第10話



 それから二日後。

 大急ぎで、暫定的にはじき出された予測は決して明るいものじゃなかった。

 右手ブロックの被害が想定外に大きい。スタッフ退避が始まっていたのが痛かった。教徒カルトのテロリストたちは決起のために志願して残ったから、相対的に数が多かったって訳だ。

 右手首部分は数キロに渡る亀裂が走り、重力制御システムの不具合で破断が広がり続けている。

 応急処置でどうにか防いでいるが、そのためには肘あたりからも手を借りなければならず、今度はそちらの修理が後手に回る。

 かつて俺が出動したレベルの微調整じゃない。

 あらゆる手段を検討し、全身の運動計画を見直して、どうにか算出したタイムリミットは15年後。その期限までに修理が完了する確率は、贔屓目に見て五分五分。

『もうひとつの可能性は、これです』

 各セクションを結んだネット会議。

 俺がほとんど知らない仕事プロの顔でアミーナが告げる。背景は、あの日半壊したままの研究所ラボの実験室だ。

『能動重力制御システム。つい先日、試作品の実証試験に成功しました。これを〈ユミル〉右手に組みこめばピンポイントで直接〈ヴァンダル〉の核を殴らなくても、破壊力増幅で撃破に成功する可能性があります』

 ただし、ここから右手ブロックまで移送するには全力で飛ばして16年かかる。当然、完全無人にするか、輸送機のパイロットを仮死冬眠コールドスリープするかの二者択一になる。

 途中まではリニアチューブを使うから遠隔操作と自動操縦でも何とかなる。

 ただ、テロでチューブ網も破壊されている。手首に向かうには、ゴール直前で一度体外に出るしかなく、有人操縦を併用した方が確実だ。

『リニアチューブの修復を待つのは?』

『右肘から先の工業力は、最優先で本体修復に費やされます。非常用チューブの再建は後回しにせざるを得ない』

『データを送って、腕ブロックの研究所ラボで同様のものを作らせるのはどうだ?』

『それも駄目だ。現地の研究所ラボは既に撤退している。ここから現物を運ぶのがいちばん早い……というより現状で考えられる唯一のプランだ』

 関係者たちが意見を飛ばしても、新たな妙案は出て来ない。

「結局、有人輸送するのがいちばん確実って事でしょ? 俺が、行きますよ」

 ネット会議に向けてではなく、緊急修理斑の上司に提案する。

「マサト、いいのか?」

「ここじゃ若手だから仮死冬眠コールドスリープへの適性も高いし、家族もいないから気軽なモンですよ」

 それに、アミーナの研究を活かす仕事だぜ。

 他人に預けるくらいなら、俺が引き受ける方がすっきりするさ。

 

 志願者一名が出たおかげで、プランは一気に具体化した。

 有腕重機の一機を改造。新型の重力制御ユニットのコンテナを接続し、限界まで加速するためのブースターを増設。

 機体の不足を補うため、テロリストが使っていたものも修理して現場で使われている。

(なお、リーは生きて警察に拘束され、背後関係などを調査されている。妻のマリアも毒殺死体で見つかった。けれど、俺にとってはもう大して意味のない話だ)

 仮死冬眠コールドスリープにも大がかりな設備は不要、耐Gを兼ねた専用のスーツと事前の薬物投与だけでなんとかなる。

 突貫作業のおかげで、準備は4日で仕上がった。

 俺はいつものより分厚く付属機器も多い仮死冬眠コールドスリープスーツ着用で特別機のコクピットに座り、他の準備が整うのを待つ。

「本体推進機構および増設ブースター、OK」

「ナビゲートシステム、第一第二とも問題なし!」

 最終チェックが進んでいく。

「……積み荷も、問題なしよ」

 アミーナが、ハッチ開きっぱなしの開きっぱなしのコクピットに近寄って、囁く。

 ふと見ると、他のスタッフは格納庫から消えていた。

 発進予定時間までは、あと10分。

「……気ぃ使いやがって」

 まったく、プライベートが職場に知れ渡ってると、こういう事になる。

「行くんだね、マサト」

「ああ」

 話が決まってから、アミーナは一度も止めたり泣いたりしなかった。

 学生の頃からずっと突き合ってきたんだ。今さら言葉を尽くす必要なんてない。

「これを、お願い」

 目の前に差し出した個人端末には、結婚登録が表示されていた。ふたりの端末から手順に従って入力すれば、俺とアミーナは正式な夫婦になる。

「……いいのか?」

 俺はただ16年不在になるってだけじゃない。仮死冬眠コールドスリープとウラシマ効果でほとんど歳を取らない。確率は極めて低いけれど、途中で事故るかも知れない。

「今さらでしょ。ほら、時間がない!」

 アミーナに急かされ、数秒迷った末に画面に触れる。

 手続き完了。

 これで、俺たちは家族だ。

「後は、これも済ませないと」

 アミーナの顔が寄せられる。

 柔らかく湿った口唇くちびるが重なる。

 鼻をくすぐるのは、俺にとっては慣れた彼女本来の汗の、微かな匂い。

 さっき費やした数秒を悔いる。

 キスの時間を損した。

「……じゃあ、行ってきて」

「ああ」

 自由になった口唇くちびるで、アミーナが笑う。

 俺も答える。

 ハッチを閉じる。マウスピースを咥え、ヘルメットのバイザーを下ろす。

「ギダジマ・マサト、発進する。仮死冬眠コールドスリープシステム、作動」

 宣言と同時に、機体がゆるりとリニアチューブ入り口へ向かって動き出す。

 俺の意識は、静かに生暖かい暗がりの中へと沈んでいった。

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