょんまg」
「この……フケツーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ゴバァ、という低く痛烈な打撃音と共に、高く打ち上げられたアレックスの体(くの時に折れ曲がっている)と太陽とが日食のように重なる。そのまま水面に落下すると、やがて海水によってプカプカとうつ伏せの状態で浮かび上がってきた。
(バハムートさん、早くしてください……このままじゃ、せっかく頂いた機械の体が保ちそうにないです……)
なぜ、宇宙義賊コスモフリートの面々が、観光コロニーであるこの『トロピカル・ガーデン』を訪れているのか。
そしてなぜ、自分たちはビーチでこのように平穏な時間を過ごしているのか。
その全容を語るには、数日前に行われた艦内でのブリーフィングにまで遡らなければならない──。
つづく
PEAXION|MANIACS-ピージオン・マニアクス- 東雲メメ @sinonome716
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