ep6 『宇世界』と『新世界』

喫茶店『因果関係』で極上のコーヒーを堪能した後、俺とトラトラとオネスティの三人は再び街に繰り出して散歩を再開した。

繁華街の人いきれの中を歩く。RPGのモブキャラのように様々な人が通り過ぎていくが、そのすべての人が主体的な人生を送っている事実を思うとクラリと目眩がしそうになる。

大きなビルの壁面モニタには、清涼飲料水や歯磨き粉、アーティストのプロモーションビデオなどが映し出されていた。こういうところも元いた世界とまったく代わり映えしない。

ほとんど奇妙なほど、同じ世界だった。

今なら、転生したことなどすべて嘘だったと言われても納得してしまいそうだ。

——いや、しないか。俺が死んだのは事実で、ここが宇世界であることも間違いないのだ。


抜けるような青い空が広がっている。いい天気だったが、暑くはなかった。まったりと穏やかで、快適な気温だ。

繁華街を抜けると、少し落ち着いた住宅街に差し掛かった。人の往き交いもまばらになる。


「……そういえば、オマエが夢みてた剣と魔法の世界なら、他にあるぞッ」


ふと、トラトラが言った。聞き捨てならない言葉だった。


「どこなんだ? 異世界のうちのひとつ?」


「もちろん、異世界群にはそんな野蛮な世界が死ぬほどある! ただオレが今言ったのは——『新世界』のことだッ」


「新世界? オネスティがいた世界が……剣と魔法の世界だったのか?」


オネスティはコクリと頷いた。

——そうだったのか……。そんなこと全然言ってなかったじゃないか。


「……『新世界』は『異世界統一軍』が創った世界です……。そこはたぶん、戦乱の世界、だと思います……。軍によって統治されて、兵士たちは魔王を倒すためにダンジョンで日々鍛錬を重ねています……。おそらく、個人事業主的に魔物の討伐にあたる人もいます。そして『新世界』の民衆たちは、『運命の勇者』が転生してくるのを待っています……たぶん……」


オネスティが自信なさげに言う。もともといた世界について語る口調としては、かなり頼りない。


「だと思う? おそらく? たぶん?」


「私は少しの間しかいませんでしたから……しかも下っ端も下っ端で……」


ということらしい。なるほど、借金取りのバイトをするような層からでは、その世界を概観できないというのはもっともな話だ。

それでも、『剣と魔法』『ダンジョン』『魔王』『魔物』『伝説の勇者』と、男児ならテンションが上がること請け合いのワードが次々と並ぶあたり、本当にトラトラが言った通りのようだ。


「オマエも『亜世界』で爆撃を受けただろッ? あれが『異世界統一軍』のやり方だ」


トラトラが言う。

なるほど、『新世界』が戦乱の渦中にあって、血腥い世界であることは理解した。

しかし——


「でも、それって俺たち『宇世界』を攻撃する理由にはならないだろ? どうして『新世界』と『宇世界』は争っているんだ?」


当然の疑問だった。

そりゃ、剣と魔法の世界『新世界』はちょっといいなと思ってしまう部分はある。

でも、今のこの『宇世界』での生活もさほど悪くなさそうだ。飯はうまいし、コーヒーもうまい。気候も穏やかで過ごしやすい。

『新世界』からの攻撃さえなければ、不自由なく生活ができそうなのに……。


「それは連中が野蛮だからだッ。ヤツらは剣と魔法などという前時代的な価値観で動いているから、『宇世界』と共存しようなどと考えたりしない! それは『異世界統一軍』という名称からも明らかだろう! 力で捩じ伏せ、『宇世界』を屈服させようとしてるんだッ!!」


「……そうなのか…………」


トラトラの堰を切ったような熱弁に、俺は考え込んでしまった。

『宇世界』を取り仕切るのは『異世界管理会』。あくまで増えすぎた異世界を管理し、キャパオーバーした転生者を『宇世界』に住まわせることで安寧を作ろうという、ごく平和的な考え方だ。

一方で『異世界統一軍』による『新世界』は、『宇世界』をはじめとする様々な異世界を、その武力で『統一』してしまおうという団体で、『異世界管理会』とは相容れない、と。

——そういうことだったのか。そりゃ、目の敵にするわけだ。


「……あの、トラトラさん。その言い方は——」


「なんだッ!?」


オネスティが何かを言いかけた途端、ギヌロとトラトラが睨みをきかせた。


「……いえ、なんでもありません……」


「そうかッ」


伏し目がちに引き下がるオネスティ。

「何もないならいいが」と納得して歩みを進めるトラトラ。心なしか歩くスピードが早まったように思えた。


そして——沈黙が訪れた。

三人の間に何やら重苦しい空気が流れている。

ん? なんだ、この空気?

トラトラとオネスティの間に、何かただならぬものが横たわっているように思えたが、とても訊ける空気じゃなかった。


結局、そんな不穏な空気のまま散歩を終え、俺たちは小高い丘の上に建つ『メゾン無量大数』へと戻ったのだった。

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