ep9 「今にわかるよ」とオネスティは言った

柔らかな陽射しが気持ちのいい昼下がり。

俺とオネスティは、庭の草むしりをしていた。

赤土に根を張った、名前さえなさそうな雑草たちを勢いよくひっぱると、ブチブチと小気味いい音とともに、ムワッと青臭さが立ち昇り、鼻の奥をくすぐる。

決していい匂いではない。

……でも、不思議と嫌じゃない。

この匂いを嗅ぐと、何故か生きていることを実感できて、どうしようもなく嬉しさがこみ上げるのだ。

そんな感情を共有したくて、隣のオネスティを見る。

「くさい……くさい……」

——彼女はしかめっ面でブツブツ言っていた。マジか。

腰は低いんだけど中身は意外と攻撃的だよなあ……。メタル好きだし。


「——しかし、雑草ってのは後から後から生えてくるなあ」


『メゾン無量大数』に来て、数週間が経っていた。

トラトラの言いつけ通り、週に三回ほどのペースで草むしりをしているが、むしったそばからどんどん茂る。まさにイタチゴッコという様相を呈していた。


「なんでこう、次から次から生えてくるかなあ?」


思わず愚痴をこぼすと、オネスティはキョトンとした顔で言う。


「それが世界のあるべき姿じゃないんですか……?」


「なんだその達観した意見は。どうせならこう魔法みたいな力でドワーッ! とむしれないもんだろうかとか、考えないか?」


するとオネスティは何かを考え込むような仕草を見せた。


「……前から思っていたんですけど、テルキさんの生き方ははちょっと刹那的すぎませんか……?」


「刹那的? 俺が?」


「そうです……。たとえば、理不尽な理由で怒られたあと、ものすごく優しくされたら、どう思いますか……?」


「トータルでチャラかな」


「そういうところですよ。普通は理不尽に怒られたことを恨みます……」


「そうなのか?」


「そうですよ……」


俺を見るオネスティの視線は——憐れみに近いものだった。

あれ? 俺、何か変なこと言ったかな。


「理不尽な目に遭ったことは、決して忘れないでくださいよ……」


そうポツリと漏らして、彼女は俺に背を向けて草むしりを続けた。


「別に、忘れたっていいとおもうけどなあ……」


何か、引っ掛かりを感じないでもないが、まあ、世間話だ。


——ともあれ、だ。

早いもので、俺たちがこの『メゾン無量大数』に、ひいては『宇世界』にやってきてから数週間が経過していた。

ほぼ同時に入居した俺とオネスティは、『メゾン無量大数』の大家にして俺たちの教育係でもある金髪の童女・無量大数トラトラから与えられた雑務をこなす日々を送っていた。

掃除、皿洗い、草むしりなどをしていれば生活に苦しむことはなく。

毎日の食事は極上で。

デボラさんは美人で素敵で。

——トラトラはともかく。

オネスティとは、同じような孤独感を抱いているからかシンパシーを感じる。

そんなこんなで、人にも恵まれて、トータルで言えばかなり良い生活を送っているのだった。


「よし、今日はこんなものかな」


頃合いを見て立ち上がると、近くにいたオネスティが振り返る。


「…………」


無言で顎をしゃくっている。その先には、雑草がまだたくさん残っている。


「あそこもやれってこと?」


オネスティは頷いた。


「明日もどうせ草むしりするんだし、今日はこれくらいでいいだろ」


思ったままに言うと、ものすごく渋い顔をされた。

いや、別に怠たくて言ってるんじゃなくて、どうせ毎日やるんだから、時間で区切って少しずつやればいいだろと思うのだが……。


「いいですよ? 続きは明日で♪」


と、突然背後で声がした。

振り返ると、そこにいたのはデボラさんだった。


「あ、お疲れ様です」


「はい、お疲れさまー♪」


相変わらず、天女のような微笑みだ。なんというかもう嫁にしたいくらいだ。

具体的な年齢は不明だが、きっと姉さん女房になるのだろうか。

などと考えていると。


「テルキさん、ちょっといいですか?」


「はい?」


「実はちょっと付き合ってほしくてですね」


綺麗な両の瞳がまっすぐこちらを見据えている。

ついドギマギとしてしまうが、平静を装う。


「いいですよ、なんですか?」


「管理会の会合に行きましょう♪」


「……会合…………」


つい、物々しい想像をしてしまう。

広い部屋の中央に鎮座する長机を取り囲むスーツのおじさんたちとか……。

重苦しい空気に押しつぶされそうになりながら意見を述べたりとか……。

そういった想像を。


「大丈夫ですよ。今日は紹介というか顔見せだけですから」


表情が暗くなったのを察したか、デボラさんが慌ててフォローする。


「気の利いたことは言えないですけど」


「大丈夫! 私がいますから——あっ、オネスティさんは今度行きましょう。今日は自由にしてていいですからね♪」


「…………はい」


チラリとオネスティの表情を見ると、彼女は何かを思い詰めているようだった。

しかし俺の視線に気づくや、何かを戒めるような顔になった。

たぶん、デボラさんのことだろう。

(わかってるよ……)

と、口の動きだけで伝えておく。


オネスティはデボラさんを信用していないのだ。

——なにせ、殺そうとしている。

俺には信じられないが、『宇世界』はデボラさんのせいで良くないものになっているという。

だからオネスティはデボラさんを殺したい、と。

そして、オネスティはその計画に俺を巻き込もうとしている。

もちろん首を縦に振るわけにはいかなかった。俺はデボラさんのことが好きだし、死んでほしくないと思っている。

俺はデボラさんを殺す気はない——とオネスティに伝えた時、彼女はこう言ったのだった。

「今にわかるよ」


なんだってんだ?

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